第36話 名前を書いたら魔術です 6歳 夏
僕の焦燥感に駆られた表情が気になったのか、村長のご下問を受けてしまった。
ええい、ここは必殺の「何も知らない子供の素直な疑問」の出番だ!
僕は精一杯の笑顔(ちゃんと練習した)を浮かべて、子供クナトルレイクの代表としての立場からはみ出さず、それでいて偉い方々の視点が広がるように、慎重に意見を述べた。
「僕は、どんな子が何人くらい、いつ来るのか知りたいです。一緒にクナトルレイクをやるので、あんまり大きい子ばかりだと道具の準備とか試合が難しくなりますし」
「む…そうか。あまりに子供の年齢が違っては良い試合にならないかもしれないな。日時がわからなければ、準備をする者たちも困るか…」
そうそう。これで参加者名簿とスケジュールのことは意識してもらえるかな。
「あとは、せっかくだから大会に格好いい名前が欲しいです。勝ったら名誉と美味しいお菓子なんかが貰えると、子供達はすごくやる気が出ます」
「名前か…名前は大事だな。名誉にかかわる。賞品…それは考慮していなかったな。やはり欲しいものか?」
「はい!名誉が形になったものですから!」
名誉を求める振りをして、予算のことも考えさせる高度な回答である。
「ふうむ。それは考慮しよう。名前と賞品だな」
「それに、お父さんとかお母さんも子供が心配だから、ついて来ますよね?お酒とか食事とか…」
家族愛を強調しつつ予算超過の可能性を指摘すると、村長が眉を寄せ、取り巻き三人衆も懸念を述べた。
「む…そうか…そうなると麦酒と大麦も必要となるな…」
「大人を宿泊させるとなると、分宿では足りぬやも」
「これは我が村の負担だけでは難しくなるのでは…」
よしよし。だいぶ予算の概念も芽生えてきたぞ。
子供が参加者ということは、保護者だってついてくる。
真剣に参加者数を数えれば、宿泊所が足りないことにだって気がつくはず。
村主催のイベントだけれども、今の体制と予算では準備が難しいことがわかってきたかな?
「これは…困ったな」
「しかし、今さらやらぬ、というわけにもいかぬし」
「そんなことになれば周囲の笑いものよ!」
「大民会での競技会に備えて学びに来るものもいるはず。彼らの食事や宿泊所も必要になろう。長屋敷で歓待すれば良いが、足りるものか?」
「どこの村から何名が来るのか、確認から始めねば…いやしかし…」
悩んでる悩んでる。
今になって、ようやくイベント運営というものの準備の面倒くささを理解し始めたようだね。
偉い方々が困り顔で話しながら、ちらちら、と父ちゃんの方を見ている。
名誉を得られると勇んで軽い気持ちで引き受けたものの、実務が具体的に想像できるようになって面倒くさくなったから新参の父ちゃんに丸投げをするつもりだな。
そうはさせないぞ!
「父ちゃん、もうすぐ交易に行っちゃうんでしょ?準備は誰がするの?」
「そうだなあ…村に残る方々にお願いするしかないが…しかし…」
僕と父ちゃんとの会話を聞いて、ハッとする偉い方々。
そうです。下々の者達は食べるための仕事があるのです。
財産が十分にあって名誉で食べていける偉い方々とは違うんです。
困ったような視線が僕に投げられたが、横を向いて無視した。
6歳の子供に何を期待しているのさ。
政治の調整は偉い人の責任でやってください。
取り巻きおじさんの1人が、苦し紛れに意見をひねり出した。
「そういえば、奥方は字が書けたのではないか」
「ううむ…」
字がかける!この村に字が書ける人がいたの?
それってルーン文字ってやつ!?
密かにテンションを上げていると、偉い方々の議論は責任を押し付ける先ができた、とばかりに妙な方向に進み始めた。
「字が書けるのであれば、準備を任せても良いのではないか?」
「いやしかし、村の者たちが女の指示を聞くだろうか?」
「それはお主が前に出れば良かろう」
「ううむ…。本人に聞いてみるか。シグリズ!シグリズはいるか!」
長屋敷は長い家屋が低い壁や衝立で仕切られているだけなので、家の中なら大声で呼べば聞こえるだろう。
「お呼びですか」
衝立の向こうから表れた、村長と比べてずいぶん若く着飾った女性の顔には見覚えがある。
社交場で僕のことを小さなフギン、と呼んだ人だ。
「今秋、我が村に4つの村の子供を集めてクナトルレイクの大会を行おう、という話がある。来る冬の大民会における大クナトルレイク大会の練習と準備のためだ」
「まあ!それは…村の女達には大きな負担になりますわ」
僕は別の意味で、村長婦人を見直した。
婦人は村長の短い話を聞いただけで、準備の大変さに想像が及んでいる。
プロジェクト準備には「起きるかもしれないことの想像力」というやつが大事なんだ。
それを、婦人は持ち合わせている。
「4つの村と視察の方々となると…お名前と人数を知ることはできないのですか。食事や泊まりの準備もあります」
「ふうむ。名前か…大きな村よりスカルドを借り受けることは出来ぬか…?」
聞き慣れない単語が出たので、僕は小声で父ちゃんに聞いた。
「スカルド…?父ちゃん、スカルドってなに?」
「スカルドというのは、宮廷詩人兼記憶係のような役回りの人のことだ。大きな村にはいるという話だが」
なるほど。文字文化が未発達だから、記憶する専門の人がいるのか。
大きな村なら記憶する事柄も多そうだものね。
「文字で記録とかできないの?参加する人とか」
「名前は…ダメだ」
「え?」
思っていたよりも、強い口調で否定されたので驚いてしまった。
同じやり取りが、村長と婦人の間で交わされている。
「全て憶えられないのであれば、書き記すしかないではありませんか?」
「それでも、名前の記録はダメだ!お前は魔術を使おうというのか!」
「真なる名前を記すと言っているではありません。異名や頭文字ではどうかと言っているのです!」
なんか村長風具が口論してた。
異名というのは、僕が小さなフギンと呼ばれているようなものだね。
頭文字については、物品の所有者を示すために兼や盾とかに刻んでたりもする。
僕が貸し出している子供クナトルレイクの盾にも刻んであるよ。
それにしても、名前の記録はダメなのか。
名前をルーン文字で書く、と勘違いした村長の顔には畏れがあった。
魔術への強い畏れだ。
あの表情が僕に向けられないよう、本当に気をつけないとね…。
僕は村長婦人を援護するために、子供の立場から意見を述べた。
「あの…人数がわかると、子供チームも嬉しいです。一つのチームを何人にしたら良いか、ずっと悩んでいたので」
「ふうむ…確かに送ってきた村によって人数の差があっては困るだろう。名前の記録はいかんが、人数の記録は認めよう」
「ありがとう存じます」
あれ?仕事を押し付けたのになんで偉そうに振る舞っているるのさ。
ほんとうに、貴い身分の方々の振る舞いには困るね。
そうして村長婦人を交えて議論は続き…。
紆余曲折を経て…。
最終的に、村長婦人と僕が運営実行準備員に任命された。
なんで?
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「まずはルーン文字を憶えましょうね?」
「はい…」」
そして僕は、昼間の農作業を終えた後、長屋敷に通い村長婦人手ずから直接、ルーン文字を教わることになった。
なんでよ!?
こうして僕の夏は、農作業とルーン文字の学習で過ぎて行くのだった。
3章終わり
次回はトールステイン大王伝記の回です。




