第30話 花と蜂蜜 6歳 夏
白い花の船。夏の家は、村でそう呼ばれているらしい。
と、母ちゃんが教えてくれた。
遠目からでも一面の白い花の絨毯は目立つらしく、母ちゃんの友達が入れ替わり立ち替わりで、大勢が見に来るんだ。
母ちゃんも社交場で蒸し料理を教えたりしていたから、友達が増えたんだなあ。
「エリン、悪いけどお茶とお菓子を出してくれるー?」
「はーい。トール、ちょっと手伝って」
「はいはい」
白い花の絨毯を見に来ているのは自由農民階級だけでなく、高い身分の女性も来るので我が家もホストとして何も出さないわけにもいかず。
身分の高さは直接聞いたわけじゃないけど、遠目からもキラキラしている指輪やペンダントや髪飾り、そして必ず一緒にいる侍女でそれとわかるんだよね。
身分の高い女性は1人では外出しないんだ。
とはいえ庶民の我が家は設置してある小さなロケットストーブと野外椅子テーブルのセットで歓待して、ハーブ茶とお茶請けに乾燥させたベリーとヘーゼルナッツをお茶請けとして出すのが精一杯。
自由農民に過ぎない我が家には、交易品のお菓子とかないからね。
ベリーもナッツも野外によく生えているのを摘んで乾燥させたもの。
夏の貴重な甘味として、農作業と草刈りの合間に僕もよく摘んで食べている。
また、野生の収穫から一歩進んで家の付近に移植を企んで、エリン姉と一緒に挿し木をしたりもしてるけど、まだ成果は出てない。
数年がかりでやればいいことだし、焦る必要はないね。
「お父さんもお母さんも、最近はよくお客さんが来るわねえ」
「そうだね」
塩作りの前までは家族分の食器ぐらいしかなかったのだけど、最近は来客が増えるので来客専用の什器も備えるようにしてる。
父ちゃんも母ちゃんも、村の有力者、というやつになってきたのだろうか?
するとエリン姉はお嬢様で、僕はお坊ちゃん?
ちょっと柄じゃない。
こうなってくると夏の家もちょっと手狭だなあ。
いっそ建て直す?家の壁も消石灰と漆喰で白く塗ってみようかな。
「それにしても、やっぱり綺麗ねえ」
「そうだね。こうなるとは思わなかった」
北方の夜は、黄金の時間帯。と称えられるように、温帯の明るい夕方のような暖色系の太陽光が長時間続くんだ。
赤とオレンジの光の中で、白い花が浮かび上がるように映える光景は確かに幻想的でね。昼間よりも確かに目立つ。
娯楽の少ない村では観光スポットになっても不思議はない。
母ちゃんの友達も長い夜に農作業を終えた楽しみで見に来てるみたい
僕は大人の話の輪には入らないんだけど、テーブルに座って楽しそうに話す母ちゃんとお友だちの話題と視線がときどきこちらを向いている気がして気恥ずかしい。
良い話だけを噂されている、と信じたい。
クローバーの種を収穫して、来年はもっと広い範囲に撒いてもいいね。
母ちゃんのお友達の中には真似をしたい家もあるだろうから、分けてあげるのもいいし。
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ところで、一面の白い花に吸い寄せられてくるのは人だけじゃなかった。
蜂だ。
たぶんセイヨウミツバチなのかな。
昼だけじゃなくて、少ないけど夜もぶんぶん飛んでる。
短い夏に懸命に稼いで冬に備えようとする姿に少し共感を覚える。
「少しばかり蜂が多いな」
と、父ちゃんも言う。
食事中でも、蜂がときどき家の中にまで迷い込んでくるんだ。
ガラスもないし、板戸の大きな窓も、基本は開け放しだからね。
「軒先や入口に巣を造られると、少し面倒だな」
「そうね。出入りしていたら刺されるかもしれないし」
「村で、ちょっと蜜箱を借りてくるか」
「アスタさんのところがいいじゃないかしら。お願いね」
え、村に蜜箱を持っている家とかあるんだ。
蜂蜜酒を交易品にしているわけだし、養蜂やってる家ぐらいあるか。
それにしても、母ちゃんは村の事情に詳しいね…。
恐るべしママさん噂情報ネットワーク。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「え。なあにこれ」
「蜜箱だが?」
父ちゃんがガラン、と転がしたのは1メートルぐらいの丸太。
音が軽いのは、くり抜かれて中空になっているのかもしれない。
なんか僕の知ってる蜜箱と違う…。
「これ、どう使うの?」
「これは地面に穴を開けて、こう建ててだな…」
父ちゃんが丸太を抱えて地面に立てた。
「上の方に蜜蜂が出入りするための、横向きの細い筋を削る。上の穴は傘を被せておくんだ」
童話に出てくる森のポストみたいなデザインだ。
頑丈だし、たしかに蜜蜂が巣を作りやすそう。
蜜蝋を塗っておけば定着率も高くなりそうだ。
「でも、どうやって丸太から蜂蜜を取り出すの?」
「蜂は煙を吸うと動きが鈍くなるからな。松の葉の煙で蜂を燻してから、刺されないように注意して丸太を壊すんだ」
ですよねえ…。
この蜜箱の造りだと、壊すしかないよねえ。
「それだと蜜蜂が死んじゃうでしょ?勿体なくない?」
「そうだが、蜂蜜を取ってしまえばどちらにしろ冬を越せずに飢え死にするんだ。もったいないとは?」
うーん。そうだよね…人間からも略奪するのに、虫から略奪するのに躊躇する理由は一ミリもないか。
「蜜蜂は蜂蜜を集めてくる家畜みたいなものでしょ?来年も働いてもらわなきゃ」
「蜜蜂なんて、いくらでも湧いてくるだろう?」
ダメだ。説得できる気がしない。
それに、村全体で養蜂を産業化するならともかく、我家だけで家内養蜂をするのなら、たぶん父ちゃんの感覚の方が正しい。
「じゃあさあ、蜜蜂がどこまで巣を作ったかわかるように、何箇所か縦に間隔を開けて小さな穴を開けるのはどうかな。小さい巣を潰しちゃったら蜂蜜があんまり取れないよ?」
「…なるほど。それはいい考えだ。普段は木屑か藁で穴を塞いでおけばいいわけだな」
仕方ないので次善のアイディアとして観察の穴を開けてもらった。
安価な透明ガラスなんてないから視界を確保しようとすると物理の穴になるのは仕方ない。
村長の長屋敷には海の向こうの交易品のガラス器なんかがあるのかもしれないけど、ぜったい高級品だよね。蜜箱の覗き穴なんかには使わせてもらえないだろう。
蜜蜂ポストをいっぱい作って森に設置しておけば、中には越冬して分蜂に成功する群れも出てくるだろうし、蜂の群れが増える手助けになれば全体としては増えるからいいかな。
高度な養蜂技術を持っている職人も遠い外国にはいるかもしれないけど、こんな北方まで来てくれるとは思えないので、工夫しながらやるしかないね。
ちょっとやる気が出てきた。
「よしっ!父ちゃん!たくさん作って、たくさん蜂蜜採ろうね!」
「お、おう。そうだな。たくさん採れるといいな」
「あたしも手伝う!」
所詮は嗜好品だし、採れなくても死ぬわけじゃない。
長い目でのんびりやっていこうか。
蜂蜜ポストは外見がメルヘンで、作ったり設置するのも楽しそうだ。




