第81話 村を侮辱するやつは 6歳 冬
よんどころのない事情で、ちょっとだけ村長婦人のお手伝いをしなければいけなくなり、長屋敷に通うこと数日。
近くで父ちゃんが工事の現場監督をしている宿泊所裏の家畜小屋も、ほとんど完成という域になってきた。
「父ちゃん、皆の様子はどう?鱈の漁期の前に派遣したい、と村長婦人が言ってるんだけど」
「トールか。そうだなあ。家畜小屋の床暖房で現場経験も積んだことだし、任せても大丈夫だろう」
宿泊所の床下を暖めた煙道を延長して利用する形で、家畜小屋の床は暖められる方式だ。
父ちゃんは、何人かの村の男衆にも工事を手伝わせる形で煙道技術の現場研修をさせていたのだけれど、それも完成と同時に技能検定合格と見なすようだ。
技術者達の派遣料は派遣元と派遣先の交渉で決定され、一部は銀として技術者本人に支払われる。その上で滞在中の宿舎と食事と酒は保障されるという好条件であり、冬の出稼ぎ仕事として、とりわけ独身男性に人気が高い。
「僕なら家族と一緒にいる方がいいけどなあ…」
「若いうちは外の世界を見たいのさ。嫁を連れ返ってくるかもしれんぞ?」
「…逆に婿に取られたりして」
「そういう可能性もある。そうなれば血が広がるのだからいいじゃないか」
工事の技術があって冬も稼げる若い男性とくれば、若い女性にも優良物件として人気ありそうだものなあ。
特に最初の派遣人員には変な評判が立たないように、村の中でも素行に問題がない若い人を選んだ、と父ちゃんも言ってたし。
土に塗れ石を積み漆喰を捏ねる若い兄ちゃんたちのうち、何人が嫁を連れ帰り、何人が婿に取られるのだろうか。
村の人員がプラスになればいいなあ、と僕は願うのだった。
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技術者達を送り出すのと入れ替わるようにして、村の外からも人員がやってきた。
荒れてはいないが、それでも波の高いフィヨルドの内海を、一枚帆を一杯に張って西風を受けた長船が飛ぶような速さで進んでくる。
「引け!引け!引け!」
長船が浜につくと、縄をかけて陸揚げをする。
村の男達も手すきの者は慣例として陸揚げを手伝うのだけれど、肝心の長船から降りてきた一部の集団は、側に佇むばかりで縄に取り付く振りすらしない。
子供の僕ですら縄を引いているのに。
「父ちゃん…?あの人達はなんなの…?」
「まあ高貴な生まれの方々だからなあ…」
縄を引きつつ少し苦い声で答える父ちゃんの声に、僕は改めて手持ち無沙汰に佇む人員の集団を見た。
皆、かなり若い。20歳は超えていないだろうあどけない苦労知らずの顔をしている。
そして身なりも良い。長く整えられた髪には女性のようにビーズが編み込まれ、毛並みの良い黒の皮の上衣をまとい。よく磨かれた青銅のマント留め具や太い指輪がキラキラと輝いている。つまりは、長い航海中も櫂を漕いでいなかった身分の方々、ということだ。
彼らは、僕達が陸揚げの縄を引いている傍らで、それがまるで目に入らないかのように集まり、仲間内で大声で愚痴を零していた。
「なんだぁー?。貴き身分の我々が来たというのに、美女の奴隷の迎えもないのか」
「ヴァルハラのような村だと聞いたが、噂とは大袈裟なものだな」
「こんな寒村に何を期待しているんだ?迎えるのは魚臭い醜女だろうよ」
「だが、あの立派な白い建物を見ろよ!鹿肉と蜂蜜酒の酒宴ぐらいは期待できるだろうさ」
なるほど。この一団は、クナトルレイクの修行のために送り出されてきた貴い身分の若い息子たちか。
冬は村の長屋敷で暖かくして蜂蜜酒を飲んで過ごせると思っていたのに、遠い村へ派遣されて不満なわけだ。
それでいろいろ愚痴を零しているんだね。
わかる、わかるよ。
だけどね、この連中は僕の村のことを悪しざまに嘲ったよね。
許さんぞ。
村長が遣わした郎党に案内されて長屋敷へ向かい談笑する一団の背を、僕はじっと見つめ続けていた。
僕はね、執念深いのも取り柄なんだ。
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「ねえねえ、昨日来た村の外の人を見た?」
「見た見た!若くて貴い身分の方々ばかりで、すっごく様子が良かったわね!」
「村でも貴族に連なる方々なのでしょう?結婚して村に来てくれ!と言われたらどうしたらいいの…?」
「なあにバカなこと言ってるの!あんたとじゃ身分違いも甚だしいでしょ!」
翌日の社交場では、さっそく村外からの来客の話が噂になっていた。
とりわけ、村の若い女性達の間では外の世界の高い身分の若い男性集団の噂話ということで、噂話と妄想と恋バナが入り混じり、色めき立ったり黄色い声が上がったりと姦しい。
「軽薄だなあ…まあ、若くて顔も良いのは事実だし、そんなものかな」
僕の奴らに対する第一印象は最悪なんだけど、村の外から来た若く身分が高い顔立ちの整った男の集団、などというのものはアイドルグループみたいなものなのかもしれない。
要するに噂話の格好のネタ、という奴なのだろう。
「父ちゃんは、あいつらと上手くやれるのかな…」
平民に過ぎない父ちゃんが若い貴族達を訓練できるのか心配だ。
僕は西風路の火の番をしつつ、午後は競技場の練習を見に行くことを決めた。
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「きゃー頑張ってー!」
「素敵―!こっち向いて―!」
「やろう、やっちまえー!」
「負けるなー!ぶっ殺せー!」
僕と同じことを考えた人は多かったのか、村のクナトルレイク競技場には大勢の村人が詰めかけていた。これ、ほとんど全員来てない?
「なんか女性観客多いな…」
クナトルレイク中核支援者の男性陣に加えて、今日は女性支援者が目に見えて多い。
声援の色合いと応援するチームも性別でハッキリと別れているね。
「ようし、では練習試合を始める!」
競技場には、村の若い男たちで組まれたチームと、貴族子弟たちのチームが練習用の新しいクナトルレイクの盾と棒を持って並んでいた。
木製の盾は、村の職人に大人用の見本として作ってもらったものだね。
納品用じゃないから、エンブレムを黒で描いただけ。顔料は高いから使ってない。
村の若手が、チームフギン。貴族子弟が、チームフェンリルだ。
「あれ…?」
両チームが並ぶと、雰囲気がかなり違う。
フギンはきちんと整列し、フェンリルは列が歪でバラけている。
そこまでは予想通りなんだけど、気合の入り方が違うというか。
盾の構え方とか腰の落とし方から感じられる実戦慣れしている感じ、が貴族子弟の集団からは伝わってこないんだ。
「貴族の子息だし遠征で略奪とか戦闘経験があるんじゃないの…?」
体格にしても、背丈こそ高いけれども体の厚みがあまりないように見えるね。
ちゃんと飯食って鍛えてる…?
「戦士の凱歌を!」
司法神《審判》を務める父ちゃんが促すと、村のフギンチームから1人が前に進み出て謳った。
「フギンよ、フギンよ、
知恵を我に与えよ!
賢く知り、勝利を掴む!」
「「フギン!知恵!勝利! フギン!知恵!勝利! フギン!知恵!勝利!」」
村の観客も、特に男性陣の迫力ある声と観客席を踏み鳴らす音が戦歌と盾を叩く音に合わさり、圧力となって相手選手たちに浴びせられる。
「なっ…」
「なんだ…?」
耳を押さえ、よろめく貴族子弟達の姿に、僕はどんな試合展開になるのか予想ができて笑みを隠せなかった。
なーんだ。父ちゃんも、ちゃんと腹を立てていたんじゃないか。
その日は《《審判の裁量》》により、試合が終了するまでコールド試合の規定は適用されなかった。




