第68話 本物のクナトルレイク 6歳 晩秋
ブゥゥゥ―――ッ
試合終了の合図である角笛が鳴らされる。
「10ー0!赤い羽根のフギンの勝利!」
ぱちぱち…と控えめな拍手が勝利チームに贈られる。
対戦相手である灰の腕のスルトの士気が崩壊し、座り込んでしまったために途中棄権試合として、審判《父ちゃん》が勝利を宣言したのだ。
「しまったなあ…大量得点差で勝利の規定は入れておくんだった…」
僕は頭を抱える。競技総則に大量得点差による勝利規則を書くのを忘れていた。
父ちゃんは、怪我人が多数出て試合が継続できなくなった事例を想定した、途中棄権試合の規定を審判判断で適用してくれたようだ。
勝敗はスポーツの常とは言え、負けたチームの子達が泣きそうな顔をしているのを見ると、弱いもの苛めをしてしまったような気分がして、ややバツが悪い。
後知恵になってしまうけれど、対戦した両チームを比較すると、赤い羽根のフギンは、体格と筋力と持久力で勝り、盾やボールを扱う技術に優れ、戦術能力と判断能力では大人と子供以上の差があった。
フィジカル、テクニック、タクティクスの掛け算がチーム力であるから、如何に根性があっても勝負にはなりませんよね…。
隣村の子達をこれ以上叩きのめしたところで、今後対戦してくれなくなるだけなので、遅まきながら名誉のために試合中止です。
「うちの子達、ひょっとしてもの凄く強いんじゃない?」
「もう少し骨のあるチームとやりたいねえ!」
「今日出てない青のフェンリルの子達の方が強いんじゃないかしら?」
うちの村のホームだから一般観客席は我が子の勝利に浮かれているけれど、貴賓席は当初の興奮はどこへやら。
「一体今の試合は何だったんだ…」
「全く、灰のスルトの方ときたら、だらし無いじゃないか」
「いや、そうじゃない。赤のフギンが強いんだ。恐るべき練度だ…」
とか何とか青い顔をしてボソボソと背後で言い合っている。
僕もそう思うよ。相手が弱いんじゃない。うちが強すぎるんだ。
図らずも、その仮説は次の試合で証明されることになった。
少し休憩を挟んで第2試合が始まった。
第2試合は、橙のゲリ 対 翠のニーズヘッグ
ブブゥゥーッ、と角笛が鳴らされる。
「ああ、また反則か」
第2試合は、典型的な泥仕合となった。
両チームとお体力も技術も低く、戦術は皆無。
子供達が頑張って盾で押し合い、ボールが溢れ、また集まって盾で推し合う。
小学生の団子サッカーのような試合展開となった。
おまけに反則も多くてしょっちゅう試合が中断する。
反則の内容も、苛立って棒で相手を意図的に叩いた等の、レベルの低い反則だ。
「これはダメだなあ。ルールが浸透してない」
僕や観客は退屈しているけれど、これは目が肥え過ぎているのがいけない。
子供達が一生懸命に頑張っているのだし、たぶんこれが普通のレベルの試合なのだ。
父ちゃんが指導と訓練した、うちの村がおかしいだけです。
試合は終盤までもつれにもつれ、結局は引き分けで終わった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はいはい。昼のスープですよー」
「しょげてないで、お腹いっぱい食べてねえ」
第2試合が終わると、お昼の休憩。
試合に参加した子供達には鯨肉がたっぷり入ったスープが配られる。
酷い負け方でしょげた子供達も、肉を頬張りスープを啜っているうちに笑顔が戻ってきた。
貴賓席のお偉方は、天気が良いからと外で食べる人と、村長が先導して長屋敷の中へ戻る人と半々。長屋敷組は、またぞろ蜂蜜酒か大麦酒で喉を潤すつもりなのかも知れない。
僕は、午後の予定について父ちゃんと相談したいから残る。
すると、父ちゃんの方からも僕に相談があったようで、審判の角笛を揺らしながら足早に近づいて来た。
「なあトールよ、このまま午後の試合は不味いだろう?」
「父ちゃんも、そう思う?」
第1試合は、ちょっと良くなかった。
結果論として僕の村の力量を示すことはできたけれど、他の村の子を必要以上に叩きのめしすぎた。
また第2試合は、試合のレベルが低すぎた。これでは新しいクナトルレイクの面白味が分かってもらえないだろう。
「それじゃあ父ちゃん、試合のことは任せていい?」
「任せておけ。お偉い方々に、本物のクナトルレイクの試合、というやつを見せてやろうじゃないか」
父ちゃんは力強く胸を叩いて請け合ってくれた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「午後の第1試合を行います!赤のフギン 対 青のフェンリル!」
進行役が発表すると、観客席から大きな歓声が上がる。
「やった!久しぶりの対戦待ってたよ!」
「最初から青のフェンリルが出るべきだったんだよ!」
「うちの子も出るよ!応援して!」
単純に我が村から出場する子が2倍になって、親兄弟の声援も2倍になるからね。
観客席のボルテージの高まり方がまるで違う。
「選手入場!青のフェンリィィィル!!!」
青地に黒いフェンリルのエンブレムの盾を掲げて、選手が入場してくると、1人の子が進み出て戦士の凱歌を歌う。
「フェンリルよ、フェンリル!
偉大なる狼よ、汝の力を我に貸せ!
お前の邪悪を、我らの勝利に!」
「「フェンリル!力!勝利!フェンリル!力!勝利!フェンリル!力勝利!」」
戦士達は盾を叩き、観客も大声で歌い、席を踏み鳴らして応える。
「いったい…なんだ?」
「なんという熱狂…」
午前中とは質の異なる観客席の反応に、貴賓席の貴族たちも戸惑いを隠せない。
ふふふ。このぐらいで驚いて貰っては困りますよ。
驚くのは試合を見てからにして下さい。
「両チーム、盾合わせを!」
「「おう!!」」
ガツン、と盾が欠けんばかりの勢いでぶつかり、戦士たちの体から汗が湯気なって上がる。赤のフギンと青のフェンリルの戦列の押し合いは、全く互角。
午前中に体の慣らしを済ませていた赤のフギンと、十分に体を休めてきた青のフェンリルは、どちらも先手を譲らない。
「すげえ盾の押し合いだ…」
「俺帯はあっさり崩されたっていうのに…」
このままでは埒が明かない、と青のフェンリルの戦士がボールを素早くスティックで掻き出し、斜め後ろの選手にパスを送る。
「うまい!あの速いパスを取れるのか?」
「だけど、守備も素早いぞ!」
しかし赤のフギンもパスを出された選手に鋭い出足でマークに着いて、前方への自由なパス展開を許さない。
「パス…?いや、走ったぞ!」
パスを受けた青のフェンリルの選手は、無理やり前にパスを出す、と見せかけてからの躱して前へのランニングを見せる。
パスを防ごうと腰が浮いていた赤のフギンは躱された後から、懸命に追いかける。
「ロキの欺瞞か…スイッチしろ!」
しかし守備側は陣形をスライドさせて独走を許さない。
やむを得ず中央にボールを戻して、また盾の押し合いで戦線の打開を測る。
「「押せ押せ!フェンリル!力!勝利!」」
「「取り返せ!フギン!知恵!勝利!!」」
盾同士の戦列の押し合いになると、観客席の熱狂度合いはますます高まり、戦士の凱歌を歌い、手すりを叩き席を踏み鳴らす。
「すげえ…俺達の試合とはプレーの速さも力強さも全然ちがう…!」
「これが本物のクナトルレイク…!だとしたら、今まで俺達がやってたのはお遊戯なのか?」
「どんな訓練を積んだら、あんな風になれるんだ…?」
当初は驚いてばかりいた少年達も、自分達の目標となる試合から少しでも技術を盗み、記憶に刻みつけようと、プレーを凝視し始める。
同じ年齢の子供達なんだ。俺達だって、同じように訓練を積めばきっと…!
そう言いたげな、強い光を瞳に宿している。
「やれやれ…試合は取りやめて模範試合にしたのは良かったかな」
村から選抜されただけあって誇り高い少年達も、なんとか矜持を取り戻してくれそうだ。あとで父ちゃんから練習方法をコーチしてもらおう。
「なんという試合だ…これが子供のクナトルレイクなのか…?」
「大人が混じっても負けるのでは?」
「いやまさかなあ。盾の押し合いでは体格で勝負になるまい。だがあのパスと走るスピードを見ろ!厄介だな…舐めてかかっては追いつけないかもしれん」
反対に、貴賓席の貴族達は試合の展開の速さと強度に驚きを隠せていない。
地元の村の大人達が対戦しても子供に負けてしまうのでは?と危惧を抱くほどに、眼の前で目まぐるしく攻守交代し、延々とぶつかり続けるスピードとスタミを要する連続的なプレーに目を剥いている。
そう。これこそが僕と父ちゃんが作り上げた新式のクナトルレイクだ。
しっかりと記憶して帰って、地元で噂を広めて欲しいものだ。
「あの村には、本物のクナトルレイクがある」とね。
……あれ?今回の大会の趣旨って、そういう話だったっけ?
なにか間違っているような??




