第37話 トールステイン大王伝記:昂揚の章
スウェーデン地方のストックホルムに存在する国立歴史博物館は、北欧でも最大級と評されるヴァイキング・コレクションの展示品が揃っている。
中でもゴールド・ルームと呼ばれる一角は、ヴァイキングの王達が残した金細工や装飾品が展示され、訪れる観光客の目を楽しませる。
豪華絢爛な展示品の中で一際異彩を放っているのは、黄金の縁取りがされたトールステイン王のサーガの羊皮紙写本だ。
写本は羊皮紙に黄金の上級ルーン文字で記され、当時でも最高の富と技術が注ぎ込まれた一品であることは衆目の一致するところだ。
中でも、フレイヤの涙と戦士の揺籃の下りは、トールステイン王の治世の強盛がこの地より始まったことを強く示す章として多くの歴史研究者たちを強く魅了してやまない。
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冬は去りフレイヤの涙は地に落ち
トールステイン王は夏の風を掴んだ
女たちは跪き王に乞うた
「王よ、我の子らにパンを。柔らかき雲のような糧を」
王は頷きヨルズの懐から熱き息吹を呼び家々にパンの香を放った
「館よ、玉座に相応しき姿へ」
王が告げると館は白き船へ変じた
船の降り立つ地には バルドルの如き白き花が咲き乱れ
土は肥え黄金の野へと姿を変えた
女たちは集い フレイヤの庭の如き香に酔った
花の香に誘われ、天より羽音が轟いた
トールの山羊の如き勢いで蜜蜂が雲を成して降りた
蜜蜂は白き花から雫を啜り山を成す蜂蜜を王へ捧げた
それは詩の蜜酒の如く、民を飢えと病から救い生命を蘇らせた
人々は集い 王に乞うた
「王よ、炉の作りを。冬を凌ぐ火の術を分け与えたまへ」
あまりに多くの者が求めたがために王は口を開かず
ただ御手でムスペルヘイムの理を示した
言葉は風に消える だが技は目に刻まれた
民の指に神の業が宿った
エーギルの荒れ狂う北海で勇士らが叫んだ
「王よ、我らは死の波にあり。火なき船で凍えております」
王は奇跡を成した
火を灯さずとも赤く熱を帯びる石
それを波の戦士へ授けた
石の温もりはオーディンの抱擁
ヘルヘイムの淵から男らを呼び戻した
王は戦士たる若人を集め「クナトルレイク」を授けた
それは単なる遊戯ではない
ミョルニルを振るう腕を鍛え
エインヘリャルへの道を開く「戦士の揺籃」であった
剣を振るい 若き狼たちが激突した
その叫びはヴァルハラへも届かんばかりであった
闘志の火は荒野をも越えた
他村へも瞬く間に広まった
泥にまみれ フェンリルに抗う力を養う子らに世界は驚嘆した
「北にトールの申し子あり」と
王は号令を下した
テュールへ捧げる唄が空を裂き大地に巨大な闘技場を刻んだ
盾には神の印が輝きビフレストの如き威光を放った
そこは血と汗が渦巻く聖域となった
地の果てより使者が波の如く押し寄せた
「神に選ばれし王よ。我らにもその誉れを。我らの子を戦士に」
道は溢れ熱気はユグドラシルを震わせた
トールステイン王の名は 九つの世界に轟いた
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スウェーデン地方の国立歴史博物館に眠るその羊皮紙のサーガについて、18世紀のイギリス人の司教であり歴史家でもあったトーマス・パーシーは、その手稿の中でこう書き残している。
「トールステイン大王の事績は北方の住人たちに神話的力を与え、当時としては考えられない冬の荒波を越えた長距離の交易と襲撃と略奪と征服を可能とした。それはまさにキリスト教徒にとっての災厄の群れであった」と。
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「…風光明媚な地中海の景勝地。君たちもSNSでよく見る観光地の写真をよく見ると共通点があることに気がつくでしょう。見晴らしが素晴らしいのです。つまり、どの土地も、崖に貼り付くように険しい階段で連なった石造りの家屋の街造りがなされているのですね。海の監視がしやすく襲撃から守れるように。つまり彼らは海からの襲撃に常に怯えていたのです…今日の授業はここまで」
地理の教師が教科書を閉じると、生徒たちはガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。午前の授業が終わった後は、待望の昼食の時間だ。
生徒たちはクラスごとに食堂へと移動する。
「なあリアム、今日はビュッフェに冷燻サーモン蒸しがあるんだってよ」
「マジで!?そりゃいいな。タラの煮込みスープはちょっと飽きてきたよ」
「だよなあ。うちの母ちゃんもタラの油は体に良いって、子供の時からタラのドロップを2粒、必ず舐めさせてたきからなあ」
「俺はあれ好きだったよ。蜂蜜の味で甘くてさあ」
「でもなあ…」
お腹をすかせた生徒たちは、心無しか足早に温かく暖房のきいた食堂へと向かう。
冷燻サーモンは1人一切れまで、と制限が書かれた貼り紙に一斉に不満の声が上がるのは、それから少し後のことである。
3章終わり
作者です。 皆様の熱き支援のおかげをもちまして、ついに10万字まで辿り着きました。 今後とも、トールステイン大王による文化の席巻を描くべく、更新を続けてまいります。
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