第57話 風邪を引かないたった1つの冴えた方法
「とーちゃん とーちゃん むすこが うられて いーくーよー」
小声で児童誘拐サーガ歌いながら、ちょっと不満げに案内の人について行く。
「予定では、もうちょっと余裕があると思っていました」
村長婦人の呼び出し内容は思った通り、子供クナトルレイク大会で準備する薬に関する相談だったので、僕は口を尖らせた。
子供が集まれば風邪が蔓延するのは常識と言っても良い。
予め子供用の薬を準備することで風邪の流行に備えようということだね。
我が家が造りすぎた蜂蜜の用途として提案したものだ。
「そうね。でも予定は変わるものよ。夫がいない間に手が空いた女性達の力を活用しない手はないわ。薬草は積んでから乾燥させる時間も要るもの」
「はあ」
例え夫の世話の手が空いたとしても、子供もいれば家畜もいるし畑もある。
そこまで女衆の手が空いているとも思えないのだけど。
「それと、作業のために少し速いけれど社交場を稼働させてくれる?」
「それは…はい」
なんとなく背景の事情が見えてきた気がする。
おそらくだけど、村長婦人の支持者である女衆から社交場を開くように頼まれたんだろうな。
旦那がいない間に、村長婦人から頼まれた作業を名目に思う存分お喋りしてストレスを解消したいんだろう。
村長婦人にとって、村の女衆は強力な支持層だから要望を無視するわけにもいかない、と。
そこで少しばかり早めに社交場を稼働させてしまい、ついでに薬草製造の作業を前倒しする一石二鳥の方策だ。
これも政治だ。村の首長という方々は常に政治や支持基盤を気にしているんだなあ。
あれはあれで、なんだか大変そうだ。
僕は近づかないようにしたい。
「それで、蜂蜜はどれぐらい取れているの?」
「今はほとんど取っていませんね。手が足りないので」
自家用としては、正直なところ1つの蜂の巣から取った量で十分すぎた。
ときどき母ちゃんとエリン姉が甘味に使っているのと、蜂の巣をお湯で洗った残りで蜂蜜酒を仕込んでいるぐらい。
「そう…薬には十分なだけとれそうなの?」
「それは大丈夫です。必要があれば取れます」
あと数十は目をつけた蜂の巣があるからね。必要なだけ蜂蜜をとって、あとの巣には越冬を頑張ってもらい春夏に増えて欲しい。
「どんな薬を作ったら良いか、何か考えはある?」
「残念ながら、僕は薬に詳しくないのです。地域の伝統と実績がある薬草を聞き取って作るのが良いと思います。
ただ、子供は苦い薬を飲みたがらないので、煮出した薬草茶に蜂蜜を混ぜたり、乾燥させて細かく砕いた薬草を蜂蜜に混ぜたり…あとは、大会は冬ですから、タラが取れます。村で子供の薬として飲まれているタラの肝油も、蜂蜜で甘くしたいですね」
「トール、あなたは苦い薬は平気なの?」
「僕はハーブ茶で慣れていますから」
むしろ苦いお茶を家族に飲ませるのに苦労する方の側なのである。
「まず、薬草に詳しい者たちを集めて話し合いをさせましょう。…トール、何か言いたいことがありそうね?」
「…ええと、話し合いをするよりは、家に伝わる薬草の実物を持ってきてもらうのが早いと思うのです。それで実物の薬草を見ながら、どんなときに使っているのか、どんな風に使うのかを記録していくのが良いと思います」
「村に伝わる薬草を全て記録しようというのね」
「そうですね。羊皮紙に挟んで記録してはどうでしょう?」
イメージとしては植物図鑑と押し花。その薬草版だ。
「…良いでしょう。村の資産を増やす良い考えと認めます」
資産?なにか資産が増えるようなこと言ったかな。
どちらかというと、羊皮紙の使用が増える支出の話だと思ったけど。
「薬草羊皮紙集については、こちらで引き取りましょう」
なぜか村長婦人がやってくれることになった。
負担が減ってラッキー、としか僕は思わなかったけど。
「それと他所の村の人に配るときは、代わりに他所の村の薬草も教えてもらうと良いかもしれません」
一応、広めるときの注意だけは口にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
子供が風邪を引いたときの薬の準備はできそう。
だけど、もっと根本的に風邪を減らせないかなあ…・
「トール、どうかしましたか?」
村長婦人が、薬草冊子を売るにはとか何とか言っていたのを、考え事に夢中で上の空でスルーしてたら心配された。
「はい。もっと子供の風邪を減らす方法がないか考えていたのです」
「風邪になった子を薬草で治せば十分ではなくて?」
「それはそうなんですが…僕は、風邪というのは他人に伝染る怪我のようなものだと思うんです。戦では、そもそも怪我をしないに越したことはありません」
「それは…そうでしょうね」
僕はどうすれば理解してもらえるかな、と思い整理しながら伝える。
「他所の村から子供が沢山来る、というのは村に風邪が攻め込んでくるようなものです。だから、最初に風邪を村に入れない工夫と、村の中で風邪をひいた子供を別の場所に移す工夫が要ると思います」
「・・続けなさい」
卓上に用意されていた器からハーブ茶を飲んで、少し喉を湿らせてから続けた。
「最初に村に来たときに、子供が風邪をひいていないか、全部の子供を検査します。咳をしている、熱がある、喉が赤い。病気が疑われる子供は別の建物に入ってもらいましょう。
それから、全員をすぐにサウナに入れます。来ている服も雪で洗濯します。子供たちは、サウナから出たらそのまま床暖房の宿舎に入れてしまえば風邪はひかないでしょう。火を予め強めに炊いて温かくしておけば平気なはずです。
そうして、服と体についているかもしれない風邪の汚れも落としてしまうのです。
これで村に攻め入る風邪を最小限にすることができます」
「…とても興味深い例えだわ。続けて」
今や村長婦人は爛々と目を光らせて卓から身を乗り出している。
熱心に話を聞いてくれるのは良いけれど、ちょっと怖い。
「村の中で風邪をひく子はどうするか。これは単純に風邪を引かせないようにすればいいのです。
具体的には、起きたら毎朝、蜂蜜を混ぜた薬草茶を飲ませるようにします。
クナトルレイクの試合が終わったら、汚れを落としてサウナにいれます。
雪で服も洗います。試合がある日は、肉も魚も玉葱もたっぷり食べさせます。
そして寝る前には蜂蜜で甘くしたタラの肝油を舐めさせましょう」
滞在期間だけだけど、健康生活を遅らせればいいのだ。
よく遊ぶ、は放っておいてもするだろうから、こちらではよく食べさせ、よく眠らせ、よく薬を飲ませることをサポートする。
「それで毎朝、風邪をひいた子がいないか検査します。風邪をひいた子は別の建物に移します。とにかく早く風邪をひいた子供を見つけて、他の子に伝染す前に対処するのです…これでどうでしょうか?」
村長婦人は長い睫毛の瞳を閉じ、黙考した後で幾つかの質問、というよりは確認をしてきた。
「薪代が嵩みそうね」
「食事代と一緒に参加者に請求できるでしょう」
「毎日食べさせるだけの食料はある?」
「幸い、今年は十分に余剰があります。これも請求できるでしょう」
「毎日服を洗う手は、女衆の手を借りればいいわね」
「はい。雪でこすってから凍らせれば服についた虫は死ぬはずです」
「…タラの肝油を舐めさせるというのは?」
「ええと、これです。家で母ちゃん…母が作りました。蜂蜜を固くなるまで煮詰めて、ヘーゼルナッツの粉をまぶすんです」
僕は母ちゃんがお弁当と一緒に持たせてくれた蜂蜜飴を取り出した。
最近、母ちゃんとエリン姉は蜂蜜菓子がブームになっているようで、毎晩のように様々な菓子を試作している。…蜂蜜、使い切ってないよね?
「これにタラの肝油を混ぜて練るのね?」
「はい。できたら蜂蜜の飴を器のようにして、中にタラの肝油を垂らせたらいいんですけど…母の工夫待ちです」
甘い蜂蜜肝油ドロップを母ちゃんが作ってくれたら、冬に苦い薬を飲まなくて済むんだけどなあ。
「トールステイン」
村長婦人に取り上げられた蜂蜜飴をぼんやりと眺めていたら、名前をフルネームで呼ばれてしまった。
しまった。何か無礼なことをしてしまっただろうか?…考えてみれば無礼なことしかしてなかったわ。ま、まずいなあ…。
はわわ…と怯えていたら、頭の上にそっと手が置かれた。
「トールステイン、あなたのフギンに感謝します。多くの村と女達が、フギンの知恵で救われることでしょう」
妙に厳かな声で、村長婦人に感謝されてしまった。
うん?ちょっと大袈裟な気がするけど…何が村長婦人の琴線に触れたんだろうか。
僕はじっと頭を押さえられたまま、あの蜂蜜飴は諦めるしかないかな…と思いつつ卓を見つめていたのだった。




