第61話 子供クナトルレイク試合の責任者だから 6歳 晩秋
今朝は、村長婦人だけでなく、珍しく村長とも一緒にお話をする。
幾つか、決めておきたいことがあるからだ。
「そろそろ、試合開催の招待状を送ろうと思うのです」
宿泊所の建設にも目処が立ってきたことだし、羊皮紙の招待状もほとんど書き上げた。あとは署名して蜜蝋で封をして印璽を押し付けるだけ。
印璽、要するに金属製の判子のことだね。指輪とか紋章とか、とにかく本人確認ができるものであれば何でもいいんだけど、村長、そういうの持ってたっけ。
そもそも印璽の習慣がなかったりする?
「要するに、自分だけが持つ指輪の模様があればいいのか?」
「そうですね。指輪は幾つもお持ちでしょうから、使用するものを選んでおいてください。面が平らで金属製で模様があるものが良いです」
「ふむ…そうだな…」
村長が己の装飾品コレクションに思いを来している間に、村長婦人から質問が投げかけられる。
「トールは、いつ頃に開催するのが良いと考えていますか?」
回答したいのは山々だけど、そもそも前提条件がわからないんだよね。
慣習とか連絡にかかる日程とかわからないし。
「まずいくつか教えていただきたいことがあるんです。試合参加する三ヶ村については使者を送れば1日で回答があるでしょう。こちらは心配していません。
気になっているのは、視察団の方々です。各々の村には、どのように連絡をつけたら良いのでしょう?どの程度の期間が必要ですか?」
「ああ…そうね。トールは村から出たことがないし、そういった世間知には詳しくないのよね。どうも普段からあなたと話していると、そうした当たり前のことを忘れてしまうわ。
まず最初の連絡地なのだけれど、村から2日ほど南に下った湾に、エイヴィンダルヴィークという穏やかで大きな湾があるわ。そこは昔から多くの貴族や大商人が交易に集っていて、王がおわす地でもあるの」
王!王様!そういうのがいるのか。初めて知った。
すると僕は王国民、ということになるの?
「王様というと…今の王様は、どんな王様なんですか?村では、あまり王様の話は聞いたことがありませんが」
「ええと…その…ね」
「愚王だ。暴王だよ。今の王の治世は長く続かんだろう。知る必要などない!」
村長が急に大声を出したので驚く。
ええ!?ふ、不安だ…。そうか…武力を振り回す方向で、ダメな王様なのか。
「美髯王、善王の御世は良かったが。全くどうしてこうなったのやら…」
「あのう…そんな土地に使者を派遣して大丈夫なのでしょうか?目をつけられてしまったりしませんか」
お前の村、儲かってるんだってなあ?全部寄越せ!とか来られては堪らんぞ。
「…その心配は薄いと思うわ。使者はごく小さな船で送るわけだし、近海の漁船と見分けはつかないでしょうから。
使者からの手紙を受け取って適切な交易商人に渡したり連絡を取ることを生業にしている商人がいるから、そこと連絡を取るだけにして王の館に近づかなければ良いでしょう。
そもそも、王は館にいないことも多い、という話ですから」
「王の義務も果たさず、どこぞで気ままに村でも焼いているのだろうよ!」
なんだその世紀末野盗みたいな王様は…女を両脇に侍らせて子供の奴隷に鞭打ってグルグル棒を回させていそうだ。
「ええと、日程的にはどうしましょうか?エイヴィンダルの湾までの旅程が2日、その先の村々までの連絡に3日。連絡を受けて視察担当を決めるまで3日。この村までやってくるまで4日。余裕を2日。全部足すと、だいたい2のサウナぐらい後なら良いでしょうか?
それぐらい日程に余裕があれば宿泊所も建ちますし、競技場の改装もできるでしょう」
村長はなんか指折り数えていたので、黒板に貝殻棒で足し算を書いたら頷いてた。
黒板、やはり便利だなあ。
ところが。では、と招待状に署名する段になって、村長がごね始めた。
「名前を書くのか?どうしても本名を書かねばならんか…?」
「それは…そうしないと村長からの招待状だと証明できないじゃありませんか」
何を言い出すんだか。髭面のおっさんが愚図々々してるとみっともないぞ。
「印璽!そう…指輪の印璽で証明できるだろうが!」
「まあ…村長の印である、と広く認められた後ならそれもありでしょうが、初めての連絡となる村もあるでしょうし」
じゃあ村長婦人に署名してもらおうとすると、女が署名するなど聞いたこともないと、これまたゴネるし…面倒くさくなったので仕方なく、村長の代筆たるトールステイン、とだけ署名することにした。
何かトラブルが起きたら、僕の首が物理的に飛びそうだけど、とりあえず招待状を送ることが最優先だ。
視察団への当日接待と宿泊手配は村長に任せるとして、招待状にはクナトルレイク競技総則とエル定規とエル巻尺もつけておいて上げようかな。
その方が当日の試合を見る際に理解も早いだろうし、視察団を送るぐらいだから自分達も新式のクナトルレイクの試合をやってみたいだろう。
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「うーん…やれやれ…」
必要ではあったけれど不毛な打ち合わせが終わり、長屋敷から出て伸びをする。
秋の空は青く澄んで気持ち良い。
「だいぶ宿泊所も出来てきたなあ」
長屋敷の傍に建設中の宿泊所も、主要な柱と梁は建て終わって今は三角屋根の骨組みを作り始めている。
三角屋根の骨組みの間に横木が渡されると、日本で言う棟上げということになるね。
そこまで構造が出来てしまえば、あとは村人の人海戦術で何とかなりそう。
「あ、ちょっとそこ何してんの!待った!待って!待て!!」
屋根の工事に、子供を登らせようとしていた人がいたので、大声で止めた。
最初、注意されていたのは自分達のことだとは思わなかったようで、そのまま作業を進めようとしたから、僕も思わず声が荒くなってしまった。
「なんだぁ?今、仕事してるんだが?ガキが邪魔すんな」
「いや、今、子供を屋根に上げようとしてませんでした?」
「ああ。屋根はガキにやらせた方がいいんだよ。身が軽いんでな」
子供が生意気に口出ししやがって、という雰囲気がありありと見える。
おまけにちょっと酒臭い。
「長屋式の屋根って、ものすごい高くて急じゃないですか?そこを子供にやらせるんですか?」
「こいつは身が軽いから平気なんだよ」
なんて言い草なんだ。落ちたら死ぬんだぞ!
長屋式の屋根は雪を落とすために急角度になっていて高さも凄いんだ。
僕は思わずカッと来て言い返した。
「駄目です!どうしてもというなら、屋根から落ちないよう綱を巻いてからやらせてください!それまでは作業参加は許しません!」
「んだぁ?うちの仕事にケチつけようってのか?」
「僕は子供クナトルレイク試合に参加する全ての子供に責任があるんです!子供が怪我したり死ぬようなことは許しません!ダメです!綱を巻きなさい!」
僕が小さな足を踏ん張り、精一杯両手を広げて威嚇すると、子供を屋根に登らせようとしていた男は薄笑いを浮かべるだけでなく、なんと手近な角材を掴んで振り下ろしてきやがったのだ
「うわっ!こら!大人の戦士の誇りはないの!?」
「避けるんじゃねえよ!この薄気味悪いガキが!」
当たったら怪我じゃ済まないだろうが。
僕が2、3回頑張って避けていると男は頭に血が登ってきたのか、振り回す角材の風切音が一段と上がる。
「…ガッ!」
ドカン、と音が聞こえるような体当たりを横合いから受けて、男が吹き飛んだ。
別の大人が角材を振り回す男に死角から突進したのだ。あれは痛いぞ。
続いて、倒れた男の上に何人も大人が被さり、取り押さえにかかる。
「このバカがっ!村のフギンになにしやがる!」
「酒飲み過ぎでバカになってるんじゃねえか?冷たい海に放り込んどけ!」
「こっち来い!バカ野郎が!」
僕を角材で殴ろうとした男は、あっという間に縛り上げられて、ボコボコに殴られた上で村の男達に引きずられて行ってしまった。
殺しちゃダメですよ―。
「あー…君、大丈夫?あれって君の父ちゃん?余計なことしたのでなかったら良いんだけど…」
「いや、父ちゃんじゃなくて叔父さん。助かったよ。叔父さんも、酒を飲まないといい人なんだけど…」
それはダメな人だ。角材で躊躇なく子供を殴ろうとか、だいぶ頭やられてるよ。
僕は屋根に登らされそうになっていた男の子を見る。姉ちゃんと同じぐらいの年だろうか。痩せぎすで、くすんだ金髪。見た目は普通。だけど身は確かに軽そうだ。クナトルレイクの練習をしているところを見たことがある。
「あー…それでね、」
「トール!怪我はないか!?」
僕が少年と話をしようとしていたら、父ちゃんが真っ赤な顔をして駆けつけてきた。
「あー、父ちゃん。大丈夫。怪我はないよ。大人が助けてくれたから」
「そうか…本当だな」
ペタペタと頭や全身を触りながらチェックして、父ちゃんはひとまず安心したようだった。その間に、助けた少年は消えていた。
遠慮したのかな。まあ、他人の親子が話しているのとか退屈だろうしね。
翌日から、村の子供たちが僕を見る目が少し変わった気がする。
遠巻きにされるのは相変わらずだけど、少しだけ怖れが消えているように感じる。
まあ気のせいかも知れないけどね。




