第31話 知らないほうが幸せなこともあるよね 6歳 夏
長く明るい北方の夏の夜は、吹き渡る風が涼しくて気持ちが良い。
家の周囲咲き誇った白く小さな花々の絨毯からは、爽やかで甘い香りが発せられている。
その最高の季節の最高の雰囲気の中で。
僕はなぜか穴を掘り、石を積んでいた。
「トール〜?また変なこと始めてない?」
「変なことはしてない。西風路を作ってるのは、見たらわかるでしょ?」
冬に試作を何度も繰り返したわけだし、野外用の簡易なロケットストーブを作るのも手慣れたものです。
「でも、同じ炉を5つも作ることないでしょう?」
エリン姉が指摘するように、僕は西風炉を5つ並べて作っていた。
「そんなに一斉に料理する必要ないでしょう?お客さん用?」
確かに来客は増えたけど、用途はそうじゃない。
「これは実際には使わないよ。造りかけの炉と、出来上がった炉があるでしょう?」
「そう言えば、右端の炉が完成していて、左端の炉は穴を掘っただけに見えるわね」
つまりは、そういうこと。
「見てわかる西風路の作り方。もう説明したくないし。相手の家まで出かけていくのが、めんどくさい」
「あー。それはねえ…」
頻度こそ減ったものの、相変わらずクナトルレイクの件でときどき呼び出される父ちゃんと同じ問題が、僕にも降り掛かってきたのだ。
母ちゃんのお友達ネットワークを通じて、村の奥様方から「家の炉も西風炉みたいにしたいんだけど、ちょっと見てくれないかしら?」とのお声がかかるようになりまして。
各家で炉の制作を担当する父や息子さんが、我が家まで西風路を見に来るようになったのだよね。
それは別に構わないのだけれど、西風路の制作にはそれなりにコツがあるので、見様見真似で作ってもなかなか燃焼効率は上がらないわけで。
「ちょっと家まで来て、どこがおかしいか見てくれないか」
という訪問説明の依頼が頻発していたのだよね。
父ちゃんが留守なら、原理が分かっている僕が出るしかないし。
1件2件なら村の付き合いの範囲だし、となるけれど、それが十件を超えると完全に僕のキャパを超えてしまった。歩いていくのも大変だし。
母ちゃん、ほんと付き合い広いね!?村中から依頼来てるよ?
「そこで考えました。見ればわかるでしょ!方式です」
「おー」
ぱちぱちとエリン姉が、ノリよく小さく拍手してくれた。
動画も文字も未発達な社会では、最もポピュラーな学習方法は人の話を聞くことなのだけれど、見て触って学べるなら、それに越したことはないしね。
「とりあえず西風炉の組み立てを5段階に分けてみました」
「すごーい」
「もっとも工夫したのは、最初にヨシを立てることです」
「ほほーう?」
ヨシは、この辺りでは沼地や川辺によく生えている、ススキみたいな背の高い植物だね。
「なぜだか分かりますか?エリン姉」
「うーん…?揺れてるよね…風!風向き!」
「正解です。賢いエリン姉には、タラの油をスプーン3杯飲む権利をあげます」
「いらない!」
西風炉に必要なのは、一に風量。二に風量。
とにかく風量を稼いで風速を上げることで燃焼速度を上げる必要がある。
なので炉の入口を風上に向かって設けることは超重要。
だけど、その通りに作ってない家が多かったのだよね。
他にも、広く漏斗状にした空気取り入れ口、狭くなる燃焼室への入口、燃焼後に高く設けられた二次燃焼のため空間等、全てが大量の酸素を送り込み高効率で燃焼させることを念頭に試行錯誤して設計してあり、それらの機能が不十分だと予定の性能を発揮できないので、ちょっと見てくれないか、と話になり。
とはいえ、原理的な説明をペラペラと子供がするのは不自然極まりないので、見るだけでわかる仕掛けが要る、と何度かの説明で痛感した僕は、造りかけの炉を工程ごと展示することにしたのだった。
これで母ちゃんネットワークで持ち込まれる依頼は、全部「あれを見てください」で済ませられるぞ。
「トール、お父さんの呼び出しも同じことできないの?」
「うーん…クナトルレイク競技場は持ち運べないからなあ…」
大人に任せる、と見て見ぬふりをしていたけれど、ちょっと父ちゃんと話し合ってみるか…。
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その父ちゃんは最近は何をしているかと言うと、農作業と草刈りを終えた後、ひたすらに中空の丸太を量産していた。
カッツ!カッツと!大きなノミのような道具の尻を木槌で叩き、機械のように正確に力強く丸太の中身を削っている。
もう何本目になるだろうか。たくさんの中空の丸太が積まれている。
足元の大量の木屑は西風路の焚付にできるから、僕やエリン姉が集めて袋に入れる。
「父ちゃん、いっぱい作ってるねえ」
「そりゃあ、蜂蜜を集めるためだからな」
作業をする父ちゃんの目が、わかりやすく蜂蜜酒になっている…。
さすが酒。人類を進歩させた大きな原動力の一つ、と言われるだけのことはある。
でもね、父ちゃん。
母ちゃんとエリン姉の目は見てる?
彼女たちの目は、収穫される蜂蜜に別の夢を見ていると思うよ。
甘味とかジャムとかね。
果たして収穫された蜂蜜の何割が蜂蜜酒に回すことが出来て、その何割を父ちゃんが好きに飲むことが出来るのだろうか。
僕は父ちゃんの高まったモチベーションを削がないよう、そっと口を噤んだ。
人間、知らないほうが幸せなことってあるよね…。
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「ところで父ちゃん、まだクナトルレイクで呼び出しはあるの?」
「うーん?ああ、そのことか。いやクナトルレイクの競技場や掟については、だいたい相手も理解してくれた。今はなあ、別のことで話し合いをしてるんだ」
「別のこと?」
他の村と話し合うことといえば、夏の交易のことだろうか。
そろそろうちの村でも船を仕立てて交易に出発する時期だし。
でも、それなら父ちゃんじゃなくて村長の仕事だよね?
「実は、新しいクナトルレイクの掟で他の村と試合をしないか、という話がでているんだ」
「村と村で?対抗試合みたいな感じ?」
他の村と試合するのは、ちょっと嫌だなあ。
この村での大人の盛り上がりを見ていると、村と村で試合なんかしたら絶対大騒ぎになって怪我人とか死人がでると思うんだよね。
だけど、父ちゃんの答えは僕の予想の上をいくものだった。
「いや、もっと大きな話だ。冬の大民会で、近隣の村々の全てを集めての試合をしよう、という話がでているんだ」
なんですって?




