第21話 政治と物理が対立したら
「数字。数字の文化、かあ…」
腕を組みながら悩んでいる。
村の大人衆に数字を教える。あるいは考えてもらう方法はないかなあ。
数字という概念はあるんだよね。冬の間の食料の管理とか消費も数えながらやっているし、家には交易の取引に使う天秤秤もあったから計算だって出来るはず。
ただ、文化として馴染んでいないだけで。
僕は悩んだ末に、とりあえず前日使った薪の数を視える化することから始めた。
「いーち、にー、さーん、しー…結構使ってるな」
といっても、製塩炉の横に使った本数を並べておくだけだけど。
僕の記録にもなるからね。
今のところ、西風炉の燃焼の高効率もあって、使用する薪の本数は樹木の種類やサイズにもよるけれど1時間あたり3から5本ぐらい。
これを朝から夕方の早い時間まで、およそ6時間ぐらい焚いてる。
統計を取らないとわからないけれど平均すると20本強ぐらいになるのかな。
持ち込まれた泥炭は、最近は倉庫に積んだまま乾かしている。
暖房専用になら結構使える燃料なんだけど、燻製には香りが映って使いにくいんだよね。かといって、持ち込む人の経済状況を考えたら受け取らないという選択肢はないし。できれば燻製を作らない時間帯には使いたいんだけど、うまくいかないね。
ところで薪の使用量がすごく多くないかって?
とんでもない!冬の大きめな家で暮らしていたら、一晩で《《一軒あたり》》このぐらいの薪を使うのが普通なんですよ。そうしないと凍えてしまうからね。
だから昼間はできるだけ薪を節約している家が多くて、屋内で凍えている女性や子供も多くいたわけで。
「社交場の温かさがどれだけ有り難いか」という感謝は母ちゃん経由で何度も聞いた。
燃費のことだけを考えれば、床暖房や社交場のベンチはサウナ石に蓄熱される構造にしてあるから途中で焚くのをやめてもしばらく温かいはずなんだけど、製塩と燻製がフル回転している状態なので、ずっと焚いている感じだね。
それもあって、社交場のベンチにずっと座っていると暑いぐらいだそうだ。
今は昼間だけ稼働しているわけだから、理屈の上ではコールドスモーク燻製も稼働時間を増やして対応しようと思えばできはする。例えば2交代制や3交代制にして奴隷を使って夜中もずっと焚くとかね。
「うー。いやだいやだ」
頭を振って、邪悪な考えを頭から追い出す。
僕はそういうのはするのもやらせるのも嫌だからやらない。
奴隷を酷使して豊かになるのは趣味じゃない。
仕組みと商品と設備の力で豊かになりたいんだ。
「やはり大型化。設備投資しか勝たん。だけど大人の事情が絡むよね…」
アイディアをまとめるために、手製のチョーク粉を貝殻に詰めた顔料を石のペン先につけて、床に落書きをしている。
チョーク粉とか偉そうに書いているけれど、ただの反応済みの消石灰の粉だね。これは生石灰の熱反応蒸し料理の試作で使ったものの再利用になる。
貝殻を焼いた生石灰は化学反応を終えると消石灰になるよね。
消石灰は漆喰の材料とかチョーク粉になったりと、捨てるところがない。
棒チョークはちょっと開発に時間がかかりそうだから作ってない。
そのうち作ろう。
今更だけど、村中の貝殻を僕だけが掘れるというのは、大した権利なのではなかろうか。まあ他の人が使わないから、ありがたく使わせてもらうんだけど。
「設備を大型化するとなると、設備の移築も必要だよなあ。村長さんの家の近くにでも置くかな?でも高台に置くと製塩用の海水を運ぶのが大変になるしなあ…」
論理的な筋としては、製塩所も床暖房エリアも燻製場も大型化して比熱を上げるのがいいとは思うんだよね。N乗の原理とかお風呂の法則とかいうやつで、大型化すると体積と比較して表面積が少なくなるので冷めにくくなる。
大型の熱複合施設にすれば、より熱効率が良くなるはず。
ただ単純に大型化すると熱回りが悪くなったりするかもしれない。煙の挙動は設計が難しいし、何より製塩所を大型化すると村で塩作りを担っている既得権者と政治的にぶつかるんだよね…。
けれど製塩所を大型化しないと、そもそも大型化した設備の熱源を大気に捨てて無駄にすることになってしまう。
社交場を移築するとなれば、ご婦人方の意見を調整する必要もあるだろう。
「こういうの、本当は大人に任せたいんだけどなあ…」
大人に任せると、政治的決着に落ち着くのが目に見えいている。
だけど、それじゃあダメなんだ。
政治と物理法則が対立したら、必ず物理法則を選ばないといけない。
それが結局は熱効率の良い炉で安く作れる、という経済原理に従うことになるから。
北方の厳しい自然を相手にしているのだから、厳しく原則を守らないといけない。
「ねえねえ、おにいちゃん、なにしてるの?」
「それなあに?かしてかして!」
「危ない、触ったらダメだったら」
「うー」
床暖房エリアに座りこみ厳しい顔をして地面にアイディアを書いていると、小さい子たちがかまってかまってとわらわら寄ってくる。
「うわー」
なぜこんな状況になっているのかというと。
今の村に起こっていることを順に書き出してみようか。
父ちゃん達は漁に行く。
母ちゃんたちが社交場に来る。
小さい子たちを家に置いておくわけにはいかない。
暖かく目の届く場所に置いておきたい。
ちょうどいい場所がある!
そうですね、つまり床暖房エリアは、今や毛皮が敷き詰められた幼児達の託児所となっているわけです。
僕は製塩所の火の番という仕事があるので隅のエリアを死守したけれど、父ちゃんがアザラシになっていた場所はもう小さな子たちに占領されてしまっているのだ。
「うーん…あ、ちょっちょっと」
僕が腕を汲んで悩んでいるのが面白いのか、厚着をした小さい子たちがよいしょよいしょと集団で僕の上に登り始め、絶えられずに転がったら笑いながら積み重なってきた。
「おかーさーん、お子さんたちがやんちゃしてますよー。おかーさーん」
幼児の押しくら饅頭で動けなくて助けを呼んだのだけど、社交場のご婦人方は笑うばかりで助けてくれない。
いや本当に重いんだけど…。それに暑い。
「ふふっ…ふっ…ふふふっ」」
自分でもよくわからないのだけれど、なんだか笑顔になってくる。
幼児特有の高い体温と乳臭い香りに包まれながら、僕は迷走していた思考の立ち位置を定めることができた気がした。
何のために豊かになるか。
その答えは、ここにあるんだ。
政治が大好きな大人達が何を言ってきたとしても、小さな子供達が温かい場所でたくさん食べて元気に育つ環境を作る。それが最優先。
そのために小さな頭で知恵を絞ることにしよう。




