第6話 野蛮な競技 5歳 冬
泥と血のついた衣服や、血のついた針、薬を練った木皿を片付けていたら、ぐうと腹が鳴った。
それを聞いた父ちゃんと母ちゃんが、顔を見合わせて吹き出した。
「まずは、飯を食いながら話そうか」
「そうね。せっかく準備したんだから」
そうだよ!今日は鱈の切り身の石焼ステーキの日だった!
素手で触ったら火傷をするので、母ちゃんが毛皮の手袋をして掴み棒で石炉の火があたるように並べ直す。
時間がかかるからもう直火で食べようよ、という気持ちと、いやいや石焼きの方が絶対美味しいから…という気持ちの間で葛藤する。
ある程度は熱が残っていたのか、すぐに石板は石炉から取り出されて、ゴトリと1人1枚ずつ目の前に置かれた。
テーブルはないけれど、食事の時だけ床に料理を置く用の長い板が置かれるから、床に敷かれた毛皮が焦げる心配はないんだ。
「はい、どうぞ」
そして1人1枚ずつ置かれる石焼きされるタラの切り身!
北海の脂が乗ってジュウジュウと焼けるタラは世界一美味いと思う。
フォークはないから小さなナイフで切り出して、少し強めに熱い石板に押し付けてじゅうじゅうと焦げ目をつけてから玉ねぎの切り身と一緒に食べると、口の中がスッキリさせつつ旨味だけを味わえる。
うーん、いろいろ生活全般の不便さに文句はあるけれど、この村の海産物だけは文句無しに美味い!
牛や羊や豚の家畜や野菜などは品種改良が進んでいないから味はイマイチなんだけど、魚や貝は昔から味が同じだものね。
つまり海産物!海の幸をもっと追求しよう。
無言でハグハグとせわしく北海の旨味を口に運んでいたら、父ちゃんの話を聞くのをすっかり忘れていた。
仕方ないよね。石焼きは石板が冷める前に食べきらないといけない食べ物だから。
「…それで、塩の報告に行ったはずの父ちゃんが、どうしてそんな怪我したの?隣のフィヨルドの村の衆がまた襲ってきて喧嘩になったとか?」
ある程度、お腹が落ち着いたところでお話を聞いてみる。
山を超えたところの隣のフィヨルドの村とは没交渉というわけではなく、婚姻関係を持った家だってあるし遠方への略奪時には一緒に船を並べたりもするのだけれど、村同士で喧嘩もよくするし、それで死人が出たりもする。
よくある近所付き合い、というやつらしい。
このあたりの感覚は野蛮すぎて僕にはよくわからない。
「いや。ちょうど村長のところで北方アングル人の島へ交易に行くか、南方アングル人のところへ貢納を求めに行くかで民会の話し合いをしていたんだ」
「《《こうのうを求める》》?」
「街や村の周囲で略奪をした後で、包囲をするんだ。そうすると街の衆が根負けして納税の銀や羊織物を払ってくれるわけだ」
「…それって強請では」
「貢納だ」
まあ貢納というからにはそういう用語なんだろう。
誠意を見せるとか、そういう用語の親戚味を感じる。
「それにしても朝から話し合い?ずいぶんと早いんだね」
「いや、ここ数日ずっとだ。家が遠い衆は長屋敷に泊まり込みで、話を詰めていたらしい。貢納を求めに行くなら、当然我が村だけでは長船も兵員も足りない。山向うのフィヨルドの村や、その周囲にも声掛けをして10隻と300人は最低でも集める必要があるからな」
「300人も!」
300人と言えば、このフィヨルドの村の成員全部とほぼ同じだ。
前に父ちゃんと母ちゃんに聞きながら数えたことがある。
村人口の半分が男だから、そのうち戦士になれる年齢層が半分、はいないだろうな。
現代世界よりも子供が多くて、年寄りは体力がないから3割ぐらいかな?
でも、当然ながら働き盛りの男性を全員送り出すことなんて無理。
漁業や農作業があるし、襲撃から女子供や家畜も守らないといけない。
例えば長船が嵐で転覆して全滅、なんてこともあり得る。
そうしたら村が立ち行かなくなってしまう。
いろいろ考えると、村の男性人口の1割。多くて2割。
つまり15人から30人が適正な規模となる。
精鋭戦士30人と長船一隻。これが我が村が出せる精一杯の兵力だ。
300人の精鋭戦士とは、その10倍という途方もない規模の戦士団なのである。
襲われる側の街には同情を禁じえない。
「でも、それだけなら怪我をしないでしょ?強請…じゃなかった。貢納へ行くか行かないかで揉めたの?」
この村の大人達は話し合いが好きだけれど、それ以上に腕力で物事を解決することを好む。根本的な発想が蛮族なんだよね。
食料が足りない?豊かな農地から奪ってこよう!
銀が足りない?豊かな街から奪ってこよう!
人が足りない?奴隷をさらってこよう!という感じ。
なので、話し合いが上手く行かないから殴り合いで決めよう!ということはよくある。それでも今回のような怪我は初めてだけど。
「いや、今年はおそらく貢納は求めないことになりそうだ。怪我はそれが原因ではない」
「そうなんだ」
それは良かった。父ちゃんが笑顔で銀の食器を略奪品として持ち帰ってきても、その過程を想像すると、あんまり笑顔で受け取れそうにはないものね。
「この怪我は、クナトルレイクで棒で切られたものだ。折れたまま尖った部分を振り回す奴がいてなあ…」
「…クナトルレイクって、あの野蛮な競技?」
「あなた…」
「お父さん…」
父ちゃん…スポーツで怪我したの?
母ちゃんやエリン姉も呆れてるぞ。
困るなあ。我が家の薪は父ちゃんの労働力だけが頼りなんだからさあ。
大人の男の付き合いってやつがあるのもわかるけど、趣味は暮らしに影響が出ない程度にしてもらわないと。
クナトルレイクというのは、村の男達の間で昔から大人気の競技で、男衆で動けるものは全員が参加するものと言っても過言じゃない。競技としては単純で、2チームに別れてゴールに見立てた木やボールの間へ、棒を使って木のボールを運び得点を競うゲームだ。
雰囲気的には、ラグビーとサッカーとホッケーを足して割らない感じの競技、と言えるかもしれない。
かもしれない、と表現するのは、この野蛮な競技には、規則もなければ反則もないし時間制限もないからだ。
棒で運ぶはずの木のボールを足で蹴るのなんて可愛いもので、ボールに関係ないところで足をかける、殴る、蹴るのは当たり前。関節技をかけたり、頭を棒で殴ったりする輩もいるそうだ。毎年、骨折する連中が出るし、死人が出たこともある、と聞いた。
それを時間無制限で、全員参加で、木のボールを棒で運んで追い回すことを、互いに殴り合いをしながら体力の続く限り続けるのだ。
ちょっと想像しにくいぐらい、野蛮極まるハードな競技なのである。
それでも村の大人の男達はクナトルレイクが大好きなのだ。熱狂的に支持している。
漁に出られない冬の時期になると、長屋敷に集まって麦酒や蜂蜜酒を飲み、雪が降りしきる外で暗くなるまでクナトルレイクをやってから長屋式に戻り、また酒を飲む。
現代の労働者が週末に草サッカーをしてからパブに集まるのを過激にしたような習慣、と例えられるかもしれない。
昔はサッカーも街中で1日中かけて革のボールを蹴る祭りだったらしいから、そういった競技の原型なのだろう。
「そんな目で見るな。今回のクナトルレイクは、トールのためにも絶対に勝たなければならなかったのだからな」
「…クナトルレイクが僕のため?」
野蛮な競技が僕とどう関係あるわけさ?




