第18話 急がば回れと回りすぎ 6歳 春
製塩所に、ご婦人方の暖房つき社交場が併設されて数日後。
毎日のように大勢のご婦人方が集まっているので、当然のように噂になったのだろうか。村長さんと取り巻き達が視察に来た。
今回は私用として様子見に来たことを示すためか、装身具などの格好はそこまで仰々しくはなく、取り巻きも数人と少なめで歩きでやって来た。
父ちゃんは漁に行き、母ちゃんもエリン姉もお喋り中なので、必然的に僕が対応することになる。
「どうも。こんにちは。今日はどのようなご用件で?」
「う、うむ。村人から妻たちが集まっている場所ができたと聞いてな。それでこれは…」
「はい。ご婦人達の社交場です」
「社交場?」
「はい。集まって話して仕事をする場所です」
「なんだそれは?」
「なんだと言われましても…」
僕としては、それ以外に答えようがない。
社交場は社交場だよ。
「しかしだな、家の仕事をするべき妻が外にいるというのは…」
「糸紡ぎの道具は持ってきていますね。家で1人で仕事をするよりは、明るい場所で協力しながら作業するほうが仕事が捗るそうです」
「う、うむ。だがな…」
「わかりました。では村長さんから、ご婦人方に家に戻るよう説得してください」
「ぬうっ…」
僕の背中越しに村長さんへ向かって、物凄い眼力が突き刺さっているのを感じる。
ひょっとすると、村の最高権力者としては、勝手に公共施設を造った僕達に何かの難癖をつけたり、もの申したりをしたかったのかもしれないけれど、奥様方のとても強い視線に睨まれたせいか、何かごにょごひょと口の中で呟いただけで退散していってしまった。
「あれ、村長さん来てたの?何しにきたのかしら」
「うーん…何もしないことを確認しにきたんじゃないかな」
「なあに、それ。変なの」
エリン姉は首を傾げていたけれど、僕には村長さんの気持ちがわかるよ。
ここで何かいちゃもんをつけたり、万が一女性の社交場を取り上げる、とでも主張しようものなら、文句は100倍になって返ってくるからね。家の中でも肩身はずっと狭くなるだろう。
さすが村一番の権力者だけあって、民意の強い風向きには聡いようだった。
それにしても。もともとの僕の計画としては、厳冬の漁に出ている父ちゃんにせめて温かい飲み物、懐炉、食べ物などをあげたいと思っていろいろと頑張っていたはずなんだけど、気がついたら母ちゃん達の自助グループが出来上がっていたわけで。
「なんだかなあ…」
僕がやりたいことの基盤を整える、という意味で論理的に正しい道のりを辿っているはずなのだけれど、村の文化に与えた影響が大きすぎやしないかな?と少しだけ疑念がかすめたりもする。
「まあ、いいか」
僕は子供なんだし、村の運営の難しいことは父ちゃんや村長のような大人が何とかしてくれるだろう。
そう思うことにした。
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「それじゃあ、薪だけど、これを使って」
「あ、どうも」
「魚を持ってきたの。スープに使って」
「ありがとうございます」
僕は怖いから社交場の運営にはタッチせず、製塩所の余熱を使って沸かした松の葉茶や、長時間煮込んだ貝や魚のアラのスープなんかを、社交場のテーブルにときどき出すようにしていたら、自然発生的に社交場の利用者が、薪やスープの具なんかを持ってきてくれるようになった。
だいたいの相場は、日の出ている数時間の利用で、薪1本、もしくは泥炭2本。魚一尾、貝を一皿、野菜数本とか。
例え貧しい家であっても泥炭を掘ったり、貝ぐらいは浜の岩場で採れるわけで、特に負担になるような量でもない。持ち寄った薪も食材も基本的には彼女たちに還元されるし、何も持ちよらないばかりだと居た堪れなくなる、という村社会ルールと圧力のおかげもあって、社交場の運営は赤字になることなく回り始めていた。
ちょっと回りが良すぎて暴走気味になったりもするのだけれど。
「うん…?あれ?小屋が…できてる…?」
ある日気がついたら、どこの旦那衆が動員されたのか、社交場の近くに小さな屋根付きの薪と食材を置く棚が出来ていた。
ちょうど良いから、製塩場で毎朝出来る氷を箱に詰めて、魚や貝はその中に入れてもらうようにもした。
ちょっとした共同倉庫の誕生だ。運用が軌道に乗っている証拠でもある。
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ところが、小さな共同倉庫運用はすぐに破綻の危機に陥ることになった。
漁期のためか、利用者が納める魚多すぎて溢れそうになってきたのだ。
「おかしい…なんでこんなことに…」
ということで、僕は慌てて、ひいひい言いながら燻製小屋を開けて、懸命に魚を処理してコールドスモークにしている。
スープ提供での消費を遥かに上回るペースで納入される魚を速やかに保存食へ加工するため、のんびり火の番をするだけで良かったはずの僕のホワイトな仕事環境は、ブラック労働の気配を帯び始めていた。
なにしろ燻製小屋の方も、テスト用に建造した小さな小屋に過ぎないので、魚を十数尾も吊るせば満杯になるから大変だ。適正な燻製時間を測りつつ、とにかく回転率重視で燻製を量産し続ける
共同倉庫にも入らなくなってきたので、仕方なく家の方にも収納している始末だ。
「うーん…社交場利用として納められたのものを家に置くのは良くないなあ…」
まるで僕が横領しているみたいじゃないか。
私有と公有の区別がハッキリしていた現代社会の倫理が僕を落ち着かなくさせる。
置き場所もなくなってきたし、そろそろ解禁の時期もである、と自分を納得させて、いよいよコールドスモーク製品を、ご婦人方にお披露目をすることにした。
いつもスープを提供しているのと同じように、お喋りと糸紡ぎ作業をしている社交場のテーブルへ、木皿に載せて提供していく。
今日のメニューは、飴色のコールドスモークサーモンの開きの玉ねぎとディル添え。ディルというのは、魚のハーブと言われる魚によく使われるハーブだね。
新しいのは、コールドスモークだけじゃない。なんと新開発の ―― 僕が枝と糸で造っただけなんだけど ―― スノコで蒸した熱々の料理でもある。
熱くて柔らかい燻製、という新技術を組み合わせた新食感料理が受け入れられるかどうかの試験なのだ。
まずは、見た目にものいいがついた。
「あら…変わった色をしているわね」
「サーモンを開いて燻製にしてあります」
コールドスモークされたサーモンは燻製よりも薄い飴色の輝きを持つようになる。
ピンクの生の色か焼いた茶色しか目にしたことのなければ不思議に映るだろう。
ご婦人の1人が、持参したテーブルナイフでサーモンをつつくと、ほろりと身がほぐれた。
「…っ!燻製なのに、すごく身が柔らかくない?」
「とても低い温度で長時間燻製にすると、固くならないんです」
「これで火が中まで通ってるの…?すごい工夫ね…食べてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ。感想を聞かせてくださいね」
「じゃあ遠慮なく…!」
そこからは速かった。
テーブルに置かれた大きな皿の燻製サーモンにナイフが次々に突き立てられ、ほんの短時間の間に、ご婦人方の口から胃の腑へと消えていってしまった。
よし!成功だ。コールドスモークも、蒸し料理も十分に受け入れられるだけの素地はある。
僕はテーブルの下で小さく拳を握った。
「すごく美味しかったわね…燻製なのに優しい塩味で香りもいいし…」
「生のサーモンを石焼きにしたときよりも、美味しかったんじゃないかしら」
「そんな感じするわよね。脂に美味しさがギュッと閉じ込められてる感じというか…」
「でも燻製ってことは、あれは保存食なんでしょう?それがこれだけ美味しいって凄いわね」
「ほんとうに?あの味を保存できるの?噛み応えが取り柄の燻製が?生きている魚を保存できるようなものじゃない!?」
満足気に忙しなく感想を語り合い、ナイフと口を拭っているご婦人方へと、僕は全力の笑顔で語りかける。
「もし良かったら、今の料理の材料の提供と調理方法をお教えしますが…?」
まるでロキのような笑顔だった、と後でエリン姉には言われた。




