第26話 北方の農業事情 6歳 夏
夏の家にはまだ新しい西風炉を作ってないので、伝統的な焚き火で調理をしている。
三脚吊りと言って、大きな三脚の真ん中からロープや鎖で鍋を吊り下げて焚き火の直火にあてる方式だね。
長い枝を数本確保できれば作れるという手軽さと、吊り下げ距離を調整すれば火加減の調整ができるので、この辺りでは人気がある手法だ。
薪の燃焼効率は良くないけれど、雰囲気があって嫌いじゃない。
「あれ?これは新しいお茶?」
「そうね。西洋当帰を淹れてみたの」
「…いい香りだ」
「でしょう?」
母ちゃんがちょっと得意そうだ。
食事が終わり、鍋には新しい西洋当帰の葉を大量に煮出したお茶を飲む。ちょっと苦いけと香りがいい。
冬に松の葉茶をちょっと嫌な顔をされながらもしつこく出していたら実際に肌の調子やお通じが良かったらしく、最近では母ちゃんもいろいろなハーブ茶を試して食後に出すようになっている。
社交場でも、いろいろと情報交換をしていたみたいだ。
実際、冬の煙い家では喉を保護するためにも積極的にお茶を飲んだ方がいいと思うんだよね。
お茶を飲む行為にはもう一つ利点があって、お湯を沸かすと生水を滅菌できるんだよね。北方の水は一見綺麗に見えるけれど、見えない危険もあるわけで。
今年の冬に村で亡くなった子供がいなかったのは、西風路の豊富な熱源で供給されるお湯から、ハーブのお茶を飲む習慣が社交場を通じて村の人達に定着したおかげがあるかもしれない。
お茶を飲みながら、夏の家にも調理用に西風炉を作らないとなあ。などと考えていたら、夏の予定の話になった。
「今年の夏は忙しくなるぞ」
と父ちゃんが不吉なことを言う。
「どうして?父ちゃんが遠征に行くから?」
夏はたしかに忙しい。
短い夏の間に家畜で畑を起こし、種を撒かないといけない。
植えるのは主食の大麦、野菜はキャベツ、ニンニク、リーキ、タマネギ、えんどう豆…家庭菜園の収穫が、そのまま僕達の家庭の1年分の食料になるのだから手を抜けない。
雑草を抜き、病虫害や害獣から守り、そのうえ合間には牧草を刈って出来るだけたくさん干し草を作らないといけない。
我が家は特に男手が少なく奴隷もいないので、単純にマンパワーが少ないから、父ちゃんと母ちゃんが鎌で刈って、僕とエリン姉が干すという一家総出の労働になる。
とはいえ、それは毎年の話でもある。
今年の夏は、と父ちゃんが強調するには理由があるはずだ。
「今年は少し大麦の畑を広げたほうが良さそうだ。牛にも頑張ってもらわないとな」
「どうして広げるの?去年までの広さじゃ足りないの?」
「そうだな。エリンもトールもますます大きくなるし、村でも大麦を食べる家が増えるだろう。不足分は塩で交換するにしても、村の中で大麦の価格を吊り上げるのは良くない」
「あー…」
完全に僕のせいだった。
蒸し料理を普及させる際に、ハードタックの大麦パンも柔らかく食べられることを示してしまったせいで、大麦粥が中心だった村の食生活がパン食に移りつつあるのだ。
パンを作るには、石臼で挽いて大麦粉にしないといけない。保存食なのでまとめて焼くだろうから燃料は節約できるかもしれないし、廃棄率の下がるかもしれないけれど、粉にする過程でふすまとして幾分かは重量が失われる。
ふすまは家畜用の餌になるから全くの無駄というわけではないけれど、村全体で大麦の消費量が増えるのは間違いない。
「水車が要るのかなあ…せめて家畜で挽くとか」
各家庭で大麦を粉にするのは大変だろう。家で母ちゃんが石臼を挽いているのを見ていても、結構な力作業だ。
だけど、そんな僕の妄想は父ちゃんは現実的な理由で否定された。
「水車用の石臼となると村では作れるものがいないぞ。南のフランク人達から買い付けるとなると、かなり高額になる」
「あ」
ちょっと想像しにくいかもしれないけれど、大型の石臼というのは家庭用の調理器具よりも高度な産業用機械部品に近いしろものなのである。
正確に円形で重量バランスも取れていない巨大な石臼は、水車に接続して回転させた途端に接続部から外れて大きな事故が起きかねない。
重量バランスが崩れた洗濯機のドラムが飛び出してくるところをイメージして欲しい。そして大きな花崗岩から造られた石臼の重量は300kg以上あるのだ。
一塊の花崗岩から切り出された臼を丁寧に職人が円形に削り出し、さらに石臼の裏にはシールドマシンのように綺麗な幾何学模様の削り刃を掘り込んでいく。
専門の熟練職人にしか作れない代物だ。
その重量物を、船に積んで村まで輸送するとなると、制作費と輸送費でどれだけの費用がかかるのか想像もできない。
「…水車で石臼はしばらく無理そうだねえ」
「そうだな。しかし蒸した大麦パンの美味さを知った村の衆は大麦のパンを食べることはやめないだろう。となれば収穫があるまでのつなぎを、交易で仕入れて来なければならん」
「そうだねえ…」
「今年の麦畑は肥えているといいが…豆はどうするかな」
今年の麦畑、という言葉でわかるように連作障害を防ぐために、この辺りの畑では二圃制を採用している。
大麦や畑作と、牧草地兼休耕地を交互に使用する方式だね。
冬の間に蓄えた家畜の肥料を畑に大量にぶち込んですき込むんだ。
短い夏の間にできるだけ沢山の収穫を狭い農地から得るためには、三圃制とかいう温暖な地域の温い方式を採用するわけにはいかないのだろう。
「豆はどうして迷ってるの?」
「豆はなあ…手がかかるんだ。その割に天気に左右されすぎる」
豆が畑を肥やすことはある程度知られていて休耕地兼牧草地に植えることもあるのだけれど、問題はそれだけの労働力があるかどうか。
天候により実りにバラつきのある豆に手間を割くぐらいなら、休耕地は完全に休ませて大麦や他の畑作に集中したほうが全体としての収穫が上がる、という判断もある。
畑を休ませるついでに肥やしてくれて手間もかからない。
そんな植物があればいいんだけど…。
農業は素人なんでよく分からない。
下手に口出しして畑で病虫害でも蔓延したら家族で飢え死に待ったなし。
北の厳しい大地で生きている身としては慎重にならざるを得ないんだよね。
「とにかく、クナトルレイクを何とかしないとな」
「クナトルレイク?」
父ちゃん、なぜいまクナトルレイクの話題が出てくるの?




