第108話 流行は風のように 7歳 夏
北方の夏の夜は、晩御飯を食べてから寝るまでの時間も明るい。
それで各自が手仕事をしながら、いろいろと話をする。
話題は、どうしてもこの場にいない父ちゃんのことが中心になる。
「父ちゃん、そろそろ向こうについて試合の準備してるのかなあ」
「そうねえ」
「きっと、クナトルレイクの試合前に、お酒飲んでるんじゃないかしら!」
「男衆は女が見てないとお酒を飲んでばかりだものねえ」
飲酒に関しては、男衆は全く信頼されてないな。
試合の景気づけに持たせた薬草蜂蜜酒の樽は、ちゃんと試合前に飲まれているだろうか?往路で飲み干しちゃいました、なんてことになっていなければ良いけれど。
家族と父ちゃんの話をしながら、僕は手を動かす。
ちくちくちくっとね。
「はい出来た」
「トールの縫い物って、いつ見ても速いわねえ。それに縫い後が丁寧」
「エリン姉も頑張れば出来るようになるよ」
昼間に約束したとおり、エリン姉のスカートにポケットを縫い付けた。
チート能力に任せれば軽いものである。
「それがスカートポーチ?トグルボタンで閉じられるのは便利そうねえ」
母ちゃんもスカートに縫い付けたポケットには関心があるらしい。
「母ちゃん、ポーチにいっぱいもの入れてるもんね。いったい何入れてるのさ?」
「なにって、針と糸、針ケース、小さい当て布、小さいナイフ、火打ち石、ビーズ、糸紡ぎ用の紡錘…ハーブの種とか」
母ちゃんがポーチから、ものを出しながら数え上げていく。
女衆のポーチって、なんでそんなにものが入っているのだろう?
「ついでに母ちゃんのスカートにもポーチを縫ってあげるよ。大きいポーチ1つか、小さいポーチ2つ。どっちがいい?」
「じゃあ、小さいの2つにしてもらおうかしら」
「エリン姉、トグルの方をお願い。2つね」
「はいはい」
エリン姉が鯨の髭を削り始める。
ポケットのトグルは、要は紐の止め輪が抜けないよう機能すればいいので、素材は骨でも木の棒で何でもいいのだけれど、やはりお洒落な方がいいよね。
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「あら。アーシルドったら、ポーチをスカートに縫い付けてるのね」
「そう。いろいろ便利なのよ」
翌日の社交場で、母ちゃんがさっそくスカートのポケットを自慢してた。
母ちゃんは村の料理系インフルエンサーだもの。
服装だって注目されてるよね。
「こうやって火をつけたり水を汲むのにしゃがんでもズレなくていいのよ」
母ちゃんが姿勢を変えながら便利さを実演していた。
ポーチだとしゃがんだり姿勢を変えると、だんだん前にズレてきて料理の邪魔になるけれど、スカートポーチはズレないから動きやすくていいらしい。
トグルボタンなのも、手袋をしながら開閉しやすくて良いとか。
女衆は母ちゃんを囲んで、実によく喋る。
「便利そうねえ」
「わたしもスカートにポーチを縫いつけてみようかしら」
「ねえアーシルド、縫い方を教えてくれない?」
「もちろん教えるわよ!…うちの息子が!
「…えっ?」
気がつけば、ご婦人たちの視線が僕に集中していたのだった。
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「えー。まずはスカートポーチのサイズと位置を決めます。ポーチに使う布はスカートと同じ色の布でも良いですし、別の色の布を使って強調するという方法もあります。
ポーチサイズの決定には、正確に測るためにエル定規を遣います…エル定規はお持ちですか?ない方には、こちらで貸し出します。
スカートポーチはスカートのベルト線と水平に縫うことが大事ですから、貝殻粉をつけた木のペンで縫う位置を予め書きこんでおきます…」
母ちゃんが丸投げしたせいで、なぜか僕は縫い方教室の講師をやらされていた。
まあ仕方ないね。僕が村で一番縫製が上手いんだもの。
昔から漁網や帆のほつれの縫製を手伝っていたから、僕の縫い物の腕が良いことは村でも知られているし、特に反発は出なかった。
それに考えようによっては、女性達にエル単位系の重要さを教育できる機会でもある。縫い物は幾何だからね。正しい計測、正しい裁断、正しい縫製が出来なければちゃんとした服を縫うことは出来ないし。
そんな縫製教室のお陰か、スカートにポケットを縫い付けることが村ではファッションになった。
社交場に来る女性のスカートのほとんどにポケットが着いている。
1つポケットの人が多けど、中には4つも縫いつけてる人もいた。
いろいろと工夫するなあ。そのうち飾りポケットとかも生まれてきそう。
それと、ポケットを留めるトグルボタンは、もともと皮の袋を閉じたりする場合に使われてたんだけど、マントを留める青銅のブローチをトグルボタンに変える人も出てきた。
青銅のブローチはファッションとして良いのだけれどピンで穴を開けて留めるので布が傷みやすい。比較すると、グルボタンに引っ掛ける方式は布地が傷まないのと、複数のトグルボタンを上から下までつけると前面をぴったり閉じられて暖かいのが良いらしい。
今のところはファッション性よりも機能性が喜ばれているのかな。
たぶん、女性達が工夫してデザイン面も向上していくだろう。
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「ブルルッ」
むにむに。
今朝も鼻息と唇の感触で、馬に起こされる。
最近、馬は僕の家の軒先で寝てるんだ。
放牧しているというのに、家の板窓の下に横になろうとするから、仕方ないので柔らかい枝をたくさん持ってきてクッションにしてから寝藁を厚く重ねて寝床をつくった。
すると、夜もそこで気持ちよさそうに寝るようになったんだ。
馬というより犬みたいだね。
そして朝早く起き出したら、開いている板窓から首を突っ込んで僕の頬を唇でムニムニと摘むんだから。
「うー。起きるから…」
もたもたしていると、ベーグルまでが、ドスンとお腹に飛び乗ってくるからね。
「ムニ。お前は鳥のくせに朝は遅いんだな」
ムニはまだ寝てる。鳥のくせに朝に弱いらしい。
外出の準備ができるまでは決して起きてこないんだ。
ベーグルは、既に見回りに出かけたあとかな。
冬の家と夏の家を往復して見回っているみたいだ。
ときどき外を歩いているのも見る。
馬を預かっている間、朝と夕方の見回りが日課に加わった。
馬の足というのは大したもので、僕はこれまで足を運んだことのないフィヨルドの隅から隅までを実際に知ることになった。
僕の村に関する地理感覚は、これまで家と村長宅を結ぶ一直線と脇道の組み合わせの、いわば魚の骨のような感じで捉えていたのだけれど、馬で見回りをすることにより村長宅の向こう側のフィヨルドに関する地理情報が一挙に増えて、いわばU字型に捉えることができるようになった。
自宅の向こう岸側の解像度が上がった、と言い換えても良いかも知れない。
ただ、それによって得た情報は必ずしも快いものではなかった。
「ねえトール、こっち側って少し寂しくない…?」
「エリン姉にも、そう映るんだ」
フィヨルドの海を挟んだ反対側の家々は、僕の家がある側と比べると何だか元気がなくて物寂しい印象を受けた。
家の作りなどに特に差があるわけでもないのに、自宅付近と比較すると活気がない。
「公共事業の差かなあ…」
「こうきょ…なに?」
「何て言ったらいいかなあ…僕達の家がある方の岸って、いっぱい工事したでしょ?」
「それは、そうね。ええと、床暖房とか託児所とか、社交場のベンチとか燻製施設とか…クナトルレイクの練習場もあったわね」
「そうそう。それって、ちゃんとお礼を払ったわけじゃない。塩とか冷燻魚とかで」
「そうね。いっぱい仕事をしたけど、いっぱい銀も出ていったわね」
「こちら岸には、そういうのが全然なかったから…」
僕は良かれと思って、家の周囲をいろいろ開発したし、働いてくれる人達が楽になるようなインフラも整えた。
ただそれは、村内にインフラが整った地域と整っていない地域という格差も生み出してしまう結果にもなっているんだ。
「早めに気がつけてよかった。村長婦人と相談しないとなあ…」
まずは、向こう岸とこちら岸との間に、朝夕の定期連絡船を通すべきだろうか。
社交場まで歩く時間を減らすだけでも労働時間の面で楽になるはずだ。
ブォォー!ブォォー!ブォォー!
僕がうんうんと唸っていると、遠くで角笛が鳴った音が聞こえた。
音は三回。緊急事態につき集まれ、の合図だ。
「エリン姉!」
「しっかり摑まってなさい!走るわよ!」
エリン姉は馬を急かすと、風のように走り出した。




