第28話 こけら落としの御前試合 6歳 夏
さて。僕の可愛い助言を受けてから、父ちゃんが村長との会談をもって数日の後。
僕の村では、ちょっとしたイベントが行われることになった、とのお触れが村中に知らされた。
夏の忙しい時期ではあるけれど、村の人達は娯楽に眼がない。
当日の朝から村長の長屋敷前の広場に数百人が集まり、がやがやと今日はいったいどんなことが始まるのかと期待に目を輝かせていた。
当然、群衆の中には僕たち家族も含まれている。
「父ちゃん、ずいぶん人が集まってるねえ。村中が空っぽなんじゃないの」
「そうだろうな。振る舞いの麦酒も出る、という話だからな」
「私、お酒よりお茶のほうが好きー」
「そうね。エリンにはまだお酒は早いわねえ」
やがて長屋敷の扉が開き、他所行きに着飾った村長が姿を表した。
いつもの取り巻きだけでなく、村長と同じかそれ以上に着飾り立派な体躯をした人々も続く。他の村の貴族達だ。
「おい…あれ北の村の村長さんじゃねえか」
「あっちは東の村の…南東の村の方もおられるじゃねえか」
私語をしていた村人たちも、見慣れぬ貴種の登場に口を噤み静になる。
村人たちが静まったのを見計らい、村長が朗々と宣言をした。
「皆の衆、朝早くからよく集まったな。。今日、我が村に新たな鍛錬場が出来上がった。将来の戦士たる者の力を磨き上げるための、立派な場だ。
この喜びを、皆と共に分かち合いたいと思う。それゆえ、近隣の貴族の方々にもわざわざ来ていただいた。くれぐれも粗略にに扱うことなく礼を尽くし、堂々と振る舞うよう。私に恥をかかせるな。さあ、これより祝いの宴だ。
存分に楽しめ。酒も肴も、十分に用意してあるぞ」
挨拶が終わると、各人に麦酒と鍋のスープが一杯ずつ振る舞われた。
これが十分な酒と肴か…。収穫と交易前で一番食料庫が寂しくなる夏だしね…たぶん長屋敷の中では大きな猪とか羊とか家畜を潰して貴種のための宴はあったのだろう。
偏見かもしれないけれど、貴種の方々の顔が脂でテラテラしているように見える。
けれどちょっと寂しい振る舞いものは、前哨に過ぎない。
イベント本番はこれからなのである。
「おおっ!なんだこりゃ」
「赤の席と青の席?」
村長を先頭にした他の村の貴族たちが鍛錬場の脇に設けられた席につくと、村人たちも先を争って移動し丸太を杭と縄で固定しただけの観客席に急いで座る。
そこは鍛錬場。即ち村公式のクナトルレイク専用競技場である。
完全に平らで小石一つなく、草も短く刈り込まれた競技場には、プレイエリアを示す白い顔料で綺麗に線が引かれており、ゴールを示す2本の棒は東と西に一箇所ずつ立てられていた。
「戦士、入場!」
司法神役《審判》の声に従い、中央へ各チームが一列になって入場してくる。
今日のクナトルレイク試合出場の子供達だ。
「チーム、赤い羽のフギィィィーン!!」
赤く顔料で染められた地に黒いフギンのエンブレム盾を持った子供達が、クナトルレイク棒を剣に見立て、右手で高く掲げながら一列で入場する。
頭に被った帽子には黒いカラスの羽を挿して、フギンへの敬意を示している。
「きゃぁあああ、うちの子よーー!!」
「かっこいいー!必ず勝つのよ―!!」
母親たちの黄色い声援に、男の子たちはやや居心地が悪そうだ。
少し頬を高調させ、それでも真っ直ぐに進む。
「続いて、青い牙のフェンリルゥゥゥ!!」
青い地に黒いフェンリルが描かれた盾を持った子供達が入場する。
先頭の子は、なんと狼の毛皮の頭の部分を帽子として被っており、続く子供達は盾にクナトルレイク棒を叩きつけ、リズムを取って入場してきた。
幼いながらに威圧感も備えた入場は男性客達の心を掴む。
「うぉおおお!いいぞフェンリル―!」
「倒せ倒せ倒せ!」
始まる前から観客たちのテンションは最高潮である。
観客席は、出場する子供のチームよって赤と青で親がかたまるように分けてあり、間に貴賓席を挟んで敵対チームが隣り合うようにならないよう配慮はしてあるのだけれど、この盛り上がりようでは無駄になるかもしれない。
「麦酒一杯で酔うはずはないんだけどねえ…」
「なにー?聞こえな―い!」
あまりの騒音に隣のエリン姉とも耳を抑えながら大声で話さないと通じない。
これで試合が始まったらどうなってしまうのだろうか。
「戦士の凱歌を!」
司法神が促すと、まずは赤のフギンから1人の子供が前に出て謳う。
「フギンよ、フギンよ、
知恵を我に与えよ!
賢く知り、勝利を掴む!」
「「フギン!知恵!勝利! フギン!知恵!勝利! フギン!知恵!勝利!」」
残った子供達が盾を叩きながら唱和する。最後の方には観客席からも大声で唱和する人が出てきた。
続いて、青のフェンリルからも1人の子供が前に出てきて謳う。
「フェンリルよ、フェンリル!
偉大なる狼よ、汝の力を我に貸せ!
お前の邪悪を、我らの勝利に!」
「「フェンリル!力!勝利!フェンリル!力!勝利!フェンリル!力勝利!」」
盾を叩きながら唱和すると、すっかり調子を飲み込んだ観客席も一体となって大声で唱和する。
声が収まると、司法神が告げる。
「試合開始!盾合わせ!」
「「おうっ!」」
盾を持った子供達が前に出て、ボールを挟んで左右の子供達と盾の壁を形成する。
戦士にとって最も重要な盾の壁による押し合いから試合は始まるのだ。
審判が短く角笛を鳴らすと、がつん、と音がして盾壁どうしの押し合いが始まる。
チャントの唱和ですっかり暖まった観客たちが、大声援を送る。
「押せーっ!押せーっ!押せーっ!」
「下から押すんだ!上に持ち上げるように押せ!」
「ちゃんと左右を見ろ!自分だけ突出するな!息を合わせろ!」
ただの熱狂的な声の中に、なんか専門的なヤジを飛ばしている人がいるな、と思ったら父ちゃんだった。
試合に熱狂するあまり、単なる熱心な支持者から、にわか監督にクラスチェンジしている…。
そのうち「父ちゃんなあ、クナトルレイクの監督で食っていこうと思うんだ」とか言い出しそうだ。母ちゃんに尻を叩かれれば治まると思うけど。
「あぁ〜っ!」
最初の押し合いは、フェンリルが勝った。
盾壁の押し合いで有利をとったら、取ったボールは盾を持っていない子にパスされる。クナトルレイク棒を両手で使えるので、盾がない子は遠くまで力強いパスができるのだ。
他の盾を持っていない子が、パスを受けるために走る。
この子も盾を持っていないので足が速い。
盾を持ったフギンの子はついていけない。
しかしギリギリで盾を持っていない別のフギンの子がパスをカットする。
キャッチはできなかったので、ボールはサイドの白い線を超えた。
審判(司法神)が短く角笛を吹いて、盾壁の押し合いを指示する。
「よーし今度こそ押し勝つぞ!」
「押せーっ!押せーっ!」
観客は盾壁で押し合うのが大好きらしい。
押し合いが始まると、急増の丸太の観客席から立ち上がり、足を踏み鳴らして大声援を送る。
僕が騒音に両耳を押さえつつ貴賓席の方をちらりと見やると、熱狂的な観客たちの声援を左右から浴びせられて、他の村から招待された貴種たちは「いったい、これはなんなのだ…」と、呆然としているのが見えた。
まあ、そうなるよね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて。ここで僕の相談内容の種明かし。
僕は父ちゃんに「どうせなら村長さんのところにクナトルレイクの競技場を作ってしまってはどうか?」と提案したのだ。
今は夏だし、温かいベンチも必要ない。
競技場を作るだけなら、村長さんの持っている平らな土地の小石を取り除いて、白い漆喰を縫った棒を立てて、消石灰で線を引き、丸太を並べて杭と縄で固定するだけで済む。
戦士の競技場を作るのだから、村長さんが抱えている戦士達と奴隷の労力だけで、すぐに建設できるので村人に余計な負担をかける必要もない。
おまけに村人たちに娯楽施設を建設したと感謝されて、その上、他の村の貴族たちにも大いに名誉を示すことが出来る。
僕はちょっとだけ入場とかチャントとかに味付けをして、イベント感として盛り上げる方を担当した。
結果はご覧の通り。
大いに試合は盛り上がったよね!
ちょっとばかり盛り上がり過ぎたかな…まああれは麦酒の勢いで観客も酔っていたのだろう。お酒のせいだよね。
今度からは試合中の酒は禁止にしよう。
そうしよう。
試合終了後、警備員を蹴散らして試合場へ一斉になだれ込み選手達を胴上げする観客を眺めつつ、僕はベンチの影からそっと視線を逸らしていたのだった。
後に、他の村々から村長のところへ、新規クナトルレイク競技場建設の問い合わせが矢のように押し寄せ、クナトルレイクの掟や競技場のサイズ、競技道具や白い顔料、試合時間や運営体制等について関連道具の注文や助言を求められて弱りきっている、との声が聞こえてきたけれど、それは断じて僕のせいじゃない。
そういう村と村の間の難しいことがらは、村長さんとか父ちゃんとか、村の大人がなんとかしてくれるだろう。たぶん…。




