第100話 若者は走り、大人は斧を磨いた 7歳 春
「う―、さむさむ…って、うわっ!」
朝起きて、いつものように社交場の火を入れに行こうと家を出たら、家の前に村の若い男達がずらりと並んでいた。
「「おはようございます!」」
「お、おはようございまーす」
一斉に挨拶されてちょっとビビった。なんだなんだ。
「お父さんはいますか?」
「お父様はご在宅ですか?」
あ、父ちゃんに会いに来たのね。
「父ちゃーん!お客さんだよー!」
「あらあら。朝早くから。夫の準備ができるまで、これでも飲んで待っていてくれる?」
「「いただきます!」」
父ちゃんを呼び出して準備が出来るまでの間、母ちゃんが全員にスープを配ってる。
母ちゃんも若い人たちを饗すのが好きだからなあ。
すっかり名士の御婦人ムーブが板についてきた。
「おーう。数が多いな。選抜は競技場で行う。全員、盾を持って集合だ」
「「わかりました!!」」
準備ができた父ちゃんの指示で、若い男達は全員が踵を返して走り去った。
すごいなあ。名門大学の運動部みたいだ。
村長はどうも腹をくくる方向を選んだみたいでね。
それが父ちゃんのところに朝から押しかけた若者たちの行動に繋がってる。
父ちゃんが、選ばれた若者を華々しい栄光に満ちた遠征へ連れて行く、という噂が流れているからだ。
「走れ走れ走れ―!」
「なんだそこまでかー!もっとやれるぞーっ!」
村長婦人のところへ仕事へ向かうついでに競技場を覗いてみたら、競技場で若者たちが大勢集まって、盾を持って走ったり、丸太を抱えて運んだりしてた。
たぶん体力テストとかして、遠征メンバーを選抜してるんだね。
村の若者にしてみれば、一生の名声を残すチャンスと映っているみたい。
適齢期の健康な若い男は、ほとんど全員がテストを受けに来たのじゃなかろうか。
なにせ早朝から自宅前で待ち構えてるぐらいだものね。
並々ならぬモチベーションを感じる。
「よーしよーし!やったー!」
テストに通った、というだけで大喜びしてた。
現地は危険かもしれないのに、やっぱり新しい土地とか冒険とかを尊ぶ血が流れているんだろうか。
◯ ◯ ◯ ◯
「ねえ、コーレって、選抜でいいところまで行ってるんだって」
「すごいじゃない!あー、前に声かけられたときに素っ気なくするんじゃなかったわ!」
僕は相変わらず社交場にいるんだけど、若い女性達の間では選抜試験の噂でもちきりになってる。
そして最終候補に残っただけで、村の若い女の子にチヤホヤされているのを見かけた。
すごいなあ。遠征のことが、すっかり良い噂になってるんだ
…まさか村長婦人の密偵が広めていたりしないよね?
陰謀論者になりそう。
「彼女は全てを知り、彼女は全てを統べる」
She knows all. She governs all!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「うーむ、やはり家宝の剣は使ってこその輝きだな」
「なんの。我が家の斧も見よ。この大きく鋭い刃先を!」
一方で、村長達も張り切ってる。
こちら側は、溌剌とした若者たちと比較して、もう少し殺伐としてるね。
各人が武器や鎧を引っ張り出してきて虫干ししているのを見かける。
「こら!手を抜くな!錆をしっかり落とさんか!」
鈍く輝く秘蔵の略奪品の鋼の剣や、柄が長い大きな両手斧とか鋭い穂先の槍、目と鼻を守る形の滑らかな砲弾型の鉄兜、大きく鈍い錆色のチェインメイルなんかを、奴隷に磨かせたり、鎧櫃代わりの樽の掃除とかをしている。
ああ、有力者のおじさん達も戦士団の方にいるね。
結構な年齢に見えるけど大丈夫なのかな。
クナトルレイクチームが若手中心ならば、こちらの戦士団は平均年齢は高めだ。
戦の予感、というやつに燃えて浮き立っているようだ。
「なんだかなあ…」
僕は灰色の空を見上げて、ため息をついてしまう。
やはり北方の男達に、戦争は必要不可欠なのかなあ。
僕は村からなるべく怪我人や人死を出したくないから、戦争や略奪を避ける方向の施策をいろいろと考えて打ち出してきたけれど、当事者たる男達は、戦いがなく命の危険が少ない世界では男らしく誇り高く生きていけないのだろうか。
若手中心のクナトルレイク戦士団は持久力とスピードも大事だからスッキリとした運動選手のような体型の人が多いけれど、戦士団の方はずんぐりとした筋肉と脂肪が詰まったレスラーのような体形をしている人が多い。
ちょっぴり出てきたお腹を気にするように、ブンブンと武器を振り回してる
生き生きとしてるおじさん達を見ながら、僕は考え込んでしまうんだ。
若く生き方を模索する集団と、旧来の生き方を貫く年齢の高い集団。
普通なら2つのグループが対立してぶつかってもおかしくないのだけれど、そこは父ちゃんが大人で、うまいこと村長を立てているので、特にそういう衝突は起きてない。
実際、身分では村長の方が上だし、村の既得権の殆ど抑えてもいるわけだしね。
村長の取り巻きや有力者達も、若い連中がやってるクナトルレイクなんていうお遊びよりも、本物の闘争の方で腕を見せつけてやろう、と意気盛んなようだ。
僕は木工職人をしばき上げて、村長達に使ってもらう盾は大き目で厚みを増すように。中央の鉄のボスは厚めに。保持が楽になるよう首から下げる革ベルトを広めにして、首に当たる部分に羊毛の当てをつけるよう依頼した。
実際に血を見る可能性の高い戦士団のために僕が出来るのは、それぐらいかな。
僕が言い出したことだし、当の戦士団達が喜んでいることだけれど、それでもやはり後ろめたさはある。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
男衆が老いも若きも祭りの準備に夢中な一方で、女衆たちは村長婦人の指揮の元、母ちゃんが作業場の中心となって怪我の薬を作っている。
保管のきく薬草はいくらあってもいいからね。
春の柔らかな薬草の目は今から獲って干しておく方が薬効にはいいらしい。
蜂蜜がたくさん必要な薬草蜂蜜酒は、もう少し蜂が元気になって巣箱に蜂蜜が溜まってから採取するそうだ。
奴隷の女性達は長船の帆のほつれを縫い合わせたりして大変そう。
なにしろ大型長船が2隻分の帆だから、例年の倍だもの。
奴隷の女性の普段の仕事は、村の女性達が羊毛から紡いだ糸を集めて布を織ることなのだけれど、昨年の交易では羊毛の布で支払いをした相手も多かったらしくてね。
北方では羊毛の布は風乾鱈と同様に通過として機能しているんだ。
そんな感じで、村は来たるべき夏の大民会の遠征へ向けて、老いも若きも男も女も、貴族も奴隷も、とにかく全員が一つの機械のようになって全力で準備を始めていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
作者です。皆様の応援のおかげで100話までたどり着けました。
記念に閑話とかSSとか書きたいのですけど年度末業務で死んでます。
申し訳ないのですが、いましばらくお待ち下さい…。




