第16話 いいものだから広まるなんて 6歳 春
「いいものだから広まる、などというナイーブな考えは捨てろ」と遥か未来のパスタのカリスマが言ったとか言わなかったとか。
広めることの難しさを語った名言だよね。でも今は、そもそも広める前の段階だったりする。
6歳の子供がゴミ捨て場から火を使わない熱を作りました。
「うーん…魔術師!」
字面だけ見れば、明らかに魔術師。
家族の反応を見ても、よほどに気をつけて広めないと僕の身分が危ない。
どうしてもダメだったら、時期が来るまで隠すという転進も考える。
「温める、飲む、食べる…。どうしたものかなあ」
それと、活用方法もまだまだ考えないといけない。
生石灰の反応熱は確かに火を使わないという点で画期的なんだけど、火を焚くことに比較すると熱量も温度は大して高くないんだよね。
生石灰の反応熱で、紙ぐらいは燃えることがあることもあるらしいけど、薪に火をつけたりはできないし。
生石灰の反応熱を安全に利用しようと考えると、生み出せる熱の量が少ない、と定義することもできるかもしれない。
理屈は詰められた気がするから、あとは実践とテストあるのみ。
幸いにも、今の僕は家内制製塩業の火の番という役職しかないので、鍋や道具を自由に使う権利も時間もある。
床暖房で温まりながら試作に耽る、という贅沢が許されている身分なのだ。
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「うーんイマイチ。時間がかかり過ぎるな」
試しに、陸上で二重鍋方式でスープを温めてみた。
外側の鍋に生石灰で温める用の水を張り、内側の鍋にスープを入れる。
そうして外側の鍋に生石灰を入れながら熱量を見ていく方式だね。
「なくはない。冷たいスープに比べれば、たぶんマシなんだろうけど…」
結論として、温い。美味しくない。
こんなものを船上で出されたら士気が下がる。
スープの美味さの8割は温度だ。
けれど外側の加熱鍋に、かなり頑張って生石灰を足し続けないと温度が上がらない。
そこまでやっても、内鍋のスープが温い。熱々にはならないんだよね。
たぶん熱伝導とか保温を根本的に見直さないとダメな気がする。
考えてみれば、やってることはチョコレートの湯煎と似たようなものだからね。
そもそも熱く出来る筈がないんだ。
「これは、飲み物を温める案も却下だなあ」
たぶん水の熱容量の大きさが、温まりにくいという方向に働いているんだろう。
船上で少ない熱源で温めるよりは食器の保温を工夫して、地上で限界まで熱くしたものを温かく飲食できる時間を増やす方向に技術を伸ばすほうが有益な気がする。
「おっ。こっちはいけるね」
一方で、懐炉の調子は良い。
生石灰を詰めた石鍋に木で蓋をして、蓋には穴を開けておく。
蓋が開かないように布と縄でグルグル巻きにする。
穴から水を垂らすと熱くなる。反応が終わっても石と布で保温されている。
温度が下がってきたら、また水を垂らせばいい。
投入する水以上には化学反応が起きないから、うまく制御できれば船の上でも長時間の保温に使えそう。
実際に使ってもらう際には、生石灰入りの蓋をした石鍋に水を投入する専用に容量を制限した小さな柄杓をセットにつけたらいいだろう。
冬の漁で凍える父ちゃんの手指を温めるのに役立ってくれると良いなあ。
そして最後の候補である、蒸し料理への応用なんだけど。
「これも難しいんだよなあ…」
僕は思わず頭を抱えた。
意外なことに思われるかもだけど、村には蒸し料理の伝統がない。
母ちゃんは料理が得意だろうし実際美味いんだけど、びっくりするぐらい蒸し料理が出てこないんだ。そもそもレパートリーに存在してないみたいなんだよね。
今日の実験用に家中の鍋をひっくり返して探したんだけれど、蒸し料理用の調理器具は影も形もなかった。
単なる仮説なのだけれど、そもそも蒸し料理は綺麗な水が少なかったり、燃料が少ない環境でも美味しく手早く調理するために生まれた調理方法だと思うんだ。
だけど、北方《地元》は、綺麗な水と燃料だけは豊富にある。
蒸し料理よりは体が温まる煮込み料理とか、焼きものとかが好まれるんだ。
一方で、船上では水も燃料も貴重品になる。だから蒸し料理は船上調理にピッタリな料理方法だとは思うんだよね。
問題は、蒸し料理ってなに?と村の皆が思っているわけで。
「美味しい蒸し料理を開発して、広めないとダメなのかあ…」
考えてみれば、昭和の調理家電を売る際には、販売員が奥様を集めて調理会とか食事会とかをやって、家電でなく料理を売り込んだらしいからね。
未来の事例に倣うとしますか。
そうして、途方に暮れた。
「…そもそも、どうやって村の奥様達を集めたらいいんだろう?」
6歳の子供の僕が魔術師扱いされずに、どうやって?




