第66話 大会前夜のこと 6歳 晩秋
嵐のような子供達の集団が去ると、静けさと日常が戻ってくる。
「これで、男の子たちの方は落ち着いたかなあ」
村へクナトルレイクの試合に来た少年達は、今のところ宿泊所で大人しくしてくれているようだ。心配していた村同士の喧嘩もない。
早朝から長距離を歩いて、サウナに入って温かい部屋に入ったら寝てしまうよね。
しばらくはそのままにしておこう。
「うーん…やっぱり問題は出るよなあ」
今は3つの村から少年を引率してきた大人達と、事前に参加要項で持ってくるよう通知した物資が、実際にあるかの在庫チェックをしているのだけれど。
「全然足りない…?」
「そうですか?2日分の滞在ですから、これで十分だと思うのですが」
「まあ、4食分ではあるんですが」
まず、食料が足りない。食べ盛りの子どもの2日分の食事を1日2食計算で、1食は大麦粥とニンニク少々で計算してる。タンパク質ゼロ。これでは身体が作れないだろう。分量も腹一杯にはほど遠い。
持ち込みの医薬品もない。子供が怪我をしたり風邪を引いたらどうするつもりだったのか?
「道具も、これだと規定違反で使えないですよ。まあ長いのは削ればいいですけど」
「子どもの道具だろうが?これで十分じゃないか?」
僕はエル巻尺を用いてスティックの長さの違反を指摘したのだけれど、持ち込んだ人には通じていないっぽい。
だけどさあ、村側で用意してきた道具は、スティックの長さからして、バラバラ。盾の直径も違反多数だもの。
なにより道具の作りが適当なのが怖い。表面の削りも粗いし革の縫い目も粗い。
こんな道具を使ったら子供が怪我するでしょ!
「この分だと競技総則も読み込んでないな…審判はうちでやるか…」
参加要項が機能してないな。文書で通知する、という方式に限界を感じる。
そもそも文書を読んで内容を守る、という文化が育っていないものなあ。
「…とはいえ、やりようはあったよなあ」
食料については、どんな品目をどのぐらい用意するべきかを具体的、定量的に示すべきだったし、クナトルレイクの道具については、事前に見本を1セット送っておいて目指す品質はこのくらい、と目で見て確認できるようにしておいた方が良かった。
少し仕事を抱えすぎたせいで、他の人への相談や確認が疎かだったかも知れない。
抽象的な指示は、受けての理解したいように理解されるものだ。
通知を指示通りに守らせるインセンティブも欠けていた。
反省しきりである。
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「はい皆さん。ご飯ですよー!村ごとに並んで―!」
「おー!いい匂い!」
「あのスープ肉が入ってるんじゃないか?」
宿泊所へ大きな鍋で煮込んだスープが幾つも持ち込まれると、少年達は歓声を上げた。
集団行動に少し慣れてきたのか、配膳役の女性たちの指示に従って大人しく鍋の前に列を作って並び、木の皿に料理が盛られるのを待ち受ける。
そうして自分の番が来て、そっと差し出した木皿に、鍋からどちゃりと肉と野菜の煮込みが盛られると、鼻をひくひくさせて匂いを吸い込み、零さないよう慎重な足取りで去っていくのだ。
今日の晩のメニューは鯨肉と玉葱のハーブ煮込みである。
「美味えなあ…肉が山になってるぜ」
「すげえなあ。ところでこれ、何の肉だろう?」
「さあ…?豚か?牛かも?とにかく肉なんだから、なんでもいいよ!」
年頃の少年達の食欲は、味よりも量。野菜よりも肉。とにかく肉さえ入っていれば、何でもいいのだ。
ナイフを手に、皿に盛られた肉をどんどんと口から胃に詰め込んでいく。
村にいたときには味わったことのない食事だ。
食べられるときにできるだけ食べておきたい。
「食事の終わった人は皿をこちらへ!引き換えに甘いお茶を上げますからねー」
あの甘いお茶が再び飲める!
少年達は皿を舐め回さんばかりに綺麗になった木皿を持ち、再び配膳役の女性達の元へ殺到する。
「甘い…」
「飯食った後に甘くて温かいお茶飲むのもいいなあ」
「親父は麦酒飲んでるけど、甘い水のほうがいいよな!」
暖かく家畜の匂いがしない大きく綺麗な建物で、周囲には気の合う友人達がいて、美味い肉を腹いっぱい食べられて、甘いお茶が飲める。
おまけに明日は、家の仕事をせずに良い上に、クナトルレイクの試合まで出来るという。
「俺、やっぱりここは神々の天国だと思うんだよなあ」
「まだ、神々に認められるだけ勇敢に戦ってないぞ」
「もちろん勇敢に戦うさ。だけどさあ…」
少年達は、寝る前に貰ったタラ肝油蜂蜜飴を舐めながら、少し煙の匂いのする毛皮に包まれて暖かい床で眠りにつくのだった。
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「寝る子は育つ。よく寝てくれよう…」
少年達が眠りにつく一方で、僕はばっちり起きている。
村内を警備で回っている人達から報告を受けるためだ。
何と言っても、お客さんは活発な男の子の集団だからね。
夜中にトイレ行きたいとか、寂しくなったからとか、探検したくなったとか。
とにかくいろんな理由で、宿泊所が出ていこうとするんだ。
新しい経験をいろいろして興奮して眠らないのはわかるけど、僕には村に来た子供達の安全を守り、怪我なく帰す義務がある。
幸い、宿泊所の出入口は一箇所しか無いから警備の人が出ていく子供をとっ捕まえて、トイレに行くなら同行して帰すし、それ以外の理由なら、戻って寝るように諭すのが仕事。
トイレと言っても穴を掘ってあるだけだから、落ちたら困るしね。
「ご苦労さまです。なにか不具合はありませんか?」
「いえ。至って快調です」
昼間の反省にたち、報告を受けるだけでなく宿泊所の周囲も見て回り、火の番の人に挨拶もする。
宿泊所の床暖房を焚くため、今夜は併設された西風炉には火の番も置いているんだ。
冬ではないから強い火を焚く必要はないけれど、まだ設備が稼働して間もないので、どの程度まで火が弱くても平気なのかデータが足りない。
火事や不完全燃焼による事故が怖いので、念の為に人について貰っている。
ぱちぱち、と西風炉の薪が爆ぜる静かな音に混じり、どっと野太い笑い声が聞こえてくる。
「長屋敷の方は、盛り上がってるようですね」
「そうだね。明日、起きられるのかなあ」
村の外から大物たちを迎えて、今夜は村長や有力者も接待に宴会に大忙しだろう。
まあ実際の運営は村長婦人に任せて本人は大酒を飲んで騒いでいるだけかも。
村の貴族と有力者しか呼ばれない宴に父ちゃんもなぜか招待されているので、、聞こえてくる酔っ払い達の騒ぎの何十分の一かは父ちゃんの声も混じっているかもしれない。
また大声で「乾杯!」と盃を上げる声が聞こえてきた。
放っておけば、朝まででも酒飲み達は騒いでいそうだ。
「教育に悪そうだなあ。まあ、政治は大人達に任せましょ」
酔っ払いがどんな交渉事をしていようが僕には関係ない。
ついでにトールシステインとかいう名前も忘れていてくれると助かる。
僕は毛皮の寝具に身を包むと、仮眠のために宿泊所の隅に潜り込んだ。
暖かい。やはり床暖房は最高である。
早いところ、我が家も改築したいものだね。
目を閉じると、すぐに大人達のバカ騒ぎは聞こえなくなった。




