第22話 クナトルレイク! 6歳 春
「うー、さむさむ…」
夜のうちに薄っすらと床暖房エリアに積もっていた雪を雪押しで押し出す。
雪押しというのは、取っ手が2本ついて両手で押せる垂直の板だね。
木製だけど雪ダンプとかシャベルと似た道具もある。
朝は相変わらず寒いけれど、だんだんと春が近づいている気はする。
西風炉に火を入れて温めると、床暖房のエリアから湯気が上がり乾いていく。
床が乾いたら、毛皮を敷いていく。
この頃になると、朝の家事を終えたご婦人方がやってきて手伝いをしてくれる。
燻製を干す作業も未亡人の方々に任せられるので、だいぶ時間の余裕がでてきた。
「あーぶぶ」
「ねーねーなにしてるのー」
「もがー」
暇そうにしていると、託児所と化した床暖房エリアで小さな子たちが寄ってきて背中からのしかかり集団で登ろうとしてくる。お猿さんだった頃の本能なのだろうか?
「はいはい。お兄ちゃんのお仕事を邪魔したらだめよー」
「むー」
最近は乳幼児期の本当に小さい子も連れられて来ているので、子供達の面倒を見る担当の女性が交代制でついている。お乳を上げたりおしめを変えたりしないといけないからね。
小さい子は冬空に出しておくと健康になる、という謎の言い伝えと習慣が村にはあって、床暖房エリアは格好の場所らしい。屋内は焚き火のせいで呼吸器に悪影響があるから出来た習慣ではないか、と思っている。
「あー、危ないったら。火に近づいたらだめよ―」
「はーい!」
分かったのか分かっていないのか。返事だけは威勢がいい。
暖かくて栄養が行き渡り元気になったら、じっとしていられないのが子供というもので。小さい子はまあ、エリアから出ていくだけの運動能力がない。女の子は、暖かい場所で木製の人形や器を持ち込んで、おままごとなんかをしている。
問題は、運動能力が高く、手伝いに駆り出されるほどには年齢が高くない男の子だね。つまり僕と同年代の子達がね…。
見ていると、単純な追いかけっこをしている子が多い。下は雪だし厚着もしているしで、多少は転んだところで怪我もしないだろうからご婦人方も放っておいている。
火に突っ込んだり海に落ちたりしなければ大丈夫だろう。
「あー、待った待った。おかーさーん、ちょっととめてくださーい」
どこから持ち出したのか、大人用のクナトルレイクの道具でもって、ゲームを始めようと男の子たち集まりだしたのを見咎めた。
「あっぶないなあ…」
大人用のクナトルレイクの道具というのは、長さがマチマチで1メートル近い先が割れた棒や、硬い木製の直径20cmほどのボールであって、こんなものを子供が使ったら怪我をすること間違いなし。大人だって怪我をするんだから。
遊びを止められて、ぶーぶーと文句を言う男の子たち。
まあ待てって。
「綺麗な干し草を持ってきて。今からもっと良い道具を作ってあげるから」
幸い、村長から巻き上げた革がある。
木のボールを型どって、適切なサイズになるようチョーク粉で線を引く。
「ナイフでカットをお願いします…」
「はいはい。その白い粉、便利ねえ」
「良ければ後で差し上げますよ」
革を切るにはちょっと力が足りないので、大人の女性にカットをお願いしたらチョーク粉に関心を持たれた。細い石や金属のペンの先につけて使えば、チャコペン的な使い方ができるからね。タールなんかと違ってすぐに落とせるし。
「ちくちくちくっとね」
革のカットができれば、あとは干し草をぎゅうぎゅう詰めて革の糸で縫い合わせるだけ。僕はなぜか知らないけど、縫うのだけは得意なんだ。
厚い革も、青銅の針――結構な高級品なんだよね――でグイグイと縫える。
「はい!遊びには、このボールを使ってね」
「うおーすげー」
「なにこれ。やわらけー」
と、渡す前に背が一番大きい子にちゃんと言いつけておく。
「これは村長さんに貰った革で作ったから、村の財産になるよ。遊び終わったら、僕のところに持ってくること。無くすのも持ち帰るのもダメ。壊したら僕が直してあげる。いいね?」
「おう、う、うん」
たぶんご婦人方の中に彼の母親がいるのだろう。
背が大きくてやんちゃそうな男の子も、大人しく頷いてくれた。
それにしてもクナトルレイク、小さい頃から人気あるんだなあ。
それなら、もう少し道具を揃えてあげようか。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はい。これも使っていいよ。管理は同じようにね。なくすのと持ち帰るのはダメ。壊したら直してあげる。使い終わったら持ってくること」
翌日、クナトルレイク用のスティックを24本ほど揃えてあげた。
同じ長さの棒に、革をヒモで巻き付けただけの代物だけどね。
これで多少は当たっても痛くないし、木のササクレが刺さったり、折れた枝で怪我をすることも減るだろう。
24本にした理由だけど、チームが複数に分かれたときに割り切れるようにするため。
ダース単位って、2、3、4で割り切れるから便利なんだよね。
クナトルレイクはチーム人数という概念がないみたいで、団子サッカーのようになって走り回っている。
走り疲れたら床暖房エリアに戻ってきて、くっついて昼寝。
ここもすっかり託児所だなあ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ここに棒を建てといたから、こことあそこがゴールね」
「おーすっげー」
「おとなのしあいみたいだ」
数日後、僕はクナトルレイクのゴールを示す木の柱を立てることにした。
いやね、道具を揃えたせいかクナトルレイクの熱が高まったみたいで参加者が増えて、それはいいんだけどプレーが白熱して西風炉の方まで来るようになっちゃったんだよね。
直火は暖炉になっているといっても、製塩の鍋や料理のスープが火にかけられているから、流石に危ない。
怒ったところで子供達は遊びになると我を忘れるのは目に見えているから、ゴールをつくって上げることでプレーするエリアを限定することにしたんだ。
縦のエリア幅ができれば、横のエリア幅も欲しくなるわけで。
雪かきしてエリア幅の線も引いた。
「この線から出したら、出した相手のチームのボールで再開したらいいよ」
「ふーん…?まあいいか」
「わかった」
エリア外という概念がわかったのかどうか。
ときどきボールが転がってはくるけれど、ボールを追った子供達が製塩所に集団で突っ込んでくることはなくなった。
やれやれ。ようやく平和になったか。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「そっちがボールを出したんだろ!」
「違うね!ボールを出したのはそっちだ!だからこっちボール!」
「なんだと!」
「なにおぅ!」
男子って、ほんと馬鹿よね―。という幻聴が聞こえそう。
問題を解決すれども、次から次へ問題が起きる。
何か集団が集まって喧嘩になっていると思ったら、アウトボールの扱いをめぐってのことだった。
たかがボール遊びで、そんなに熱くならなくてもいいのに…。
「審判は立てないの?」
僕はクナトルレイクの道具を提供しているから、男子たちも言うことは聞いてくれる。だけど、帰ってきた言葉には困惑させられた。
「審判ってなに?」
「なにって…」
審判っていないの?マジで?
大人のゲームは見たことないけど、審判なしでゲームしてるの?
「試合に参加してなくて、揉め事の裁定、つまり正しいかどうか決める人。その人に逆らったらダメな人」
「ふーん?」
これは分かってないな。
「審判というのは、フォルセティ様の仕事一緒だよ。どっちが正しくてどっちが悪いか、試合の中で決めてくれるんだ」
「あーなるほど!」
「フォルセティ様ね!」
クナトルレイクには神事の一面もあるから、神話での説明にはある程度納得してくれたみたいだ。
「で。だれが審判をやるの?」
「えー。むずかしー」
「よくわかんないー」
まあそうか。それはそうだよね。
「じゃあしばらくは僕がやるよ。ちゃんと裁定には従ってもらうよ」
「わかったー」
「はーい」
それから審判をやった。だけど、試合時間って決まってないんだよね…。
全員で一緒のボールをおっかけて走り回り、疲れたら終わり。
これに付き合ってたら仕事が進まんな…。
◯ ◯ ◯ ◯
「今日からは、試合を時間でわけまーす」
「えー」
「どうやってー?」
「これを使います」
木桶に穴を開けた原始的な水時計を造った。
内側には等間隔で線を引いてあり、水位で残り時間がわかるようになっている。
「この赤い線まで水が来たら、角笛で合図をします」
ホイッスルはないので、角笛を家から持ち出した。
「審判の練習もして欲しいから、チームを3つに分けます」
2チームが試合をしている間、1チームは審判とタイムキーパーをするわけだ。
試合に参加していないから中立とも言えるしね。
これでようやく僕も仕事に戻れる…。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そんな感じで子供用具を整備したりルールを決めたりなんかをやってたのだけど。
「がんばれー!」
「パスだパス!」
「いいぞー!走れ走れ!」
漁を終えた父ちゃん達や、母ちゃんも、子供クナトルレイクの試合を応援するようになっていた。
なんで?




