第20話 じっと手を見る 6歳 春
帰宅後、母ちゃんに昼間会った身分の高そうな女性のことを聞いてみた。
答えは予想通りではあったけれど、やや意外でもあった。
「たぶん、村長さんのところの奥様じゃないかしら。最近、来るようになったのよ」
「え?でも村長さんよりずいぶん若かったよ」
それに何と言うか、かなり上品な感じだった。
蛮族の酋長めいた村長さんとは違って、元からの身分が高い感じがするんだ。
「隣のフィヨルドから嫁いできた、って話だからねえ」
「へー。偉くなると結婚も大変だねえ」
僕は大人になったら村フィヨルドの自由農民身分の、どこかの娘さんと結婚するんだろう。今は体が小さくて全然ぴんと来ないけど、そのうち誰かを家族より好きになったりするんだろうか?
まあ政略結婚とか難しい政治のことは、偉い人に任せよう。
僕は村の暮らしが豊かになれば、それでいいんだから。
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ところで、村の蒸し料理ブームは全く冷める様子がない。
社交場ではご婦人方が、自分でアレンジした蒸し料理を毎日のように披露している。野菜を多めにしてみたり、燻製の魚や卵の切り方や盛り方を変えてみたり。
ハーブやソースに工夫を凝らす人も多いそうだ。
「なにあれ…知らんぞ…」
工夫や改良が進んでいるのは、メニューだけではなく、蒸し料理の道具へも改良が進んでいる。
父ちゃんが造っていた木工の簀子は、鍋のサイズにピッタリ合わせたものや、くるくると巻きとって保管できるような随分と洗練されたものが出回るようになり、母ちゃんが鍋に被せていた木の皮の籠も、サイズや形状、縁取りを鍋に合わせた専用のものらしき道具へ改良が進んでいた。
「やる気ある人間が集まって協力する力って凄いなあ…」
たぶん、各々のご家庭では妻君に尻を叩かれて木工に勤しむ夫君がいるのだろうけれど、家庭内で夫が頼りになるところを見せる良い機会だと思って頑張っていただきたい。余計な仕事を増やしやがって、僕を逆恨みはしないでもらいたいものである。
「ねえ母ちゃん、新しい料理って楽しい?」
今夜も家で蒸し料理の改良に余念がない母ちゃんに聞いてみた。
人は様々だから、新しいことが好きな人も入れば、そうでない人もいる。
村に新しい料理を生み出したと見られている母ちゃんも、楽しいことだけではないかもしれない。
そんな僕の心配に、母ちゃんは別の方向から答えた。
「今年の冬はね、村の女も子供も、誰も飢えたり凍えたりで亡くなる人がいないのが良かったわねえ」
母ちゃんの言うには、村には何人か夫を亡くした未亡人の家があって、親戚でもなければ、どうしても目が行き届かないこともあるという。
それが社交場が出来てから、互助の形が随分変わったという。
とにかく泥炭でも貝でもいいから社交場の共同倉庫に納めれば、日が出ている間の食事は保障されるし、凍えることもない。
「少しだけど、塩を持たせてあげることもあるの」
ああ、それでか。家に積み上げている塩の在庫が減っていることがあったのだけれど、料理の試作にでも使っているかと思っていた。
「子供が亡くなるって、とっても哀しいことだものねえ」
母ちゃんは、僕の上の2人の兄を略奪行と病気で亡くしている。
しんみりと言う母ちゃんに、僕はかける言葉を持たなかった。
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僕は子供だけど、出来ることはある。
豊かな村の暮らしを実現するために、問題を見ないフリは寝覚めが悪い。
皆が豊かじゃないと、僕が楽しくないのだ。
まずは母ちゃんに教えてもらって、未亡人の人達に仕事を斡旋することにした。
コールドスモーク用の魚の加工及び干す作業を手間賃を払っお願いするのである。
ちょっと最近の蒸し料理ブームがすごすぎて、コールドスモークされた魚介類の提供が全く間に合っていないので手伝いは大歓迎。
僕はまだ背が低いし、手も短いので魚の処理も干すのにも難儀していたのだ。
とはいえ、根本的に生産量が少ない、という課題は残ったまま。なにしろ村にあるコールドスモーク用の設備が、製塩所に併設された小さな実験用の小屋だけだからね。
来年には専用の大きな施設を建設しよう、なんて話まで民会で出ているらしい。
でも僕は専用施設の建設には断固として反対の立場なんである。
せっかく製塩炉と床暖房と社交場と燻製場の複合熱回収システムを構築したのに、単独の施設にしたら熱効率と燃費が悪くなって、結局は製品価格に跳ね返って、皆に広く食べてもらえなくなるじゃないか。
だけど、村の衆には、なかなかこの種の経済的な意見は理解されないんだよね…。
熱効率とか燃費とか人件費とかね…数字を読み書きできる人が少ないというか皆無というか。そもそもが数字で考えるという習慣が根付いていないんだ。
どうやって説得したものだろう?
僕が筋力ムキムキの偉丈夫で村の権力者なら命令一つで何とでもなるんだろうけど…・
じっ、と小さく白く頼りない手の平を見る。
早く大人になりたいなあ。




