第13話 トールステイン大王伝記 黎明の章
北方の征服王トールステイン。
彼の偉大な事跡は上級ルーン文字にて記された大王のサーガに始まる。
現代のオスロ国立博物館に残る「大王のサーガ」の写本には、大王がその誕生からして偉大な王であったことが勇壮な調べで謳い上げられている。
以下、大王のサーガより該当箇所を引用する。
聞け、北の風に耳を澄ませよ
古の氷と炎の記憶が、トールステイン大王の名を囁く
彼は母の胎内に宿る前より、王たる運命を背負っていた
アスガルドの神々は、その魂をミョルニルで打ち、オーディンの槍で穿ち、
フレイの黄金の穀物で満たした
生誕の夜、空は裂け、北の光が剣の舞のごとく閃いた
トールの雷が九つの世界を震わせ
鎖に繋がれたフェンリルは、恐怖に喉を震わせ、遠く吠えた
産声をまだ上げぬ幼子は、すでに太陽の欠片を身に纏い
乳母はその輝きに目を焼かれ、手を翳した
光は屋根を透かし、壁を溶かし雪の村全体を白銀の炎で包んだ
人々は戸を押し開け、外に立ち、息を呑み、叫んだ
「神の子が生まれた。王が生まれた。」
幼子は立ち、歩み、冬の海よりも深き声で宣言した
「我はトールステイン 神々の定めにより、この北の地を統べる王なり」
その言葉に、父は膝を折り、母は額を雪に擦り、集いし民は一斉に地に伏した
トールステイン王は、知恵の泉を惜しみなく人々に注いだ
ある厳冬、村人が嘆いた
「王よ、塩なくば魚も菜も腐り、子らの頬は飢えに痩せておる。」
王は静かに海を指した
「塩は大海の血なり。」
指先が波を示すや、海は咆哮し、空へと立ち昇り、白き雪のごとき塩を降らせた
屋根は埋まり、道は白く、雪か塩か、区別もつかぬほどになった
また別の冬、村人が再び嘆いた
「王よ、薪なくば炉は冷え、子らの指は霜に凍えておる。」
王は岸辺を指した
「薪は波の贈り物なり。」
指先が岸を示すや、流れ着いた枝は自ら立ち、絡み合い、塔のごとく積み上がり、
家々を満たし、戸を塞ぐほどであった
人々は斧を手に、薪の海を泳ぐがごとく出入りせねばならなかった
民はますます畏れ、幼き王の前に跪き、雪に額を擦りて懇願した
「我らの王よ、この村を、どうか治めてくだされ。」
トールステイン王は、静かに頷き、北風よりも冷たく、炎よりも熱き声で告げた
「よかろう。今より、この地を我が王国の礎とする。」
その瞬間、雷が天を裂き、
トールがミョルニルを振り上げ、
北の光は再び剣となって舞い、
神々の笑いが雪原を渡った
かくして、トールステイン大王の治世は、永遠の氷と炎の歌とともに始まったり
以上。引用終わり
14世紀のフランスの歴史家ジャン・フロワサールは北方統一王国の友人に宛てた書簡の中でトールステイン大王の事跡については「サーガと伝説に彩られた時代であり、正確に何が起きていたのかは、上級ルーン文字で記されたサーガ以上のことを知ることは難しい」としながらも、同時期に北方で極めて強力な体制を打ち立て、当時のキリスト教圏にとってイスラム教徒以上の脅威となったことを認めている。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
チャイムが鳴り、授業が終わると学生たちはがやがやと私語を始めた。
スクールの後のクラブ活動や帰宅する学生が教室から足早に出ていくのに混じり、ルーカスとリアムは互いのスマホのゲームアプリを対戦のために立ち上げる。
「いやあ。授業のあれ、あり得ないでしょ」
「だよねえ。昔の人は何でも大げさだから」
歴史の授業、とりわけ北欧史は退屈だ。
偉大なるトールステイン大王とやらの偉大な業績は、地元の最大の英雄として小学生の頃から何度も何度も聞かされ続けてうんざりしている。
それよりも最近のルーカスと友人のリアムにとって最大の関心事は、女の子といかに親しくなってデートを取りつけるか。それと、対戦ゲームアプリ〈 eクナトルレイク〉のガチャでどんな選手カードをピックアップして強いチームを作れるか、なのだ。
「この日のためにチケット貯めといたからな。よし来い…来い…黄金選手カード来た!SSR!能力値が92!ガナードよ、フロントラインは任せた!」
「えーっ!マジかよ!」
ルーカスとリアムは、他の下校する生徒と混じり、じゃれ合いながら駆けて行った。
低く灰色の雲が垂れ込めた空からは、また雪が降り始めていた。
1章 了
次回から、またトールステインの物語に戻ります。
作者です。本作は「文化勝利」という少し変わったゴールを目指しています。
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