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第47話 : 酸蝕の洗礼と、磁器の聖者




『塵とは、時間の死体だ。もしお前が永遠の殿堂に足を踏み入れたいと願うなら、まず自分にこびりついた凡俗で不潔な「時間」を削ぎ落とすことだね』



  ——『縫魂手記』巻三:清浄の必要性について、針夫人(マダム・ニードル)



 複雑な金属紋様が刻まれた真鍮の大門の前に辿り着いた一行を待っていたのは、救済ではなく、生理的な嫌悪に満ちた溜息だった。



「……反吐が出るね」



 その声は四方八方から響いてくるかのようだった。優雅で、清らかで、それでいて絹の布で汚物を拭い取る時のような、徹底した拒絶が混じっている。



 一体の竹節虫ナナフシ型の瓷偶(ポーセリン・ドール)が真鍮の門梁から逆さまに吊り下がっていた。精緻に作られた女の頭部が、カチャリと関節を鳴らして回転し、無残な姿を晒す三人一匹へと視線を固定した。



(ヴィ)、親愛なる我が友よ」人形の口が開き、そこから漏れたのは針夫人(マダム・ニードル)の倦怠と毒舌を煮詰めたような声だった。「あんた、食鉄蟻(ラスト・アント)の排泄孔から這い出してきたのかい? 放射線指数の高さに、あたしのオジギソウが悲鳴を上げてるよ」



「御託はいいよ、クソ婆あ」(ヴィ)は不機嫌そうに、身体に積もった分厚い鏽雪(しゅうせつ)を叩き落とした。ボフッという鈍い音が響く。「開けな。あんたが泣いて喜ぶような『大物』を連れてきてやったんだ」



「大物? あたしの目には、デカい厄介事にしか見えないけれど」



 人形の虚ろな赤い瞳が翰文(ハンウェン)へと移り、黒い硬殻に包まれた彼の足元で二秒間停止した。



「……それに、この男。神様、その足を見てごらんよ。どこの三流屠殺者が包帯を巻いたんだい? 死霊皮(しりょうがわ)と工業用ゲルで、まるでゴミみたいに包み込んで……。なんて醜く、美感に欠けるラインなんだろうね」



 翰文(ハンウェン)は無意識に足を引いた。人形に審美眼を侮辱されるなど生まれて初めての経験だ。だが、一言も言い返せずに立ち尽くすしかない。この扉こそが彼らの唯一の生路なのだから。



「夫人、もし開けていただけないなら、この『大物』は門前で事切れることになります」翰文(ハンウェン)は恭順な態度で、嗄れた声を絞り出した。



「門前で死ぬのは構わないけれど、臭いを撒き散らすのは許さないよ」



 針夫人(マダム・ニードル)の声は冷酷さを増し、拒絶を許さぬ威厳を帯びた。



「その反吐が出るような廃土の悪臭を洗い流さない限り、あたしの絨毯の端に触れることさえ許さない。……**『三級浄化(レベル3・ピュリフィケーション)』**を起動しな」



 (ヴィ)の顔色が瞬時に変わった。



 彼女は条件反射のように「送葬者(アンダーテイカー)」を胸に抱え込み、背中の厚い耐火皮衣を壁に向けるようにして身を丸めた。



「顔を覆え! 露出してる肌を全部隠すんだ! 早く!」



 「三級浄化」が何を意味するのか翰文(ハンウェン)が理解するより早く、足元の金属格子が割れるように開いた。



 ドォォォン!



 四方の壁から、無数の白い高圧気流が噴き出した。



 その熱気に騙されてはいけない。温かな温水に見えるそれは、実のところ高濃度の殺菌剤と弱酸性の錬金溶剤を混合した高温蒸気だった。



「ゲホッ、ゴホッ!」無小姐(ミス・ヌル)が激しくむせ返った。常人の百倍も鋭敏な嗅覚を持つ風民(ウィンド・フォーク)にとって、漂白剤に煮えたぎるメントールを混ぜたようなこの臭いは、嗅覚の核爆発に等しかった。彼女は苦悶に鼻を押さえ、涙を一気に溢れさせた。



 直後、硬いブラシと回転ノズルを備えた十数本の機械腕が壁の隠し戸から伸び、一行の身体を狂ったように磨き始めた。



 ガリガリ! ゴシゴシ!



 シュゥゥゥーッという排気音が重なり合う。それはもはや清潔にするための行為ではなく、肉体に対する「粗暴な除染デコメンテーション」という名の拷問だった。



 硬いブラシが容赦なく翰文(ハンウェン)の皮膚を削り、乾いた血の瘡蓋や油汚れを、表皮ごと暴力的に剥ぎ取っていく。高温蒸気は肌を真っ赤に腫れ上がらせて水疱を作り、錬金溶剤は剥き出しになった微小な傷口へと浸透し、火に焼かれるような、あるいは蟻に食われるような劇痛をもたらした。



「これ……強酸か!?」翰文(ハンウェン)は顔を焼かれるような痛みに耐え、目を固く閉じ、腕で無小姐(ミス・ヌル)の頭を死守した。



「殺菌剤だよ! 身体に死斑を作りたくなかったら黙ってな!」



 蒸気の中で(ヴィ)が怒鳴った。彼女の声もまた苦痛に震えている。「このクソ婆あの潔癖症は医術より有名なんだよ! 下界の塵の一粒一粒が『旧時代の呪い』だと思ってやがるのさ!」



 エンジン(モーター)さえも免れなかった。数本の機械腕がこの機械犬を捕らえ、高圧洗浄機で関節の隙間の砂粒一つ残さず洗い流し、エンジン(モーター)はクーンクーンと哀れな鳴き声を上げていた。



 「浄化」という名の酷刑は、まる三分間続いた。



 だが、その劇痛の中で、翰文(ハンウェン)は毛跳ぼう立つような異変に気づいた。



 ブラシの摩擦も、蒸気の噴射も、耐えがたい苦痛を伴いながらも、決して重要な血管や神経を傷つけていないのだ。



 その痛みは、緻密な数学的計算に基づいているかのように正確だった。これは単なる暴力ではない。エンジニアリング級の校正だ。あたかも壁の向こうで、冷徹な瞳がノズルの一点一点の角度を精密に制御し、塵を完璧に削ぎ落としながらも、この脆弱な「有機パーツ」を壊さぬよう配慮しているかのように。



 やがてプシューという排気音と共にノズルが止まり、機械腕が壁へと収まった時、翰文(ハンウェン)は生きたまま皮を剥がされたような感覚に陥っていた。



 彼と無小姐(ミス・ヌル)は全身ずぶ濡れで、皮膚は赤く熱を持ち、茹で上がった海老のように無様な姿で喘いでいた。



 翰文(ハンウェン)は荒い息を吐きながら、自分の頬に触れた。



 感覚がない。



 焼けるような痛みはあまりに早く消え去り、代わりに死んだような無感覚が支配していた。表層の神経が薬剤によって一時的に「殺された」のだ。身体は清潔になったが、この肉体は……もはや完全には自分のものではないような、薄気味悪い感覚。



 だが、同時に驚くべきことに気づいた。――身体が軽い。



 数日間皮膚にこびりついていた、洗っても落ちなかった廃土の脂ぎった不快感が消えていた。



 鉄錆、死臭、そして重苦しい絶望の気配が強引に剥ぎ取られていた。代わりに漂ってきたのは、冷涼で、どこか苦味のある薬草の香りと、病的でさえある「潔癖」の感触。



 満足げな排圧のクリック音が響き、目の前の真鍮の扉が、ついに左右へと滑り開いた。



 湿り気を帯び、温かく、生命力に満ちた気流が吹き抜ける。



 翰文(ハンウェン)は赤く腫れた眼を開け、眼前の光景に一瞬痛みを忘れて息を呑んだ。



 そこは敬虔な修道院でも、喧騒に満ちた工場でもなかった。



 それは巨大な、ガラスのゴンドラの中に封じ込められた**「温室庭園」だった。



 だが、ここには本物の土など一寸たりとも存在しなかった。



 すべての植物――発光するシダ、巨大な食人花、垂れ下がる蔦――は、精巧な「青花磁器(染付)」の鉢に植えられていた。



 考古学者(アーキオロジスト)である翰文(ハンウェン)は、故郷の骨董品を目の当たりにしたような錯覚に陥った。



 だが、近づいて見れば、それはより病的な工芸であった。



 青い「紋様」は筆致ではなく、磁器の胎内に埋め込まれた極細のガラス管だった。中を流れる発光するコバルトブルーの冷却液が、ジジジという音を立てながら植物の低温を維持している。



 しかも、どの磁器の鉢もひび割れだらけだったが、そのすべてが融解した黄金によって完璧に修復されていた。――金繕い(きんつぎ)**。それは欠損と誇示が共存する極致の美学。この場所の主そのもののように。



 よく見れば、花々の葉脈を流れているのは樹液ではなく、微光を放つ緑色の冷却液だった。



 花の間を舞う蝶でさえ、極薄のセラミック片とゼンマイで駆動する「磁器の生体模造品」であり、ジジジという微細な機械音を立てていた。



 ここは偽りのエデンの園。自然の腐敗を拒絶し、永遠の人造を抱擁する完璧な世界。



 床は一点の曇りもない純白の大理石で、人影が映り込むほどに磨き抜かれている。



 翰文(ハンウェン)は、洗い流されたものの依然として醜悪な自分の「黒い蹄」を見下ろし、激しい羞恥心に襲われた。



 だが、直後に訪れたのは、生物としての本能的な恐怖だった。



 精緻を極めた偽物の花や蝶を見つめながら、背筋が凍るのを感じる。



 もし、この主人の目において、蝶でさえ磁器に改造されなければここに居る資格がないのだとしたら……。



 細菌に満ち、血を流し、いずれ腐りゆく「生きた人間」である自分たちは、どれほど醜悪な存在に見えるだろうか?



 彼女はこの醜さを、どう「修正」しようとするのだろうか?



「お入り、**帶菌者(キャリア)**たち」



 あの声が再び響いた。今度は人型の人形からではなく、ホールの奥から直接。



 ホールの中心には、巨大な水晶のシャンデリアが吊り下げられていた。



 その下にあるのは玉座ではなく、白骨と真鍮で鋳造された巨大な「手術台」だった。



 一体の人影が、手術台の上方の金属レールから逆さまに吊るされていた。



 彼女は繁雑で華麗なヴィクトリア調の宮廷ドレスを纏っていた。裾は黒い曼荼羅マンダラの花が開いたかのように、幾重にも重なって垂れ下がっている。



 だが、そのドレスの下にあるのは、人間の足ではなかった。



 代わりに備わっていたのは、八本の、極めて細く鋭利な長針のような真鍮の節足。それらが天井のレールに深く突き刺さり、彼女の身体を中吊りのまま移動させていた。まるで巨大で優雅な紡織姫(クモ)のように。



 カチャリ、カチャリという金属関節の音を立てながら、彼女はゆっくりと降下してきた。



 だが、着地するつもりはないらしい。



 八本の長針は、大理石の床から五十センチほどの場所で止まった。――塵一つないこの床でさえ、彼女にとっては不潔だと言わんばかりに。



 それが、**針夫人(マダム・ニードル)**だった。



 彼女の身躯は極端に細長く、人間離れした比率に引き伸ばされている。顔は息を呑むほどに白い。それは人間の蒼白さではなく、完璧に焼き上げられた不透明なカオリン(白磁)の白さだった。



 左の頬から首にかけて、細かなひび割れが走り、そこは融解した黄金で埋め尽くされている。蒼白な肌に広がる金の線は、彼女の纏う中で最も高価な「宝飾品」に見えた。



 何より目を引くのは、その髪だった。



 素焼きの粘土のように惨白な長い髪は高く結い上げられ、巨大で複雑な「針刺髻(ピンクッション・バン)」を形作っている。無数の金の針がびっしりと刺し込まれ、いくつかの針の末端からは極細の紅い糸が伸び、彼女の頬の傍らで揺れていた。



 長い首筋には、正体不明の生物の指骨を繋ぎ合わせたネックレスが掛けられている。指骨の一つ一つには、金粉を使って不格好な「笑顔」が描かれていた。



 彼女の身体で、唯一「生きて」いるのは手だった。



 改造を免れた左手は半透明の質感を持ち、血管の中を淡い青色の光の粒が流れているのが透けて見える。――それは、彼女が**精霊(アエローラ)**であることの最後の証拠だった。



 そして彼女の十本の指には、生身であれ磁器であれ、すべてに精巧な彫刻が施された真鍮の「指貫(ゆびぬき)」が嵌められていた。



 針夫人(マダム・ニードル)は宙に浮いたまま、無残な侵入者たちを見下ろした。



 指貫の嵌まった指を微かに動かし、金属の擦れ合う小さな音を立てる。



「随分と無作法な訪問だね」



 針夫人(マダム・ニードル)の視線は翰文(ハンウェン)の赤く腫れた皮膚をなぞり、最後に彼の背後で熱気を上げている脳の水槽で静止した。



 その瞬間、翰文(ハンウェン)は彼女の瞳の正体を見た。



 そこには白目がなく、二つの純黒の**「釉面(うわぐすり)を施したガラス球」**が嵌め込まれていた。それは二つの極小の深淵のように黒く、翰文(ハンウェン)の恐怖に歪んだ顔を映し出していた。



 直後、漆黒の釉面の下に、極細の赤い同心円が幾重にも浮かび上がった。



 その赤い光輪が狂ったように収縮し、フォーカスを絞り、脳の水槽をロックオンする。



 それは明らかに、人間の眼差しではなかった。



 照準器による捕捉であり、稀少な素材を目の当たりにした職人の飢餓感そのものだった。



「……けれど、これほどまでに美しい『祭品(いけにえ)』を持参した功績に免じて」



 針夫人(マダム・ニードル)は優雅に半透明の左手を上げ、薄い唇をそっと覆い、意味深な微笑みを隠した。



「……床はまた洗えばいい。あんたたちは、確かに掘り出し物だね」




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