第29話 白い海に浮かぶ船 6歳 夏
北方の夏の日照はとても長い。
冬の夜が長かった分を取り返すぐらい、本当に長いんだ。
僕がどんなに早く起きても既に太陽は昇っているし、夜中に眠くなって目を瞑るまでずっと太陽は沈まない。
僕やエリン姉が寝てからも起きている父ちゃんや母ちゃんに聞くと、太陽が沈んでもずっと空は明るいらしい。
もっと北に行けば、1日中太陽が沈まない村もあるとか。
白夜ってやつだね。
だから、夏の間は、一家揃ってずうっと雑草を刈って干し草づくりをしている。
刈っても刈っても夏の草は伸びるからね。
小さな草も、この季節の恵みを逃すまいと懸命なんだ。
「すまんが、ちょっと出てくる」
「えー?またー?」
「仕方ない。村長に呼ばれてはなあ」
夏はこんなに忙しいのに、父ちゃんは何度も村長宅へと呼び出しを受けて出かけていく。夜も明るいから足元は安心だけれど、それはそれとして父ちゃんの疲れが心配だ。明日も朝早くから農作業が待っているのだから、早く休んでほしいのに。
まったく貴族という人種は、下々の苦労が分かっていない。
「誰のせいかしら?」
ジトッとエリン姉の視線が僕に向いたので、サッと目を逸らした。
わかってる。
父ちゃんが呼び出しを受けるのは、僕が原因なんだ。
正確には、先日披露した子供クナトルレイクの試合が原因なのだよね。
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近隣の村長をゲストに呼んで新設の競技場で披露した試合は、大いに盛り上がり…ええ、盛り上がりましたとも。僕も少しだけ盛り上げに寄与しようと演出とかで頑張りました。
ただ、ちょっと刺激が強すぎたみたいなんだよね…。
試合中は、何が起きているのか、と呆然としていた他の村から来た貴族の方々も、試合後には「ぜひとも村で同じようにクナトルレイクを開催したい。専用競技場を新設したい。掟を作りたい。装備を揃えたい」と、大変熱心に要望されたそうで。
というか現在進行形で矢のような催促が飛んできているらしいんだけど、窓口になっている村長さんからしてみると、貴種が細々としたクナトルレイクのルールや装備の仕様など知るはずもないわけで。
「村の中で最もクナトルレイクに詳しい者は誰か?」ということで、父ちゃんに白羽の矢が立ったみたいなんだよね。
ただねえ、このあたりの情報共有の仕組みって、伝言ゲームなんだ。
クナトルレイクを導入したい、という村から担当の人が村長のところへやって来て、父ちゃんが呼び出されて、話をする。
わかった、と村へ持って帰る。ところが上手く行かない。わからない点が出てくる。
またやって来る。父ちゃんが呼び出される。
これを村の数と疑問の数を掛けた回数を、何回もやられる。
何度も村と村を往復している担当者も可愛そうだけど、繰り返し対応で、さすがにクナトルレイク好きで体力自慢の父ちゃんもお疲れ気味だ。
かといって、貴族からの依頼を断るわけにもいかないし。
講師のお礼らしきお土産の干し肉とか蜂蜜酒をときどき持って帰って来ているけれど、うちは食事にはそこまで困ってないから有難みは薄いし。
「何とかならないの?」という母ちゃんやエリン姉の視線を感じる。
父ちゃんの体と夏の労働力の不足は心配だけど、僕が村の情報共有の仕組みにまで口出しをしてもいいものか、村の有力者から魔術師扱いをされてしまうのでは、とちょっと迷ってる。
僕は家族と村を豊かにしたいだけで、波風を立てたいわけじゃないのでね。
難しい政治のことは、村長さんや大人に任せたい。
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クナトルレイクの問い合わせは見なかったことにして、今日も朝から牧草刈って干し草づくり。
そうして放牧地を草刈り鎌を持って回っていたら、見たことのある草を見つけたんだ。
小さくふわっとした白い花をつけた三つ葉の草。
これって、もしかしてクローバーじゃないか?
いや、もしかしたら単に似ているだけの草かもしれないけど。
「ねえ母ちゃん、この草って知ってる?」
「あら、フレイの恵みじゃない」
「うん?フレイの恵みって?」
名前が違う。やはり僕の知っているクローバーとは違うのかな?
ちなみにフレイとは豊穣や豊作を司る神様のこと。
「この花が生えているところに大麦を撒くと実りがいいのよ。だからフレイの恵みっていうの。だけど、ここはちょっと畑からは離れてるわねえ」
やっぱりクローバーだ!
そして因果関係が逆だよ母ちゃん!
地味が豊かな場所に生えてるんじゃなくて、クローバーが緑肥として地味を豊かにしてるんだよ。
「ちょっとフレイの恵みを集めてくる」
「トール?」
不思議なもので「そこにある」と思って探すと、野外の至るところでクローバーが見つかった。僕の目は節穴だった。
それらのクローバー群生地をスコップで浅く地面ごと掬い、シートのように丸めて毛皮に載せて引っ張ってくる。
母ちゃんとエリン姉は「またトールが変なことをはじめた」という目で見てくるけど、これは来年の畑を豊かにするために必要な実験なんだから気にしない。
「あー、ちょっとちょっと。まだ食べたらダメだったら!」
「メー」
「モー」
「ブルルッ」
ただ誤算は、僕がクローバーの群生地を放牧している敷地に移植しようとしたら、目ざとく見つけた羊、牛、馬の家畜たちが片端からクローバーを食べようとしてくるんだよね。
まだ増やしてる最中だっていうのに聞きやしない。
母ちゃんたちも笑うばかりで止めてくれないし。
仕方ないので、僕の方も意地になって家からかなり離れた土地まで遠征して、かき集められるだけクローバー群生地をかき集めてきて、放牧地から家の庭まで、ありとあらゆる目に付く場所に移植してやった。
おまけで、庭の一部には酸性化した土壌を改良するかも、という期待で消石灰も撒いてみた。
いきなり収穫に関係する畑で実験するのは怖いからね。
庭のクローバーなら、万が一枯れても問題なさそうだし。
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「ねえトール見て!すごいお花!」
「うーん。さすが雑草。生命力が強い」
雑草の生命力というのは大したもので、数日で根づいた上に小さな花までつけた。
おかげで、夏の家は一面の白い花畑の上に浮かんだ一層の船のよう。
「ふふっ。きれいね―」
「そうねえ」
夏の日を浴びて、母ちゃんとエリン姉の金髪の編み込みが風に揺られて輝いている。
「トール、よく頑張ったなあ」
笑顔の父ちゃんが頭を力強く撫でてくれた。
おとぎ話のような光景にエリン姉と母ちゃんがもの凄く喜んでくれたし、父ちゃんも褒めてくれたから、土地を肥えさせる、という本当の意義は分かってもらえてないんだけど、まあいいか。




