第66話 : 見知らぬ黄金と、錆び付いた告別
『完璧な造物ってのは、いつだって恐ろしいもんさ。そいつは、あらゆる「予期せぬ事態」が切除されちまったことを意味するんだからね。——そう、愛ってやつも含めてさ』
——薇、修道院を去る前の最後の一杯での泥酔した独り言
修道院内の空気は、あたかも凝固したかのようだった。先ほどまで安らぎを与えていたはずの高級な焚香は、今や翰文の鼻腔において、死体臭を隠すために過剰に撒き散らされた葬儀場の防腐剤のようにしか感じられなかった。
翰文はそこに立ち尽くし、全身に黄金の光紋を流動させ、神像のごとく鎮座する小花を注視していた。
高価な「金継ぎ」による修復。断裂した肢体は接合され、砕け散った雪羽は埋め戻された。彼女は廃土の野獣が纏っていた無数の傷痕を脱ぎ捨て、精美絶倫にして不可侵な「聖器」へと変貌を遂げていた。
だが、翰文の胸に沸き上がったのは、失ったものを取り戻した喜びなどでは断じてなかった。それは、胃の底からせり上がる強烈な嘔吐感だった。
「……こいつを、何に変えやがった?」翰文の声は震え、爆発寸前の怒りを押し殺していた。「あんたの技術をひけらかすための、黄金の花瓶にでもしたつもりか?」
針夫人の手は止まらない。彼女は滑らかな皮革の布で指先の真鍮指貫を丁寧に拭き上げながら、天気の話題でも出すかのように無造作に答えた。
「本物の『兵器』にしてあげたのさ」
「俺たちが欲しかったのは兵器じゃない!」無小姐が堪えきれずに叫び、一歩踏み出して、眠り続ける小花の頭部を庇うように立った。「この子は仲間よ! 家族なのよ!」
「家族、だと?」
針夫人が鼻で笑う。巨大な機械肢が床をリズミカルに叩き、乾いた音を響かせた。彼女は二人に歩み寄り、血管の中を青い光粒が流れる半透明の左手を伸ばすと、指先で小花の金紋が刻まれた喉元を軽く弾いた。
「この子を、あんたたちの胸に鼻先を擦り寄せ、甘え、間違いを犯すだけの『ペット』に戻したいのかい? いいよ」
彼女は傍らの祭壇を指差し、森閑とした声で告げた。
「あの上にこいつを戻しな。今すぐあの三つの核心を抉り出し、骨格を支えるこの金紋装甲をすべて剥ぎ取ってやるよ」
「そうすれば、泥の中を這いずり回り、風を掴むことさえできない瀕死のトカゲに戻れるさ。あんたたちは、その腐れ肉の死骸を抱いて泣いていればいい」
針夫人が身を乗り出し、惨白な顔を翰文へと近づけた。義眼の赤光が激しく明滅する。
「忘れるんじゃないよ、あんたたちが誰に借りを負っているのかをね。この残酷な大地でこの子を生かしておきたいなら、可愛げがなくなったことを受け入れる術を学びな。……選びなよ、第742号」
翰文は口を開いたが、喉に粗い砂が詰まったかのように、一文字も吐き出すことができなかった。
無小姐の手が力なく垂れ落ちる。彼らは悟ったのだ。自分たちこそが共犯者。彼女を生かすために、彼らは「彼女」の一部を殺さなければならなかったのだ。
死寂に包まれた対峙の中、祭壇織機から精密な歯車が噛み合うような「カチリ」という澄んだ音が響いた。
小花が、目覚めた。
流線型の滑らかな、死んでいたはずの磁器面甲の下から、幽かな湛藍の霊光が漏れ出した。面甲の下に封じられた「古龍の大脳」が覚醒し、溢れ出した生体エネルギー。光は鬼火のごとく白磁の表面を這い、呼吸するように揺らめいた。
厳密に言えば、龍に眼は必要ない。
あの古き大脳において、世界は「律法の波動」と「霊魂の温度」として立ち現れる。周囲の気流、鼓動の震え、さらには恐怖の臭いまでもが、彼女の脳内で視覚よりも正確な「全知の図景」として描かれていた。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
それは、野獣の霊魂が白金の傀儡を突き動かす光景。
関節からはもはや負傷時の漏風音はせず、時計の針が刻むような微かな駆動音へと変わっていた。筋肉の収縮、羽鱗の開閉、そのすべてが完璧に校正されていた。
彼女はそこに、魂を吹き込まれたばかりの殺戮神像のように静止していた。
「……小花?」
無小姐は、その見知らぬ巨獣を見つめ、目頭を熱くさせた。彼女はおずおずと手を伸ばし、いつものように鼻先に触れようとした。
それは彼女たちの暗号。――滑らかな嘴の先に触れれば、彼女は大きな頭を寄せて甘えてくる。
無小姐の手が伸びた。
だが、指先が面甲に触れようとした刹那。シュッという鋭い音と共に、小花の頭部が唐突に後退した。
恐怖による萎縮ではない。それは血脈の深淵に潜んでいた、**「狩人」**としての本能。
龍の感官は、空気を乱す微かな気流を瞬時に捉えた。潜在的な脅威に対する本能的な予見。針夫人によって強化された肉体は大脳の演算を上回り、相手が誰であるかを認識するより早く、身体が完璧な回避運動を完遂してしまったのだ。
無小姐の手が宙で凍りつき、指先が震えた。
小花もまた、一瞬だけ動きを止めたようだった。
幽藍の霊光を流す面甲を僅かに傾け、大気に残る情報を「嗅ぐ」ように。彼女の大脳は混乱する苦痛とノイズの中で、目の前にあるこの微小な熱源を、霊魂の脈動から懸命に識別しようとしていた。
やがて。冷え切った彼女の知覚世界に、懐かしく温かな「巣を共にする者」の気配が微かに捕捉された。
小花は躊躇いながら、ぎこちない動作で頭を戻すと、鋭利な嘴の先で無小姐の掌にそっと触れた。
無小姐は震えながら、その顔をなぞった。
指先に伝わるのは、冷徹な釉面の質感。そして亀裂に埋め込まれた、硬く、骨を刺すような黄金の感触。
その皮膚は、以前よりもわずかに金紋が増えた程度に見えたが、触れればそれは冷え切った「一級品の外殻」でしかなかった。
小花は、以前のように愛想よく鼻を鳴らすことはなかった。傍らに立つ翰文は、叫びたくても叫べないような重苦しい閉塞感に胸を締め付けられていた。
同時に、彼は自らの胸の奥にも幻痛を感じていた。――小花の体内の三つの核心が狂おしく共鳴し、その震動が重槌となって内臓を叩き、息をすることさえ困難にさせていた。だが、小花は奥歯を噛み締めていた。呼吸のたびに気流は声帯の縁で急制動をかけ、口から溢れ出そうになる咆哮を強引に噛み砕き、飲み込んでいた。
彼女が無小姐を見る態度は変わっていた。それは依存ではなく、壊れやすい泡をスキャンしているかのようだった。全身を硬直させ、呼吸さえ止めているのは、体内の狂暴な力が一欠片でも漏れ出せば、目の前の精緻な少女を粉塵に変えてしまうことを恐れているからだ。
それは、自らを時限爆弾と見なす者の恐怖だった。
「……実に見事な家庭内メロドラマだね」
刺々しいコッキング音が、この窒息しそうな哀しみを切り裂いた。
一度は去ったはずの薇が、いつの間にか身支度を整え、遠くの工具箱に腰掛けていた。今度は火のついた煙草をくわえ、油汚れの布で愛銃「送葬者」を無造作に拭いている。
彼女は眼前の、想い合いながらも「見知らぬ者同士」となった奇妙な一人と一獣を見つめ、隠そうともしない嘲弄を口角に浮かべた。その顔には、獲物が罠にかかるのを見届けたような笑みが張り付いていた。
「いつまで演ってんだい」
薇は銃口の塵を吹き飛ばすと、カチャリと弾倉を叩き込んだ。
「クソ婆あは変態だがね、言ってることは正しいよ。この廃土は涙なんて信じないし、ペットなんて必要としてないのさ」
彼女は箱から飛び降りた。着地と同時に重い音が響く。彼女は狩人特有の強靭さと危険な気配を取り戻していた。一歩一歩が、音なきリズムを刻む力強い足取り。
その時、野生的で重々しい「ドクン、ドクン」という金属の衝突音が遠くから響いてきた。
惨白な骨格と錆びた鉄塊を継ぎ合わせた怪物が姿を現した。
薇の相棒――エンジンだ。
普段は小花に吼えかかり、その足元に放尿して縄張りを主張するこの機械のならず者が、今は異常なまでの焦燥を見せていた。
そいつは、黄金の光を湛え一新された小花に向かって数歩駆け寄り、背中の放熱フィンを猛然と逆立たせ、喉の奥から威嚇の唸りを漏らした。
「ガルゥ!……ガシャッ!」
挑発し、あの「のろま鳥」から僅かでも恐怖の反応を引き出そうとする。かつての記憶では、小花はこの音を聞けば震え上がり、翰文の後ろに隠れたはずだった。
だが、今回。小花は首一つ動かさなかった。
その面甲はただ前方を凝視し、足元で牙を剥く猟犬を、そこに存在しないかのように一蹴した。
「道端の石ころ」か「荒野の塵」を扱うような、徹底した無視。
エンジンが、唐突に動きを止めた。――何らかの、圧倒的な恐怖の気配を察知したかのように。
喉から「クゥゥン……」という怯えた鳴き声を漏らすと、エンジンは本能的に尾を巻き込み、四肢を地面に伏せた。胸元のV型二気筒エンジンの爆音は一瞬で乱れる。それは、低位の食腐動物が頂点捕食者に遭遇した際の、根源的な恐怖。
小花は身動き一つせず、振り返りさえしなかったが。その滑らかな面甲から冷徹に放たれる青い光と、体内の三つの旧律核心が放つ律法的な威圧感は、死体油を啜る鉄の犬からオイルを漏らさせるに十分だった。
廃エンジンを継ぎ合わせたその核心では、この状況を処理しきれなかったらしい。そいつは小花の周囲を二周ほど回った後、困惑したように尾を垂らし、最後には金属が擦れ合うような頼りない鳴き声を上げると、這々の体で薇の元へと退散していった。
「意気地なしのスクラップが」
薇は毒づき、エンジンの尻を蹴り飛ばして立たせた。彼女は長銃を背負い、大股で門へと向かう。翰文の傍らを通り過ぎる際、彼女は足を止めた。
「犬ですら飽き飽きしてるよ。あんたとあたしの契約、忘れるんじゃないよ」
彼女は翰文の後ろに神像のように佇む小花を一度だけ見やり、次いで迷いと苦悩に満ちた翰文の顔を、そして無小姐を順に射貫いた。
「チッ」薇はエンジンの金属の頭を叩き、複雑な眼差しでその完璧な白磁の身軀を見つめた。
「考古学者、最後に忠告だ」
彼女はポケットから汚れきった、中身が半分ほど残った「ガンオイル」の缶を取り出すと、無造作に翰文へと放り投げた。受け取った翰文の手のひらに、冷たく脂ぎった感触が伝わる。
「あいつの『心』をどう直すかなんて、考えるのはもうやめな。まずはその『喉』をどう手入れするかを学ぶんだね」
薇は小花の眩しく輝く首を指差した。
「そいつは今、とんでもなく精密だ。砂粒一つ紛れ込ませることはできない。……あんたたちの今の関係と同じようにな」
彼女は修道院の大門へと歩き出し、背後のエンジンもまた尾を巻き、黒煙を吐きながら忠実な猟犬としてそれに従った。
「へい! クソ婆あ!」
薇は奥の影に向かって叫び、同時に不敵な笑みを浮かべてみせた。
「あたしは出るよ。必要がなけりゃ、あんたのその死人みたいな面は二度と拝みたくないからね!」
エンジンが主人に合わせ、狼の遠吠えにも似たエンジン音を爆ぜさせる。灰白のハイポニーテールが風に舞い、一行は漫天の黄砂吹く荒野へと消えていった。背後に残されたのは、鼻を突く廃気と自由な塵だけだった。
瞬く間に、静寂がその場所を奪還した。
薇が去り、ここにあった最後の一片の「人間味」と喧騒が消えた。残されたのは、冷え切った機械と、高慢な針夫人、そして見知らぬ姿となった小花。
「さて。邪魔者は片付いたね」
針夫人の声が冷徹に響いた。
彼女が手を叩くと、控えていた瓷偶が、表紙に金属のルーンが型押しされた重厚な一冊の書物を翰文の前へと差し出した。
表紙にはこう記されている。——『|駭鳥機關操作與禁忌手冊《ハイトリ・メカニズム:操作と禁忌のマニュアル》』 針夫人 著。
「あんたたちがあたしに負っている医療費と改造費は、数世代かけても返しきれない天文学的数字だよ」
針夫人は二人を見下ろした。
「だが、あたしは死人の顔が刷られたコインなんて必要としていない。あたしが欲しいのは、律法のフィードバック譜面さ」
彼女は門の外に広がる、放射線と嵐に満ちた茫漠たる荒野を指差した。
「失せな。これはあんたたちの遠行前の、最後のテストだよ」
「その馬鹿龍を連れて、近くの**『腐化戈壁』**で三日間生活してきな」
「外でくたばるんじゃないよ。あたしの作品をまた壊すことも許さない」
「三日後、もしこの龍の『律法磨合率』があたしの要求水準に達していなかったら……」
針夫人の機械節足が、床で警告のタッ、タッという音を立てる。瞳の赤光が閃き、声には毛跳ぼう立つほどの平穏が宿った。
「ああ、そうそう。新しい核心が制御不能になって共鳴を起こせば、あんたたちは眠っている間に低周波で内臓を粉砕され、醜い肉の泥へと変わるだろうね」
重厚な轟音と共に、大門が開かれた。風砂が嗚咽を漏らしながら流れ込む。
翰文は重い操作マニュアルをバックパックに放り込むと、隣で恐ろしいほど静まり返った黄金の巨獣を、そして無小姐を見た。
無小姐は左手でポケットの笛を黙って握りしめ、右手で翰文の袖を強く掴んだ。
彼らに、選択肢などなかった。これは冒険などではない。追放だ。
彼らは見知らぬ龍を連れ、再びあの荒野へと足を踏み入れた。




