第59話 ブラック労働哀歌のサーガは長くなる 6歳 晩秋
面談の翌日から、追加の面談と並行しての薬の試作が始まった。
乾燥した薬草サンプルを持ってきた家があることでわかるように、癒やし手の女性がいる家は常備薬として乾燥させた薬草を備蓄してるみたいなんだよね。
我が家でも母ちゃんが草を吊り下げてたし、父ちゃんが怪我したときに使った記憶がある。
薬草よ 煮えろ煮えろ 鍋の中で
エイルの慈悲が 香りを運ぶ
夫の傷に 癒しを与えよ
子らの体に 健やかな命を
強く育め 我らの未来よ
「楽しそうだなあ…」
秋の風に乗って、女性達の歌が聞こえてくる。
稼働し始めた社交場に備え付けの西風炉を使って沸かした湯から薬効成分を煮出したり、鍋をかき混ぜながら歌ったりと、実に姦しく楽しそうに作業している。
仕事歌っていうのは、時代を問わず存在するのが不思議だよね。
人は集まって共同作業をすると歌わずにはいられない生き物なのかもしれない。
一方の僕はと言えば、村の女衆から一通りの薬草に関するヒアリングと記録が終わったから、試作して薬効を確かめる記録を起こすまでの間、一旦お役御免となった。
しかし暇になるかといえば全然そんなことはなくて、西風炉の火の番をしながら床暖房のエリアに家から大きめの板を持ち込んで机代わりにして、羊皮紙に招待状とルールブックを書いている。
宿泊所の建設日時に目処が立ち次第、村々に招待状を出してしまいたいからね。
予め準備してもらうもの、例えば寝具や食料なども多いし、到着時の保健衛生手続きについても同意をとりつけておきたい。
それから、人数についても確定したいから来場者の頭文字名簿も欲しい。
貴族身分の人が後から追加でねじ込んでくるにしても、名簿があれば追加費用の請求などがやり易くなる。追加費用の基準についても書いておこうかな。
名簿にない人間は最悪、マイナス気温の村の外でテント暮らしをしてもらうことになるぞ、と書きたいところだけど…。
そのあたりは、使者の人に念押ししてもらうかな。
「ふう…ちょっと一息入れるか」
ルーン文字を羊皮紙に書くには筆圧が必要なので、幼い手には厳しい。
字は真っ直ぐな線で構成されているから難しいことはないんだけどね。
ザブリ、とベリー茶が沸かされている鍋から、木の杯で直接掬う。
急須を使わない飲み方も、すっかり慣れたもの。
社交場が稼働して良いことの1つは、熱と湯が豊富に使えるようになることだね。
海水が凍らないので塩は作っていないけれど、スープとお茶だけは豊富にある。
「ええと、とりあえず最低3セットは必要なんだよなあ。宛先の村は、海の岬村、鯨の滝村、林の集落、と。どこもあんまり勇ましくない名前だね」
うちの村と同じくらいの規模だろうから、そんなものだろう。
何れの村もフィヨルドを越えてすぐそこ、という距離感なので1日もあれば人員が往復できる。また、その程度の距離感でなければ、危なくて子供の集団を連れての移動なんて出来ないからね。使者の人には、以下の招待状セットを持って行ってもらうつもりだ。
チェックリストを作ったので、声を出して確認する。
「まずは、招待状。それから、クナトルレイク競技総則」
いわゆるルールブックだね。競技の心得、競技場、道具、試合時間、競技人数、審判、反則、処分などが包括的に書かれている。よく熟読した上で試合に臨んでもらいたい。
「クナトルレイク競技場のサイズと描き方、道具の説明書とエル定規とエル巻尺」
これは最初の構想にはなかったけれど、僕が親切心で追加したものだね。
クナトルレイク競技場のエル単位によるサイズ説明と、エル巻尺を利用して競技場をサイズ通りに作る方法の2つが図解入りで書かれているから、説明書の通りに、エル巻尺を使えば誰でも、我が村にあるクナトルレイク競技場と全く同じサイズの競技場を作ることができるんだ。
クナトルレイクの試合は神事なのだから、事前の準備でも差がつかないよう知識の面でも条件面を互角にしてあげた方がいいよね。
その過程で、エル巻尺に刻まれたエル単位に馴染むようになるかもしれないけど、共通規則は大事だから仕方ない。
使者の人には、アスガルドの神々にかけて公平な試合をするためだ、としっかり説明しておいてもらわないとね。
なんだか使者の人は大任を背負って大変そうだ。昔から軍では使者や伝令には最も優秀な人物を充てる、と聞いたことがあるけれど、それも理解できる。
「あとは…運営の視察にくる人達か…こっちの人達はよく知らないんだよね」
今秋に我が村で行われる子供クナトルレイク大会は、来たるべき冬の大民会における大人クナトルレイク大会のプレ大会、という位置づけになっているから、運営の視察のために遠方からも使者が複数来るはずなんだ。
普通なら「何月何日頃から何人が何日間滞在するので、準備をして欲しい。そのための物資や費用はこちらが準備する」と言ってくるはずなのだけど、今のところそうした連絡が来た気配はないのが不安過ぎる。
いきなりクナトルレイク大会をぶち上げたりとか、ちゃんと計画性がある人々とは思えないんだよなあ。
村長のところに連絡が来ているけれど、単に僕に伝える必要性を認識していなかった、忘れていたというだけならいいのだけれど。後で村長婦人に確認しないとなあ。
「村長さんは、遠方から来た視察団を接待して、子供クナトルレイクの試合を見て、満足してもらい、村の名声が上がれば十分、ぐらいに思っているんだろうなあ…」
小規模イベントの準備を通じてノウハウを蓄積し、今後の大規模イベント準備にかかる労働力や費用感の見積もり精度の向上、運営体制の構築やリスクの洗い出しをしようとしている僕の感覚とは、だいぶ乖離がありそうだ。
「そこの距離感を、どうやって縮めたものなかなあ…」
村長だって、視察団に酒飲ませて宴会して終わりじゃなくて、それなりに説明なんかも求められるはずなんだ。視察団の使者の人も、地元に帰ったら上の人や実行者に説明しないといけないはずだからね。
「これも準備したことなんかを羊皮紙にまとめた方がいいのかなあ…でも、偉い人って文字を読まないんだよね」
村長も村長婦人と僕に投げっぱなしだし。
実効ある学びのためには、子供クナトルレイク大会が終わったら視察団に残ってもらって、振り返りを兼ねて数日間セミナーのようなものを行った方が良いのかも知れない。
講師には、クナトルレイクにちょっと詳しい父ちゃんとか、試合に参加した子とか、薬や料理を準備した女衆とか、いろんな人に立ってもらって話してもらうんだ。
そうすれば大規模イベントという代物は、全参加者や裏方が協力し合わないと実施も成功も覚束ないものである、と理解してもらえる…かもしれない。
「そのセミナー準備も、僕に回ってくるんだろうなあ…」
僕が口ずさむブラック労働哀歌のサーガの歌詞が、ますます長くなりそうだ。




