第25話 夏の家 6歳 夏
雪が消えると、夏がやってきた。
北方では春と夏が同時にやってきて、あっという間に去っていく。
植物も動物も、短い夏の間に思う存分に日光を浴び、身を肥やし、長く厳しい冬に備えようとする。
1年で最も素晴らしく、最も短い季節。それが北方の夏なのだ。
「やっぱり荒れてるなあ…」
「クモの巣張ってる―うえー」
「いいから手を動かしなさい!まずは板戸を開けて空気を入れ替わるわよ」
僕達は冬の間に過ごした海際の家を離れて、少し標高が高い場所にある「夏の家」に引っ越していた。
冬は低地で漁業。家畜は家の中に入れる。夏は高地で農業。家畜は外で放牧。というのが、このあたりの標準的な暮らし方である。
夏の家は、冬の家と異なり家畜は入れず人間だけが過ごす少し小さめの家である。
冬の家では防寒のために最小限であった板窓も大きくとられていて、屋内は明るく空気も明らかに良い。
冬の家は食料庫や道具置き場としてときどき見に行くけれど、夏の間の労働の拠点は夏の家になるのである。
冬の間、数カ月放置されていた夏の家は汚れているだけでなく、ところどころ傷んでもいる。母ちゃんが家の中を掃除している間、父ちゃんは屋根に登って雨漏りがないかチェックし、危なそうな箇所の木の皮を張り替えたり芝土を入れ替えたりする。
「トール!白樺の皮の束を下からを持ってきてくれ!」
「はーい!」
僕も6歳だからね。束ねた木の皮を持って屋根までの梯子ぐらい登れるさ。
慎重に…慎重に…うう…重い…。前が見えない…。
ゆっくり…慎重に…。
「おおっと。危ない危ない。よく持ってこれたな。偉いぞ」
父ちゃんは僕がなんとか持ってきた皮の束を、ひょいと引き取って頭を撫でてくれた。
うーん。父ちゃんみたいに僕も背が伸びて力が強くなる日が来るんだろうか。
「ちょっと待ってろ。屋根を直したら一緒に降りよう」
「うん」
屋根の上は、芝生だった。寝転んだら気持ちよさそだ。
北方の夏の家の屋根は、冬の家と違ってわりと適当な造りをしている。
木の骨組みがあり、樹皮を被せて防水し、その上に芝生を土ごと載せてあるだけ。
雪の重みに耐える必要がないから、とりあえず夏の数カ月だけ持てばいい、という考え方なんだね。
「あー。屋根に鳥が巣を作ってるや…」
当然、冬の間放置された屋根は重みで落ちていたり、そうでなくても芝土が腐ったり鳥が巣を作っていたりと、雨漏りになりそうな要因に事欠かない。
とはいえ、造りが簡単なのでメンテナンスも簡単。
雨漏りしそうな場所の木の皮を張り替え、新しい芝土を持ってきて被せる。
これでメンテナンスは終了だ。
屋根に巣食った哀れな鳥の巣は取り除けられ、卵は僕達のおやつになる運命だ。
仕方ないね。
「ここからだと、村がよく見えるねえ」
夏の家の屋根からは、場所が標高が高いこともあって僕達の村があるフィヨルドが一望できる。
300人規模の村と言っても集まって住んでいるわけではなくて、親戚など2、3件の家々がフィヨルド全体に散らばっている感じだ。
やや高台にある屋根に船を被せたような形をした大きな村長の長屋敷はよく目立つ。
「浜の船は全部、陸に上げられてるみたいだね」
「そうだな。しばらくは船大工の連中がかかりきりだろう」
ここは漁村なので船溜まりはあるけれど、今は全ての船が陸上に上げられて、船小屋でメンテナンスを受けている。
冬の漁の間についた船食虫や牡蠣殻なんかを落とさないといけないからね。
水密のためにタールを塗り直したりと、船大工は大忙しらしい。
「夫を亡くした妻にも仕事があって良かった」
「そうだねー」
そして船の帆も高級品なので修繕は必須。こちらは自由民の女性や奴隷が担当する。
大きな船の帆は、下手をすると船体自体よりも高いくらいだとか。
よく考えてみれば巨大な羊毛の一枚帆が、全て手織りで手縫いなわけですよ。
100頭とか200頭の羊の毛を使っているらしい。
制作にかかる材料費と人件費を考えただけでも目が回りそう。
なので破れそうなところはひらすら人海戦術で繕い、脂を塗り直す必要があるわけで。夏の間は、寡婦の女性達も仕事には困らなさそうだ。
「あなた―!トール、降りてきて―!ご飯にしましょう!」
「はーい」
屋根から降りていくと、母ちゃんが焚き火で鍋と蒸し籠を使って、手早く大麦パンと冷燻魚と卵とリーキのディル添えの蒸し料理を作ってくれた。
うーん。リーキが美味しい。体が冬の間に不足したビタミンを求めている…。
「蒸し籠って便利よねえ。朝食を作るのがほんと簡単になったわ」
「それにとっても美味しい!」
「そうそう。美味いな」
最近は父ちゃんもすかり蒸し料理を気に入っている。
遠征用保存食であるハードタックの罰ゲームのような硬さの大麦パンを柔らかく食べられる、という点が衝撃だったようだ。
何とかして遠征中に食べられないか、と試行錯誤しているのを僕は知っている。
そろそろ、生石灰反応を利用した蒸し料理を父ちゃんに仕込んでも良い頃合いかもしれない。
父ちゃんに生石灰料理を教えたり、干し草を刈って…。
夏は家のことだけ頑張って、あとはのんびりできるかなあ。
などと、そのときの僕は呑気なことを考えていたのだ。




