第77話 やりたいこと、やりたくないこと 6歳 冬
村長婦人と議論しつつ、事業の管理者を決めていく。
僕と村長婦人の間では、出来るだけ相手に事業と管理を押し付けよう、という大変高度なやり取りが合ったわけなのだけれど、そこは省略する。
「これでなんとか格好はつきましたね」
「もう少し任せたいところですが…」
結構です。お断りします。
長い長い議論と交渉の結果は、大きな黒板にルーン文字で記述された。
村の事業と管理者一覧
・漁業 :参加者皆で分ける
・水産加工業:参加者皆で分ける
◯製薬業:村長婦人が管理
◯木製品製造業:僕が管理
◯塩製造業:村長が調整後に担当家を決定
・卸売交易業:商人が計算(管理は村長)
◯建設派遣業:村長が管理 ※価格交渉のみ
◯娯楽業:村長婦人(管理は僕)
◯教育・学習支援業:村長が管理 ※価格交渉のみ
「整理してみれば、意外となんとかなりそうですよね」
「そうね…あんなに混乱していたのが嘘のようね」
村長は少し仕事が増えるけれど、表に出て有力者と交渉するのは得意そうだし、任せられると思うんだよね。蜂蜜酒を飲まされたりハニートラップとかで、いい気分になって価格ダンピングしそうなことだけが心配だけれど、そこは村長婦人が締め上げてくれればいい話だし。
「ただ…塩造りは、調整が大変そうですね」
これまで村の塩作りは専業とする一家が担当していたのだけれど、秋の漁期に塩が大幅に不足する、という失態があった。
宿泊所の稼働に伴う熱利用施設整備を奇貨として、製塩施設を大型化すると共に塩製造の利権を一家から引き剥がしにかかるらしい。
「仕方がありません。一家の利権より村全体利益が大事です」
「それはそうなんですけど…」
有力者が自棄になって自力救済を始めたらどうするのさ。
僕が提案した事業の仕訳で暴力沙汰が起こるのは嫌だよ。
「トールが心配するようなことにはなりませんよ。彼らが失うのは冬の製塩の独占権だけです。春、夏、秋の独占については引き続き認めます。もともと気温の低い冬の塩作りは嫌がっていましたからね」
だから塩が不足する羽目になったのです、と村長婦人は憤懣やる方ない様子で続けた。
「まあ、そういうことなら…」
村内の政治的調整事項となると、僕には口を挟む理由も手を出す権利もないし。
村長の腕力と村長婦人の言葉を信じるしかないね。
僕の家が作る塩への風当たりも弱くなる副次効果も期待できる。
それよりも、僕の管理する事業が2つだけに限定できたことが大きい。
「木製品事業はあなたの管理になりますが」
「やります!」
しゅたっ、と手を上げた。
僕は木製品の利権だけは頑張って死守したかったんだよね。
だって、規格化した樽造りもエル巻尺とエル定規の普及にも興味を持って任せられる人がいないんだもの。
事業の中で最も銀を稼げそうなクナトルレイク盾造りについては、盾のデザインをいい感じにできそうな人が出てきたら譲ってもいいし。
「娯楽業、つまり子供クナトルレイク大会は運営は私とトールになりますが」
「あれって1回だけのことですよね?別にいいんじゃないでしょうか」
第1回世界クナトルレイク大会少年部の開催。
別名、村長丸投げ大会については、今後の開催については決まっていない。
毎年やるには負担が大きいし、サッカーW杯のように4年に1度の開催とかにすればいいんじゃないかな。
その頃には、僕から担当も離れているだろうし。
後任の人には頑張ってもらいたいよね。
「第2回もぜひここでやりたい、という声が上がっていましたよ」
あーあー聞こえません。
「やりたいのはわかりますけど、毎年は無理ですよ。時期だって収穫祭と合わせて開催したほうが負担も減りますし、頑張って受け入れても今の施設だと、あと2チームを受け入れるのが限界です。
もしもチーム数を増やして開催するなら、もっと準備して開催期間を長く取らないといけなくなりますが、村には大きな負担となります。村の開催負担を減らすためには参加チームには、もっと食料と薪と銀を多く持ち込んでもらわないといけません。
チーム間のレベル差があると試合にならないこともハッキリしましたから、別の地域で予選をやって出場チームを絞るか、地域リーグ戦方式を取り入れてチームの強さで1部リーグと2部リーグに組織化する必要もあるでしょうし…」
口を開けば、やれない理由と改善点が次から次へと出てくるのを止められない。
だいたい、丸投げする側は人を集めてイベントを開催する大変さを理解していないんだから。
「…というわけで、開催には反対です。僕はやりたくありません」
むふん、と胸を張る僕を、なぜか村長婦人は生温い目で見つめる。
「ところでトール、大人のクナトルレイク大会に関心はありませんか?もちろん運営として」
「いーやーでーすー!!」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「…まあ、今日はここまでにしましょうか」
「そうですね」
だいたいの方針も固まったし、なんとか管理の目処もついた。
村長婦人にもあからさまに安堵の色が見える。
1人で抱え込んでいた問題が解決に向かいそうで、ホッとしたんだろうなあ。
村長は武力はともかく金銭面では相談相手になりそうにないからね…。
「ではそろそろ帰ります…って、もう夜になってる!」
冬の陽が沈むのは早い。ただでさえ弱々しい太陽は、すっかりフィヨルドの山々の向こう側に消えてしまい、青い闇が広がっている。
「家まで送らせましょう。誰か!」
「えーいいですよ…1人で帰れます」
「駄目ですよ。夜は狼が出るかも知れません。あなたのような小さな子供は、一口で食べられてしまいます」
「うっ…」
送ってくれる人って、たぶん案内してくれた郎党の人だよね。
長屋式の郎党の人達、なぜか僕のことを畏れてる感じがして苦手なんだよな…。
だけど、たしかに狼は怖い。
「では泊まっていきますか?」
「それもちょっと…政治が…」
長屋敷に宿泊できるのは招待された有力者だけ。
僕のような平民の子供が宿泊するのは村の政治的に差し障りがあり過ぎる。
「そうだ!宿泊所がありますよね!…いや、なしですね」
僕1人のために長屋敷に匹敵する広さの宿泊所の床暖房を焚くのは無駄で贅沢すぎるし、あんな広い建物に1人で泊まるのは嫌だ。
どうすべきか悩んでいたら、侍女の人が呼び出しに来た。
「お迎えが来ていますよ」
「お迎え?」
長屋敷の玄関に向かえば、肩の上衣の雪を払っている父ちゃんの姿があった。
「父ちゃん!」
「そろそろ息子を返してもらえると」
「もちろんです。お返ししますよ」
父ちゃんと村長婦人がなんか大人っぽいやり取りをしていたけれど、僕はいそいそとスキーの紐を巻き、帰り支度をして外に出た。
「おーすごい!明るい!」
満月の光が雪に反射して、夜とは思えないぐらい明るい。
「トール、帰るぞ。遅れるなよ」
父ちゃんは器用に左手で松明を持ち、右手でストック代わりの槍を突いて、雪上をスキーですいすいと滑り出した。
僕が追いつけるように加減してくれていると思うのだけど、それでも速い。
夜の雪原はじゃりじゃりとして硬いけれど速度は出て滑りやすいね。思ったよりも速度が出る。
スキーの風切り音に混じって、遠くの山で、アオーン、と狼が遠吠えをしている声が聞こえた。
「トール、怖いか?」
「怖くないよ!」
いつの間にか父ちゃんが横並びになってくれていた。
冷たい空気が汗ばんだ体に心地よい。
雪が地面を覆って臭いや音を吸収しているのか、父ちゃんが掲げる松明の燃える匂いと、スキーを滑らせる音以外は世界が静止しているような気がしてくる。
遅れまいと一心不乱にスキーを滑っているうちに、前方に我が家の窓から漏れる暖かい明かりが見えてくる。
「母さんとエリンが待ってるぞ。もうひと頑張りだ!」
「うん!」
家族が待つ暖かい家に早く帰りたい。
僕はスキーで前傾した姿勢をさらに深くした。




