第27話 交易と村の名誉 6歳 夏
夏にはやるべき仕事が山積みだというのに、父ちゃんがクナトルレイクの時間を確保しよう、とか言い出したんだ。
「クナトルレイクは…」
「クナトルレイクは冬までおあずけ!」
僕が言う前に、母ちゃんが父ちゃんにぴしゃりと厳しく言い渡した。
エリン姉も眉を潜めている。
だってクナトルレイクは冬のスポーツだからね。
夏は家族が生きていくための仕事が最優先。
そうでしょ?
「クナトルレイクの注文なら冬までにやるし…」
村の旦那衆から山のような娯楽道具《クナトルレイク用具》の注文を受けたのは憶えてるよ?だからクナトルレイクが始まる来年の冬までに、のんびり進めるつもりだったんだよね。
だけど作りにかかる前に、その場の勢いで注文した人とか、家で奥さんに絞られて注文をキャンセルするとか、子供の道具も一緒に注文したい人とかもいるだろうから、注文自体を一軒一軒回って精査しないとダメだと思うんだ。
なにせ契約書という概念がないからね。せめて顔を合わせて父ちゃんとかに立ち会ってもらって複数人の証人と支払い方法を決めてからじゃないと怖くて制作にかかれないよ。
作ったけど返品になりました、となったらお互いに困るからね
「ち、違うんだアーシルド」
珍しく父ちゃんが狼狽している。
精鋭戦士の父ちゃんも母ちゃんには弱いんだね。
残念だけど僕も今回は父ちゃんの側には立てないよ。
「話して」
「あ、ああ…」
母ちゃんの圧力と家族の視線に耐えかねたのか、父ちゃんは、ちゃんと事情を始めから説明をしてくれた。
「今年は貢納《略奪》ではなく交易に出かけることになったのは知っているよな?」
母ちゃん、エリン姉、僕も頷く。
塩がたくさん作れるようになって、保存食もたくさん作れた。
奥様方が集まれる温かい社交場のおかげで糸と布の生産性もあがり服や帆に使う分は十分に作れている。
わざわざ村を挙げての危険な略奪遠征というギャンブルに訴える必要がなくなった、と家族でも喜んでいたのだ。
「それで交易用の艦隊を近隣の村と組んで向かおうという話になってな…」
それもわかる。略奪目的でなくても、艦隊を組んでいたほうが安心だからね。
食料や水の不足を互いに融通できるし、片方が難破しても移乗したり助けを求めに行くことも出来る。交易品を狙って襲われたとしても頭数が揃っていれば、そもそも戦いにならないかもしれない。
「交易品の調整のための村を集めた民会を開くことになったんだが」
「へえ…」
交易品の調整とかやるんだ。意外とちゃんと商売している。
同じような立地から同じような産業の村々が交易船を出すのだから、交易品は当然被ることになる。
艦隊を組む以上は同じ港に交易品を卸すことになるわけだから、互いに調整をしないと、せっかく遠くまで運んだ商品が価格交渉面で不利になる。
干しタラだけを大量に持ち込んて買い叩かれたら虚しいよね。
「うちの村からはどんな交易品を出すことになってるの?」
「そうだなあ。まずはなんと言っても干しタラ。蜂蜜酒。狼、リス、狐の毛皮…」
父ちゃんが指折り数えながら交易品を数え上げていく。
うーん第一次産業村…。
もうちょっと高付加価値な商品が欲しいなあ。
「うちからは少しだけど冷燻の魚。それと塩を持っていく」
「ああ、塩はねえ…」
塩はちょっと作りすぎちゃってね。
僕のせいじゃないよ。冬の間は社交場をずっと稼働させることになったから、熱源の副産物として塩がちょっと大量にできちゃっただけで…。
かといって、作った塩を村で大量に流通させちゃったら政治的に問題が起きるから貧しい人に分ける以上のことはできず、倉庫に積み上がる一方なんだ。
交易で消費してしまうのは良いアイディアかもしれない。
「それで何を買ってくるの?大麦?」
「それもあるが、やはり羊毛だな」
「羊毛?うちでもフィヨルドでも羊は飼ってるでしょ?」
羊毛と紡がれた糸は村の生活必需品だから、みんな羊を飼っている。
うちも3頭飼ってる。冬に1頭生まれたから4頭か。
頑張って干し草を与えて冬の間に屠畜しなくて済むようにしたし、今は放牧して牧草を食べさせている。もう少ししたら毛を刈るつもり。
「いや。アングル人達の牧場は桁が違うんだ。このフィヨルド全部よりも広い海のような牧草地でニシンの群れぐらい多くの羊を飼っている、と聞く」
「そんなに!すごいわね!」
エリン姉が眼を丸くして驚く。
いやニシンの群れはちょっと大袈裟に盛り過ぎじゃないかなあ。
でもそんな大きい牧草地があるのは羨ましいな。
フィヨルドでは平地そのものが少ないからね。
と、別のことが僕は気になった。
「…あれ?そんなに広い農地なら、村の大人達は占有しようとか奪ったりとかしなかったの?」
豊かな土地があれば奪う。多くの家畜がいれば強奪する。邪魔をする人間がいれば殺すか奴隷にする。そういう行動原理で動いているとばかり思っていたのだけれど、それは偏見だったのだろうか。
「羊を奪っても、そんなに多くは船に積めない。一年に一度、それだけ多くの羊の毛を刈るのには奴隷をどれだけ抱えていても無理だ。定期的に貢納を求めに行くのもいいが、いちいち街を囲むのも面倒だ。面倒くさい仕事はアングル人どもにやらせて、取引をした方がいい」
もの凄く実利的な理由だった。
とはいえ、そのスマートで実利的な結論に辿り着くまでに流された血の量については、あんまり考えたくない。
「…僕も交易について行きたいなあ」
思わず口に出た。
僕はこの村から出たことがない。
交易について行って、別の土地を見てみたい。
現地の人と話し、暮らしや市場を見れば、現地の人達が本当に必要としている商品やニーズがわかるかもしれない。
「ダメだ。船旅は本当に厳しいんだぞ。大人になるまで待て」
父ちゃんの回答は、珍しく厳しい。
「少し海が荒れれば冷たい海の波がずっと身体にかかり続け、凍える風が吹き付ける。火は使えず食事も水も冷たく体は冷えるばかりだ。海に落ちたらどうする?トールはまだ泳げないだろう?交易がまとまらなかったら商品を狙われて戦いになることもあるんだだぞ」
体験に基づいて説く父ちゃんの話には説得力があり、僕も従う他になかった。
交易でこれだけ危険なら、戦闘と略奪なんてどれだけ危険なんだろう。
やはり、せめて船上で温かい食事ができるよう、父ちゃんには生石灰反応料理を覚えてもらわないと。
「それで商品の下交渉をしているうちに、村のクナトルレイクの話になったらしくてな」
ようやくクナトルレイクの話が出てきた。
つまり一緒に行く交易の話し合いのついでにクナトルレイクの話題が出たってことだね。おじさん達が集まると酒飲んで野球やサッカーの話になるのと同じだね。
「村で流行っている新しいクナトルレイクをやってみたい、せめて見てみたいと言われてな。道具をそれまでに準備できないか?と言われたんだ」
「…いつまでに?」
「次のサウナの次の次の日だから、出発を考えるとサウナの次の日まで」
「4日間しかないじゃん!無理!ぜったい無理!」
「無理かあ…」
父ちゃんが苦い顔になる。
「しかし村長がなあ。どうしても村の名誉を得たいと言っていてなあ」
村長まで熱心なクナトルレイク支持者なの!?
たしかに村長の権力で村の衆を総動員すれば数日間で大人用のクナトルレイクの道具は揃えられるかもしれないけど、それは貴重で短い夏の生きるための仕事を中断させることを意味する。
たかが娯楽のために村人の冬備えが不足して餓死者でも出たらどう責任をとるつもりなんだ。
本当にもう、この村の旦那衆ときたら先のことを考えていないのだから。
僕はちょっと腹が立ったけれど、僕の小さな手の平では事態を変えられない。
そこで、少し方向を変えた提案をすることにした。
「父ちゃん。他の村の大人衆に村の名誉を得たいなら、別のいい方法があるよ」
僕はエリン姉にロキの笑みと言われないよう、頑張って無邪気な笑みを浮かべた。




