第69話 ヴァルハラの戦士団と偉大な戦士 6歳 晩秋
ブブゥ―――と、試合終了の角笛が響いた。
「よくやったぞフギンーっ!」
「フェンリルも良かったぞ―!」
「やっぱりうちの戦士団は最高だな!」
「久しぶりの試合、興奮したぞ!」
赤い羽根のフギンと青い牙のフェンリルの間で行われた模範試合は、目の肥えた観客を大いに満足させ、称賛が少年達に降り注ぐ。
少年達も互いの健闘を称え合い、選手同士で握手を交わした。
どれだけ試合で激しいプレーがあったとしても、試合後にはノーサイド。
同じクナトルレイクをプレーする者として尊敬を忘れないこと。
僕がクナトルレイクを通じて浸透させたい価値観だ。
順調に運んでいるようでなによりだね。
観客席の盛り上がりと反比例するように、貴賓席の貴族様達は渋い顔をしていた。
「素晴らしい試合だった。今は子供だが、しかし…」
「彼らが育つ頃には、いや3年後には恐るべき戦士団になるでしょうな」
「子供だけではないだろう。大人達はどうなのだ?弛んだ腹をし老いた者たちはともかく、若い世代は既に…」
苦い表情で観客席から呑気に拍手と声援を送っている村の若者達を見渡す。
もしも敵対することがあるならば、彼らは恐るべき戦士団として襲いかかってくるのではないだろうか?
クナトルレイクで子供達が見せた、あの剽悍な動きに自分達の戦士団は対抗できるのか?
そんな妄想とも切り捨てられない漠然とした怖れが、村の代表達を覆い始めていた。
「しかし、この小さな村でどうすれば、あれだけの戦士団が育つのだ?魔術か?それとも本当にアスガルドの神々の加護があるというのか?」
「いや。あの男だろう。偉大で優れた戦士がいれば、若い戦士達も刺激されて強くなるものだ。あの男が鍵なのではないか?」
僕は貴賓席に監禁されているので、他の村の貴族達の噂話はどうしても聞こえてくるわけで。
貴族達が「あの男」として畏怖を隠せてない村の偉大な戦士が誰のことか判ってしまうんだ。
父ちゃん、なんかいつの間にか偉大な戦士ってことになってるよ。
その噂の対象であるところの、村のごく普通の若者たちを強力な戦士団に育て上げた偉大な戦士、つまり父ちゃんが僕のところへ相談にやって来た。
当事者の父ちゃんは周囲の畏怖のこもった視線には気がついていないみたい。
「トール、次の試合はどうする?また試合をさせるか?」
「僕はやめておいた方がいいと思う。試合で負けた子達もやる気は戻ったみたいけど、また酷い負け方をしたら立ち直れなくなっちゃいそう」
高いレベルの試合を見ることで高まった士気も、負ければ地の底まで下がるだろう。子供たちの士気を無駄遣いしてはいけない。
「敗北も戦士としての経験と言えなくもないが…ではどうする?」
「考えたんだけど、父ちゃんが他の村の子達と一緒に訓練してあげたらどうかな?訓練の方法さえ分かれば、村に帰っても訓練ができて強くなれるでしょ?」
「ふむ…他の村の子供を強くしても構わないのか?」
「だって、相手が弱いと面白くないじゃない!」
政治的、あるいは軍事的に考えたら子供のうちに叩きのめして上下関係を教え込んで一切逆らえないようにするのが正しいのだろう。
強くなるためのノウハウは村で独占し、相手が弱いことを喜び、自分達の強さを誇るのが楽な道だろう。
だけどさあ、そんなことしても面白くないでしょ!!
面白くないものに参加したい人なんていないし、広まらないからね!
僕は選手同士が切磋琢磨する世界を選ぶよ!
「…まあ、トールがそう言うならいいだろう」
父ちゃんは競技場に戻ると、角笛を鳴らして注目を集めた。
「次の試合は一旦延期とする!試合ではなく、我が村で戦士団が行っている訓練を公開し、併せて参加者を募る!どうだ!我こそは参加する、という戦士はいないか!」
「俺は参加するぞ!」
間伐入れずに立ち上がったのは、初戦で大敗した灰のスルトに所属する子供だ。
その目には、強い負けん気が戻ってきているように見える。
「俺もやるぞ!」
「俺もだ!」
1人が立ち上がれば、次々と子供達は俺も俺もと声を上げて立ち上がり、座り込んでいる者は1人もいなくなった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「よし、訓練の参加者はこちらへ集まれ!」
「訓練中は無駄口を叩くな!指示を聞き逃すなよ!」
50人以上の子供達を父ちゃん1人で指導するのかな、大丈夫かな?
と思っていたら、父ちゃんの指導を補助するコーチらしい大人が何人か増えていた。
いつの間に…。ひょっとして、最近父ちゃんが村にクナトルレイクの仲間がいる、と言及していた人達だろうか。
知らないうちに、うちの村に父ちゃんを首魁とするクナトルレイク派閥が出来ているんだが…。
「よーし!前衛を務めるものはこちら!後衛はあちら!二手に別れるんだ!もたもた歩くな!走れ走れ!」
父ちゃんとコーチの大人達は、訓練参加希望の子供達を手際よく前衛と後衛に分けると、軽い打ち合わせの後でポジション毎のメニューらしきものを始めた。
前衛組には盾の押し合い。後衛組にはランニングの基本を仕込むようだ。
「まずは盾列の基本陣形だ!縦列には楔形の突破を目的とする陣形、互い違いで攻撃を受け止めるための陣形がある。それにより前衛の盾の重ね方が違うんだ!前衛は5人組!突破の陣形は最も体格が大きな者が楔の先端となる!よし、陣形を組んでみろ!」
そんな基本初めて聞いたよ。指示を受けた少年達も、戸惑っているじゃないか。
だけど、貴族席のお偉方の受けた衝撃は、そんなものではなかったらしい。
「あれは…猪の陣形!」
「知っているのか?あの陣形を…」
「オーディン神が授けたとされる伝説の常勝の陣形だ。まさかクナトルレイクでお目にかかることになるとは…」
「ぬうう…」
額の汗を腕で拭いながら、バトル少年漫画みたいな会話してる。
戦闘の話をしてるから、間違ってはいないんだけど。
「左右の人間と足を合わせろ!右足から出せ!盾を押すな!姿勢を保ってまっ直ぐ歩け!右足だせ!右足!左足!右足!左足!」
「右足!左足!」
父ちゃんの指示に従い、前衛の少年達は陣形を組んで前進を始めた。
なんというか、様になっている。
試合で無様を晒した鎧袖一触で崩壊した盾列とは全く違う。
凄いな。ほんのちょっとしたコツと訓練で、短期間でこうも変わるものか。
一方で、後衛組は走らされていた。
それも単に走るのではなく、走るコース上に何人かを障害物として立たせ、投げられたボールをキャッチする訓練だ。
なんと後ろ向きでスタートし、素早く振り向いてから障害物の位置とボールの軌道を一瞬の関節視野で確認しつつ落下点へダッシュしなければならない。
「ボールを見るのは一瞬だけだ!落下点と時間を予測しろ、前の障害を避けろ!最後の一瞬だけ振り向いてキャッチだ!」
すっごい難しそうなことを言ってる。
子供達は、体力的にキツいというよりも、単に足が速いだけではどうにもならない、大量の情報を処理することに苦戦しているように見える。
「予測だ!予測するんだ!走りながらボールの軌道をイメージしろ!目の前の障害を避けるときもイメージを途絶えさせるな!」
僕は、本当に来年からクナトルレイクに加わらないとダメなのかな。
ベンチの控えどころか、練習についていける自信も全く無いんだけど。
「うう…キツい。体も頭もキツい」
「はあ…はあ…それだよ…頭が疲れる。こんな経験は初めてだ…」
「この村の連中、こんな訓練続けたのか…?そりゃあ強いはずだ…」
「ヴァルハラの戦士になるのは、まだ早いってことか…」
「もっともっと強くならないと…」
ヴァルハラ?とか、なんか変な言葉が少年達から聞こえた気がする。
たかがクナトルレイクの試合と、神々の天国の話は関係ないような。
死ぬほど苦しい、という意味かな?
父ちゃんの公開訓練と、その画期的な成果は、貴賓席のお偉方にも大いなる感銘と別方向の思惑を与えたようで。
「見ているか。恐るべき手腕だ。幼い子供が、今に一端の戦士になろうとしている」
「ほんの僅かな期間の訓練でこれだ。この村の大人の精鋭戦士達は、どれほどの強さなのか?」
「一つ相談なのだが、この冬の試合は時期尚早だとは思わぬか。恥ずかしながら、我が村は十分に準備が出来ているとは言い難い」
「貴公もそうか。実は我が村も同じことを考えていたところだ。やはり冬に行うというのは、ちと拙速かも知れぬな」
「春に近い時期とはいえ、冬は移動にも困難なことがあろうし、やはり夏の民会に合わせるべきではないか…?」
ボソボソと、冬の大会の延期を言い出している。
そりゃそうだよね。今のまま試合したら、大人の試合でも名誉が損なわれるレベルの大差がつきかねない。
子供の試合ならともかく、大人の試合で面子が丸つぶれになるほどの大敗を喫したら、政治的に大変なことになりそうだものね。
もう少し時間をかけて準備をしたい、という結論に落ち着くのが順当なところだろう。
あとは、村長に接待してもらって、セミナーで運営について講義すれば大会は終わりになるかな?
あとで父ちゃんに聞いたら、村に来て戦士達を指導してくれ、と村々から裏での勧誘が凄かったらしい。
そうやって出し抜こうとするときばかり頑張るんだから…政治だねえ。
だけど父ちゃんはあげないぞ。




