第56話 父ちゃんといっしょ 6歳 晩秋
翌朝、父ちゃんと一緒に村長の長屋式の近くの宿泊所基礎工事の現場へ向かう。
一緒の出勤は初めてだから、ちょっと嬉しい。
「朝は少し寒くなってきたな」
父ちゃんと僕の吐く息が白い。
寒くなって地面が凍ったり雪が降る前に宿泊所を建てちゃわないとね。
「スパジ、重くない?」
「いや、大丈夫だ」
簡易測量は昨日で終えたので、今日からは少し地面を掘る。
そのための道具が、スパジだ。
東日本と西日本でシャベルとスコップの呼び名が違うのがややこしいんだけど、足かけがあるのがシャベル、と聞いたことがある。だから、これはシャベルだ。
全体は木製の一枚板から出来ていて、持ちての終わりがT字型。片足だけかけられる足掛けがついていて、先端だけに鉄が使われている。
父ちゃんは家からスパジを背負い、僕は石鍋と木のカップが入った籠を背負って歩きながら話す。
「エル定規とエル巻尺、ちゃんとなくなってるかなあ」
「なあトール、あれは本当に置いてきて良かったのか?貴重なものなんだろう?」
「いいのいいの。元はただの枝と縄だし、広く使って欲しいからね」
僕と父ちゃんが現場につくと、エル定規とエル巻尺は残念ながら、そのまま置いてあった。
おまけにエル巻尺は綺麗に巻き直されている。
「…みんな真面目だなあ」
「お前は村の人間を何だと思っているんだ」
うっかり忘れてきた作戦、うまくいくと思ったんだけどなあ。
この村の人達は、思ったより民度が高いらしい。
あるいは、やんちゃな男衆がほとんど伐採に出かけていて、村長の家の付近に住んでいる身分の高い女性や、社会的に身分の低い奴隷の女性は単に手にとる動機がないだけなのかもしれない。
女性の身分が高ければものづくりに手を動かさないし、身分が低ければ言われたとおりに作業するだけだものね。
つまりエル定規やエル巻尺は、今のところ自分で工夫する最良を持ち、手を動かす労働の必要がある自由農民階級向けの道具である、と見なすことができる。
勉強になるなあ。
「今度は、農家をやってる人の家の前に忘れてみようかな」
「やめておけ。怪しすぎる」
父ちゃんに軽く頭を叩かれた。
仮説を検証したかっただけなのに。
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「ねえ父ちゃん」
「なんだ?」
「どうして村の長屋敷って、長い方を南北に向けて建てるの?西風が強いんだから、東西に長くして風にあたる壁を減らしたほうが良くない?」
このあたりの冬の家は、入口が南を向くように建てられている。
寒い地域なので日光を最大化するため、と思えなくもないけれど、冬はそもそも日の当たる時間が短いし、家の窓も小さいんだ。そもそもガラス窓ないし。
まして長屋敷のように造りが長い家となると、吹きつける風で家が大きく力を受けるデメリットの方が大きいと思える。
「うーんそうだな…このあたりでは昔からそう決まってるんだ。別の島や地方では東西方向に建てる、という話を聞いたこともあるが」
「へえ。じゃあ必ず南北って決まってるわけじゃないんだね」
「そうだな。強いて言えば、伝統だな」
「伝統ね。じゃあ仕方ないね」
僕が僕の資金で建てる家なら好きなようにすれば良いけれど、今回建設する宿泊所は村長が資金を出している村の公共施設であるから、伝統に従うのが正しい。
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父ちゃんがスパジの先端で、ガリガリと地面を削る。
「どうだ?」
「うーん…まだちょっと傾いてる」
僕がA型水平器の重りを読み取って傾きを伝えた。
木をA型に組んで、頂点から重りを糸で吊るして傾きを見る簡単な道具だ。
本格的に水平を取るなら長い水槽を作って見る必要があるかもしれないけれど、簡単な測量はこれで必要十分。
重りを垂らして垂直をとる方法自体はエジプト・ローマの頃からあったからね。
木で吊るす場所を組んで地面で使えるようにしただけだし、エル定規とエル巻尺ほどには驚かず父ちゃんもすぐに便利さと使い方を理解してくれた、
建物を建てるには、まずは地面を水平にしないといけない。
傾いた土台からは傾いた家しか立たない。
なので、今は父ちゃんが地表を削って水平にしている。
「あとは、柱の位置を避けて、と」
先日測量した柱の位置を示す小石を、水平をとった建設予定地に円状に置いた。
この柱と基礎を避けるようにして、煙道のトンネルのルート取りをするのが、わりと面倒くさいのだ。
「柱の基礎には、大きい石を置くんだよね?」
「そうだな」
「どれくらい大きさの石を?」
「大きい方が良いとは思うが…」
「地面掘ったら怒られるかな」
「…ダメだろうな」
測量のために長屋式の床から天井棚まで、あらゆる場所へ潜り込んで知ったのだけれど、長屋敷の造りというのは面白くて、壁はほとんど重量を支えていないんだ。
鉄釘を全く使わずに組み合わされた木造りの太い柱と梁が構造材のほとんど全てで、その上に傾きの大きな屋根が乗っている。要するに、柱と基礎の石に全ての重量が集中している構造だ。耐震性とかが考慮されてなくてちょっと怖いな…。
「…あれ?よく考えたら地震ってきたことないか?」
記憶を探ってみても、生まれてこの方、地震を体験したことがないことに気がついた。建ててみて心配になったら、筋交いでも入れて補強すればいいか。
「そろそろ一休みするか」
「そうだね」
母ちゃんが持たせてくれた冷燻の鯨肉と玉葱とリーキを、三脚炉に鍋を吊り下げて煮込んで食べる。
「父ちゃん、鯨のお肉、ちょっと飽きてきたね…」
「…まあな」
贅沢なことを言っているのはわかってるけど、打ち上げられた大量の鯨肉を村人だけで処理するのは、それはそれは大変だったのだ。
あとで計算したところ、2頭の鯨肉から6トン以上もあった。
村人の数、赤ん坊からお年寄りまで足した300人で割ると、1人あたり20kgの肉!
最初は「肉だ!」と大喜びで食べてたけれど、1週間3食連続で出てくると、ね。
今は自家施設で冷燻加工したものを消費しているから少しはマシなんだけど。
冬に備えて食べ貯めたいのはやまやまなんだけど、体の成長が着いてこない。
はやく大人になりたいなあ。
食後にお茶を飲んでノンビリしていると、見覚えのある女性の奴隷が僕を呼びに来た。
「村長婦人がトールを呼んでます」
「…今、行きます」
うーんモテモテだなあ。
ははは…。
現場を父ちゃんに任せると、僕は長屋敷へ向かった。
もうちょっと父ちゃんと一緒にお仕事していたかったんだけどなあ。




