第3話 トールステインの家族会議 5歳 冬
本日投稿3/3話目です
北方の冬はとにかく夜が長い。
体感で午後3時とか4時ぐらいには、もう真っ暗。
夜は作業ができないし、狼とか熊とか怖い野生動物もいる。
だから月が明るい夜を除けば、基本的には家で石炉の焚き火を囲むしかない
パチパチと鳴る火を囲みながら、普段は父ちゃんは斧や鎖帷子の錆をとり、農具や漁具の整備をし、母ちゃんは姉ちゃんと一緒に糸を紡ぐか、布を織ったりしてるのがいつもの冬の長い夜の過ごし方なのだ。
しかし今夜は違う。
とっても長い家族会議の時間だ。
「それで?トールステインよ。なぜこんなことをした?」
フルネームで呼ばれた上に理由を聞かれている。
これはガチトーンの怒られ方だ。
農作業と漁業で鍛えられている父ちゃんはガタイがデカくてゴツい。その上、僕と同じ青い色の目をしたイケメンだが同じ金髪のヒゲとコメカミから頬にかけてざっくりと残った傷が並の農民ではない迫力を醸し出している。つまりはまあ、典型的な北方の自由戦士階級の風貌なのであって。
つまりは、その父ちゃんが低い声でドスの効かて威嚇するとめちゃくちゃ怖い。
5歳のきんた◯が縮こまるのを感じる。
「なぜって、それは…」
ジロリとエリン姉を横目で睨むと、目を逸らされた。
まあ8歳だものね。父ちゃんの迫力で詰問されたら黙ってられないか。
でもあとで賄賂は返してもらうぞ。
「自由になる塩を稼ぎたかったから!」
嘘をついても仕方ないので、子ども特権で素直に答えてみた。
「ふうむ。塩を作りたかったか。塩はニシンやタラ、サーモン、キャベツの塩漬けにいくらあっても足りない。どこの家も作りたいだろうからな。母さんあたりが塩がもっとあったら、というのを聞いたのかもしれないな?しかし家の薪を持ち出したのは良くないな。薪が不足したら家族も家畜も凍えてしまうのはわかるだろう?」
なるほど。父ちゃんが怒って家族会議になった理由はわかったぞ。
この土地で薪は生存に不可欠な貴重品であり命綱だ。
北方の厳しい冬の夜は、ほとんど一日中燃やしていないと家の中でも瞬く間に凍えてしまう。なにしろ暖を取るために馬や牛の家畜も家にいれてるぐらいだからね。それなりに臭いけど温かさには代えられない。
そして薪を売っている店などないから、薪は基本的に自力で、しかも人力で調達するしかない。なおかつ、この家で薪を調達できる腕力があるのは父ちゃんだけなのだ。
つまり父ちゃんが斧で木を伐採し、斧で木を割って、何週間も乾かして、ようやく薪になったものに僕たち家族全員の暮らしと命がかかっている。
父ちゃんが何週間もかけて調達した命綱の燃料を、ちまちまと消費しながら焚き火の側で身を寄せ合って春まで耐えるのが、典型的な北方の冬の生活様式なのである。
その貴重な薪を、たかが小遣い稼ぎのために浪費された、と思ったら怒るよね。
だけど、事実は主張しておきたい。
「父ちゃん。僕は家の薪は使ってないよ。ぜんぶ拾った枝や流木を燃やしたんだ」
父ちゃんの眉間にぴしりと縦皺が入ったのが見えた。
どうも信じてもらえていないようだ。
「エリン姉も見てたよね?」
ここで怒られの対象をパスした。
一人だけ蚊帳の外でいられると思うなよ。
裏切り者の証人にも、ちゃんと賄賂分は働いてもらおう。
「う、うん。見てた見てた。トールはね、小枝だけで燃やしてたの」
「ほんとに?嘘は駄目よ。小枝を燃やしただけで塩ができるわけないでしょ?」
母ちゃんが優しげに姉ちゃんの答えを誘導しようとしてる…。
ほら、エリン姉頑張れ!タラの卵燻製の分ぐらいは働いて!
「ち、違うの!トールは薪なんて使わないで小枝を魔術で燃やして塩を作ってたんだから!」
「魔術ですって!?」
「魔術だと!」
あー。エリン姉。それは駄目。
魔術という言葉は禁忌です。
薪のチョロまかしなんて目じゃない共同体への脅威ですよ。
魔術師って認定されちゃうと、異物になっちゃうんですよ。
尊敬されるか弾圧されるかは共同体の意思次第だけど、とにかく普通の暮らしができなくなっちゃう。それは嫌です。なので全力で否定する。
「魔術じゃありません。知恵と工夫です」
「知恵ですって?」
「工夫だと?」
ちょっと両親の表情が和らいだ。
うーん…どうやって説明したものかな。
「最初にね、薪を使わずに濃い塩水を作ったの」
「魔術じゃないか!」
そこからか。
「木桶に海の水を汲んでおくと、夜の間に凍るでしょ?それで氷を舐めてみたら塩っ気があんまりなかったの。それで残った水が塩が濃くなってことを見つけたの」
「トール、なんでも舐めたらお腹壊すわよ」
そうだね。それは反省してる。
「木桶に残った少し濃い塩水だけをたくさん木桶に集めてまた凍らせると、残った塩水はもっと塩味が濃くなってるのがわかったから、もうこれ以上濃くならないまで何回も同じことをして、すごく濃い塩水を作ったの。たぶん10倍はいかないけど、それぐらい濃いんじゃないかな。これが、僕が海水を濃くした工夫だよ。誰でもできるから魔術じゃない。エリン姉でも母ちゃんでも出来るよ」
「そんなことが出来るのか…それが出来たら確かに薪は節約できるな…」
よしよし。これで少しは父ちゃんの眉間の皺も減ったな。
「薪を使わない火を使ったのは魔術じゃないのか?」
これもちゃんと説明できる。
「それはね、薪は僕じゃ作れないから湿った枝でもよく燃える炉を造ろうと思ったの。息をふーっと強くしたり、風を受けると焚き火が強く燃えるでしょ?このあたりは西から風がよく吹くから西向きに口が大きくて、煙突が高い炉にしたの。煙突は高いほうが火が上に大きくなるでしょ?そしたら風がよく入って火が強くて湿った小枝を入れてもごうごうっと高くまで燃えたから、家の薪は使ってないの。これも知恵と工夫。魔術じゃないよ」
どう?これで魔術師の疑惑は晴れたでしょ?と胸を張って父ちゃんと母ちゃんの顔を見上げたら、二人で顔を見合わせて、困惑とも苦悩ともとれない表情を見せていたのだけれど。それ以上に何を言っていいのか、黙ってしまっていた。
まあゆっくり理解して欲しい。僕は説明する義務は果たした。
安心したせいか、急激にまぶたが落ちてくるのを感じる。
「ううん眠い…。明日の朝、炉を見せながら説明するから」
「う、うむ。そうするか」
僕はとりあえず魔術師疑惑が有耶無耶になって、小さなお尻が母ちゃんのビンタから守られたので満足。
この家に子供部屋なんて存在しないので、石炉が置かれた土間から少し高くなっている壁際の子供用寝台でエリン姉と一緒に毛皮にくるまって寝た。
冬の家の中は相変わらず煙くて喉に悪いし家畜も臭い。
この住環境も、なんとかしないとなあ。
今日の投稿はここまで。明日からお昼ごとに更新します




