第82話 弱いことは悪いこと 6歳 冬
「ゴール!フギン!」
「あーあーひっどいスコアになってるなあ」
またゴールが入った。完全に試合は壊れている。
村の若い人達も、父ちゃんの練習を見て自主練とかしてるからね。
村の外から来たド素人の集まりじゃ相手にならないでしょ。
「さあて、帰ろうかな」
試合は20点差がついたあたりで、なんかいたたまれない感じになってきたので、僕は途中で帰ることにした。
試合開始当初は貴族子弟のチームに黄色い声援を上げていた女性達も、どんどん帰りはじめてる。
「なーんだ。格好ばっかりで、てんで弱いわね―」
「ほんと、がっかりねえ」
「ちょっとあれはないわね」
とか言ってた。
背後では、座り込んだ貴族子弟に「フェンリル、立って!」「試合じゃなく戦なら死んでいるぞ!」と父ちゃんが激励する声がしていた。
僕にはわかるよ。あれは激励のフリをした煽りだね。
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翌朝、社交場の噂話でも貴族子弟達は全く話題に上らなくなっていた。
それこそ、潮が引くように綺麗さっぱりと。
ときおり話題に出ても、村の青年たちが意外にやるわねえ、とか。
あの人達、あんまりサウナに入ってないみたいで臭いのよね、とか。
彼らの評価は地の底まで落ちていた。
女性というのは残酷だねえ…。
だけどね、それは仕方がないことなんだ。
僕達が生きる過酷な北方社会において、弱い男というのは全く、本当に価値がないのだから。
戦場を模したクナトルレイクで強さを証明した男がモテる、ということは同時に、弱さが証明された男はモテない、ということでもある。
どれだけ血筋が良くても、どれだけ財産を蓄えていても、弱ければ全てを奪われてしまう。
最終的には暴力がものを言う社会に生きているのだからね。
子供を産んで守らないといけない女性は、そのあたり本当にシビアに見ている。
弱いことは、悪いことなんだ。
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いつものようにスキーを履いて村長の長屋敷に向かう途中で、貴族子弟達が父ちゃんにしごかれている光景を見かけた。
まずは盾と棒を構えて横隊で歩く練習をしているみたい。
「横と歩調を合わせろ!右足!左足!右足!左足!盾を下げるな!顔を上げろ!」
父ちゃんの叱咤が飛んでいる。
やってみればわかるけれど、盾を構えたまま歩くのって結構疲れるんだよね
戦用の重い盾には保持を補助するために首からかける革紐がついているらしいけれど、首が絞まって危ないからクナトルレイクの練習盾にはついてない。
地味だけど、すごく大事な訓練だ。
とはいえ、村の一人前の戦士なら出来て当然の基礎技術でもある。
盾の軽さに違いはあっても、村の子供チームだって出来る。
あの人達、なんであんな簡単なことも出来ないんだろう?
手伝い仕事の合間に、村長婦人に尋ねてみた。
「お貴族様って強いんですよね?小さい子供の頃から戦う訓練をしていると聞きますが。なのに、あの人達はなぜ強くないんですか?」
クナトルレイクの連携がどうとか戦術知識が、とか論じる前に、そもそもの基礎体力と戦闘の技術が身についていないように見える。
村長婦人は少し困った様子で視線を彷徨わせてから、言葉を選んで教えてくれた。
「…あの者達は、戦以外での貢献を選んだ者達なのです」
「戦以外の貢献?」
この蛮族社会で、貴族の息子にそんな道を選ぶことが許されるのか?
僕が怪訝な表情を浮かべていると、村長婦人は詳しく説明してくれた。
「トール、ここよりも大きな村では、様々な生き方を選ぶ人を見ることができるでしょう。男に生まれたからといって、全ての人が勇敢な戦士を目指さなければならないことはありませんよ。
例えば、知恵や知識、記憶と言葉で以て貢献するスカルドという職業もあります。大きな村には必要で立派に尊敬される生き方です。
他にも、交易商人として生きる道もあります。商品や銀貨の数を正確に数え、危険な海原を踏破し、村に富をもたらす商人も、立派な生き方です」
なるほど。腕力に自信がなければ、そういう生き方もあり、と。
脳筋戦士だけでは村の組織運営が成り立たないし、管理職や営業職も育成しよう、という考えはあるんだね。
僕の将来はどうなんだろう?別に父ちゃんの後を継いで農民でも全然不満はないんだけど。
「じゃあ村に来た貴族様達は、そのどちらかの道を選んだということでしょうか?」
そんなに知恵が働いたり商人として場数を踏んでいそうには見えなかったけどなあ。
「…いいえ。それらの道も選ばなかったので、この村に派遣されたのでしょう」
ええ!?じゃあ、彼らは戦士としてものにならず、宮廷詩人になれるほど知識はなく、交易商人として立ち回れるほど狡猾さも足りないから、せめてクナトルレイクのコーチになれるように、と村へ送り込まれてきたってこと?
アホボンじゃん!
そりゃあ村長婦人も口調を濁しますわ。
とはいえ僕だって常識というものはあるので、脳内に湧き出た悪口は言葉にせず目をぱちぱちと見開いて表現するだけに留めた。
「ところで、貴族様方はこちらに宿泊されているんですか?もしもお邪魔なようなら、早めに失礼しようと思いますが」
見れば腹が立つから、あんまり顔を合わせたくないんだよね。
訓練で溜まったストレスをぶつけられても困るし。
けれど、村長婦人は顔を左右に振って否定した。
「あの者達は歓迎の酒宴で酔って我が家の奴隷に手を出そうとしましたから、宿泊所に泊めるよう言いつけました。身の回りのことを自らの手で行うことも、良い訓練になるでしょう」
「うわあ…」
《《弱いくせに》》傍若無人に振る舞っていたから、長屋敷から追い出されたんだ。
貴い身分の客人から格下げされて、居候扱いだ。
すごいなあ。弱いというだけで、社会的階層が地の底まで落ちるんだね…。
逆にものすごく強かったら、蜂蜜酒飲んで奴隷に手を出しても英雄的戦士の所業とかで許されそうだ。
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「ねえ父ちゃん、あの人達はどんな感じ?ちゃんと父ちゃんの言う事聞いてる?」
帰宅してから、父ちゃんにも尋ねてみた。
昼間見かけた訓練風景を見る限り大丈夫そうだったけれど、何か身分を傘に着て父ちゃんに嫌がらせをしていたら許さないぞ。
具体的には、村長婦人に言いつけてやる。
「いや、トールが心配するようなことは起きていない。あの世間知らずの坊主どもも、初日の敗戦がよほど堪えんたんだろうよ。素直なものさ」
「そう。良かった。到着して最初の日は、酷い態度だったものね。村長婦人も怒ってたよ」
父ちゃんも、あの日の会話を思い出したのだろう。
鼻に皺を寄せて頭をがりがりと掻きながら吐き捨てた。
「まったく甘やかされた坊主どもだったな!到着した日の宴だけではなく、以降も毎夜のように身分に相応しく鹿肉と蜂蜜酒と女を届けよ、と抜かしたらしいな!
毎夜に蜂蜜酒だと!?俺だって蜂蜜酒なんて毎日飲めるわけじゃない。
そもそも塩鰊と鯨肉の塩漬けで村中の醸造樽が払底しているんだからな!
あんな半人前どもに飲ませる蜂蜜酒なんて、この村には一滴たりともない!
そうだろう?」
父ちゃんが力強く拳を床に叩きつける。
「そ、そうだよね!」
「ないわよ!」
僕と母ちゃんは同意しつつ素早く目線を合わせ、無言の会話で「食料庫の隅の小樽で醸造している薬草入り蜂蜜酒については黙っていよう」との合意を取りつけるのだった。




