第110話 少年戦士隊の発足 7歳 夏
「なんて勇敢な子達なんだろうねえ!将来が楽しみだよ!」
「正直なところ、クナトルレイクなんて男衆の遊びだと思ってたけど、ものの役に立つものなんだねえ」
「だけど、狼が一頭だけだったんだろう?群れできたら、どうするんだい?」
「熊だったら怖いよねえ。それに他の村から襲撃なんて来たら!」
「民会のときの襲撃は、ご法度でしょう!」
「そうだけど、頭のおかしい奴等はどこにでもいるからねえ」
はぐれ狼の襲撃と勇敢な少年達による撃退の翌日。
社交場のご婦人方の話題は、少年達への賛辞と襲撃への不安とで沸騰していた。
子供たちの親御さん、昨日はあんなに叱りつけていたのに勝手だなあ。
まあ、喋ることで少しでも不安を解消できるなら、それもいいのかもしれないけど。
「たぶん、こういう効果も計算していたんだろうなあ」
村長婦人が今の時期に社交場を開放したのも、男衆が不在時に少しでも身を寄せ合って安心を得たい、という村の女衆の感情を汲み取ってのことだったのかも。
村の統治とか政治は、そうした民草の感情の機微を感じ取らないとやっていけないのだろうなあ。僕の苦手な領分だ。
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「そういうわけで、村の人達は不安を感じています。村の警備体制の整備は急いだ方が良いと思います」
「そうでしょうね。それでトール。あなたの案は?」
平民の子供の僕が考えることだろうか、という疑問は今更か。
戦闘に慣れた大人の男衆がいないのだから、村の女衆に任せるよりはマシな僕という選択肢を使い倒すのが村長婦人の決定なのだろう。
「ええと、大まかに考えると村はこういう形をしています」
僕は村長婦人の私室にある大きな黒板に、大まかな村の地図を描いた。
「フィヨルド沿いの家々を、5つの地区に分けます。各地区の少年達を選抜して、6人1組の少年戦士隊を組織します。また、各少年戦士隊から1人のリーダーを決めて、報告連絡はリーダーを介するようにします。
少年戦士隊には、地区にいるはずの年齢が理由で今回の遠征に同道しなかった戦士を、相談役としてつけます。相談役からも適宜報告を受けるようにします」
エリア別に戦士隊を置く警備方式を提案する。
子供の徒歩で回れる限界もあるし、警備すべき人や家畜は担当地区に存在するのでエリアを区切って警備するのは合理的なはずだ。
「なるほど。長屋敷を中心した地区と、フィヨルドの対岸で2つずつに分けるのね。それで5つの地区、と」
僕が地図に書き込んだ大まかな区割りについて、村長婦人は頷いた。
たぶん村には身分とか政治的力関係とかで定まっている行政区分が別にあるのだろうけれど、今回はそれを無視するしかない。
戦力が子供しかいない、という緊急時なので、軍事的合理性以外の事情は汲む余裕がないのだ。
「はい。それと装備も支給します。例え練習用の子供クナトルレイクの盾であっても、あるとなしでは大違いです。狼の牙でも1回や2回は防ぐことができますし、盾壁の隊列を組めば、こちらを大きく見せることもできます。盾を叩いて威嚇すれば、獣が恐れる効果も期待できます。投石用の石を入れた袋の携行も義務化しましょう」
子供用のクナトルレイクの盾を、警備の子供たち全員に支給する。
損耗も考えて、多めに製造もする。幸い、子供用の盾ぐらいなら専門の木工職人でなくとも作ることはできるだろう。
「連絡用の角笛も全隊に支給して、合図を決めておく必要がありますね。今は緊急事態の合図しかありませんが、できれば事態の種類も知りたいです」
「あまり複雑なことをしても混乱するだけでしょう?吹くのは子供ですよ?あなたとは違うんですから」
「それはまあ…そうなんですが…」
僕は村長婦人の正しさを認めざるを得なかった。
角笛を吹くだけでの合図には情報量の限界があるけれども、そもそも吹けなければ合図にならない。
まずはどんな時でも角笛を吹けるよう訓練するだけで限界かな。
通信手段の拡大は今後の課題としよう。
今、手を付けられる話じゃない。
「とにかく早急に人を集めて、地区のリーダーと相談役だけでも決めるべきです。警備を始めるにあたり、合同で訓練もしましょう。その場で特別投擲種の選抜もしたいです」
「例の、目の潰れる粉を投げる子を決める、ということね」
「はい。せっかくなので競技会のような形で的当てを競わせて、優秀者には賞品でも出すのが良いと思います」
「そうね。村には少しでも楽しみが必要でしょうから」
選抜投擲者用には、競技用よりも眺めの杖を特別に用意しようかな。
生石灰の投擲前に風向きがわかるよう、細長い布をリボンのようにつけても良いかも知れない。
「競技会では、目が潰れない粉の方を使います。クナトルレイク用の皮のボールに、競技場の線を引くための粉をつければ、的のどこに当たったのかもわかりやすいでしょう。
いくつか競技部門を作ってもいいですね。遠くまで投げる遠投部門、的に当てる正確さを競う部門、走ってから的当てをする部門とか。賞品をたくさん出せたほうが、参加者もやる気がでるでしょう」
どうせ人を集めるなら、楽しくやった方がいいからね。
男の子は的当てとか競争とか大好きだし。
お祭りになれば、女衆の不安も少しは紛れるだろう。
「トール。あなたは本当にいろいろ思いつきますね。フギン様のご加護ですか?」
「いえ。これは思いつきというか…ちょっと考えただけです」
「考えただけで、それだけの考えが出てくるのは大したものですね。それで。的当て競技には女の子も参加できるのですか?」
村長婦人の問いには、僕も意表を突かれた。
女の子の参加、か。
「それは…考えてもみませんでした。警護隊には男の子だけを充てるつもりだったので」
「狼たちが来れば、女たちも戦わないといけないのは同じですよ。獣は女だからと容赦などしません。そのとき農具で立ち向かうよりは、棒を使って石を投げられるようになった方が心強いのではありませんか?」
「たしかに…仰言る通りです。女性部門も大会を行いましょう」
今は非常事態なのだし、あんがい女性たちの中から意外な才能を持つ人が出てくるかも知れない。エリン姉も出たがるだろうなあ。
「それと、騎馬による巡回なのですが、長屋敷を境としてフィヨルドを2つに分けた地区を警備担当としてはどうかと思います。僕と姉がこちら岸、シグリズ様がむこう岸。基本的には少年警護隊の担当外となる隙間のエリアを見て回ることを仕事にします。また警備のリーダーを訪ねて何か変わったことがないか報告を受けるものとします。
問題は、シグリズ様はともかく、僕と姉に報告する形になる地区のリーダーが不満に思わないかどうかなのですが…」
「トール、村であなたに不満をもつ男の子などいませんよ。自信を持ちなさい」
「はい…まあ、そう仰言るなら…」
平民の子供の僕を頂点とする報告体系が存在しても不満がない、という現状はどうなのだろうか?政治的にはかなりの問題なのでは?
「あとは…少年戦士隊の戦歌も決めてあげると良いでしょうね。戦歌を歌いながら見回りをすれば、士気も上がりますし、隊の決め事も忘れないでしょう」
行進には歌が付きものだからね。
それぞれの少年戦士隊にも、格好いい名前をつけてあげたいね。
いっそ自分たちで決めさせるのもいいかな。
「トール…あなたは本当にいろいろと思いつくのですね?」
一連の提案を聞いて、村長婦人は呆れたように首を振った。




