第14話 温かい床 6歳 春
おわび:年末から正月は家族も次々に倒れてました。本日より更新再開します
年が明けて、暦の上では春になり僕は6歳になった。
エリン姉は9歳。そろそろ、大人が見えてくる年頃だね。
相変わらず雪深く外は凍える寒さが続くけれど、太陽が出ている時間は長くなってきている。
我が家は、村長の許可をうけて塩作りを本格的に始めた。
炉を少し大型化して、煙突は改良して高くしつつ煙を流せるようにも作った。
製塩炉から熱い煙を流す先は、今回最も力を入れた煙トンネルの熱を利用した石蓄熱床暖房だ。
構造としては、製塩炉から出た煙が地下の石トンネルを通り4メートル四方ほどの石と漆喰で固めた床下に、グネグネと石の煙トンネルが通っている。
熱された煙が長く屈折した石のトンネルを通りながら、熱が石に徐々に伝わって蓄積されていくわけだね。
熱で床下を温めるオンドルよりは、レンガや石に蓄熱するロシア風ペチカとかに近い原理と言えるかもしれない。
工事は大変だった。主に父ちゃんがね。僕は口を出していただけ。
小さめのテスト版として建築を開始したのだけれど、そこらの掘っ立て小屋を作るのとは基礎からして全然違う。
しっかり掘り下げて、石を敷いて漆喰で固めて、煙の迷路を作るように床を支える壁を石と漆喰で作ってから、上に平たい石を被せて漆喰で埋めるという、この規模ではちょっと考えられないぐらいの大工事だ。
おまけに排水やメンテナンスを考えた水抜き穴や掃除の穴も開けないといけない。
これには、またまた父ちゃんの勘と腕力が大活躍した。
村長が奴隷を出そうか、と申し出てきたけれど、まだまだ試行錯誤が必要なので、と父ちゃんにはすまんけど断ってもらった。
言葉が通じない人に手伝ってもらえるほど、指示する側もノウハウが溜まっていないんだよね。
煙道トンネルの密閉が不十分だと――実際、工事中に煙が何度も漏れたので漆喰で塞いだ――上がってきた煙で窒息する危険だってある。
それでも、製塩炉と床暖房は作ってよかった。
それだけの価値はあった。
煙トンネル熱をサウナ石で蓄熱した床暖房は、毛皮をしいて座っているだけで暖かい。周囲に木の柱を建てて木の枝を組み合わせた防風壁をつくれば、ちょっとした東屋の出来上がりだ。
塩造りの待ち時間は、ここでノンビリと海を見ながら待つことができる。
母ちゃんとエリン姉なんて、晴れた日には家から道具を持ち出して、糸紡ぎをずっと床暖房の上でやっている。暖かいし明るいから、作業がしやすいんだとか。
「うーさむさむっ!アーシルド《母さん》スープをくれ。」
「はいはい。先に袖の糸を取りますからね」
朝から漁に出ていた父ちゃんが海から上がってきた。
防水のために縫い付けられていた羊毛のセーターの袖口を、母ちゃんが小さなナイフで切ると、待ちかねたように海水で濡れた手袋、靴、靴下を脱いで暖房床に並べていく。
「はー。暖かい。生き返るな…これは」
父ちゃんがアザラシのように床暖房に裸足で腹ばいになっている。
勇敢な自由民の精鋭戦士も暖かい床という文明の利器の前には型無しだ。
「これは…家の中に欲しいな」
「だめだよ父ちゃん。今の造りだと火事が怖い」
「そうか…そうだな」
寝転んだまま、父ちゃんが残念そうに呟く。
工事のノウハウを蓄積しないと煙道トンネル暖房床の運用は、まだまだ怖い。
暖かくなったら基礎の永久凍土が溶けて床が崩れるかもしれないし、排水路を設けてるつもりだけど雪解け水で浸水したり、煙トンネルが潰れるかもしれない。床の漆喰が不十分で煙が漏れたり、掃除用の穴が不十分で、どこかで煤煙が詰まってしまうかもしれない。
いろいろテストしながら2シーズンぐらいは今の場所で改良したいところだね。
「やっぱり、船は寒い?」
「ああ。そうだな。寒いがタラ漁のシーズンだからな。仕方ない」
フィヨルドの中にまでタラが回遊してくるので、今はタラ漁のピークだ。
うちは塩作りをしているので一部の作業を免除されているけれど、船上から樽詰めのタラが水揚げされると、浜ではタラを割いて干す作業で村中の人が繰り出して大わらわになる。
雪や雨に濡れないよう屋根のある場所に干されたタラは、特に塩を振らずとも北の寒風にさらされて何年も保存できるカチカチの身になり、棒タラという商品として取引される。
もっとも、棒タラは塩を使わず安く作れる代わりに、あまり高くは売れない。
食べられるように水につけて戻すのも大変だ。
「船で火が使えたらいいのにね」
「それはダメだ。防水に使っている羊毛とタール、帆は羊毛に脂が塗ってある。火を使ったら、あっという間に燃え上がってしまう。船で火を使ってよいのは、貴族を葬るときだけだ」
「船を燃やしちゃうの!?」
僕と父ちゃんの話を横で聞いていたエリン姉が驚いていた。
「ああ。貴族が天国でも困らないようにな。長船に剣や鎧と一緒に積み込んで葬るんだ」
「はえー。お金もちだねー」
長船とは地位を示す財産であり、戦、漁、交易にも使える使い勝手の良い資産である。村同士の小競り合いの接舷戦闘においても、相手を殺傷することはあっても長船を燃やすことは滅多にない。奪って自分たちで使いたいからだ。
それだけ貴重な資産だからこそ、死後の世界でも暮らしに困らないよう、貴族を葬る際には長船に遺体と副葬品を積み込んで燃やすわけだね。
「とにかく、それぐらい船の上で火は怖いんだ。天国へ行くにはまだ早いからな」
「それでも、せめて温かい飲み物でもとれれば良いのにねえ」
「うーん…難しいね」
魔法瓶の制作は僕の技術力では手に余る。
薄い筒状の金属の二重の壁の間を真空にする加工なんて、どうやったら実現できるのか想像すらできない。
あるいは、懐炉とかどうだろう?温石を布に包んでもすぐ冷めるからダメか。
火を使わずに温かい食べ物や飲み物…火を使わずに…あれ?
「…思いついたかもしれない」
「なにが?」
エリン姉が、ちょっと疑わしげな目で僕を見つめている。
大丈夫、魔術じゃないから




