第44話 : 無声の葬列と、黎明の分かれ道
『生きて墓場を去る者は、決して後ろを振り返るな。お前が持ち出したのは宝物などではない。死者が抱き続けた夢なのだから』
——『荒野拾荒者手記:生きている鉄について』、無名氏 著
繰り返されるカツ、カツ、カツという音が、単調かつ規則正しく響く。
かつての軍靴が地面を叩く重苦しい音は消え、硬質な骨が金属を叩くような、どこか乾いた反響が混じっている。
李翰文は視線を落とし、自分の両足を見つめた。
「戦術冷却ゲル」を包み込んだ「防腐黒脂皮」は、すでに完全に硬化していた。高熱で収縮したそれは、焼け焦げた黒い甲殻となって彼の足裏に死守するように吸い付き、人間本来の触覚を、失真した(ノイズの混じった)フィードバックへと変容させていた。
一歩踏み出すたびに足裏から伝わるのは痛みではなく、分厚い瘡蓋越しに受ける鈍い打撃感だった。
一行は暗い食道の廊下を移動していた。
光はない。唯一の照明は、前を行くエンジンが背負った巨大なガラス水槽から放たれている。
柔らかな幽藍色の光輪が、機械犬の油圧関節の上下に合わせて、周囲の乾ききった肉質の壁の上をリズムよく揺らめく。光と影が伸び縮みする様は、深海に潜む古生物の呼吸灯のようだった。
空気の中には、エンジンの排気するシュ、シュ……という規則的な放熱音と、歩調に合わせて水槽内の栄養液が揺れる湿った水音が反響していた。
翰文は水槽の左側を歩き、無意識に手を上げ、支える必要のないはずのガラス壁にそっと指先を添えていた。その仕草の裏には、言葉にすることのない一つの誓約が隠されていた。
彼らは、通路の真ん中で硬直した一匹の「白噬者」の傍らを通り過ぎた。
脊椎骨を繋ぎ合わせて作られたその怪物は、質の悪い現代アートの彫刻のごとく静止し、割れた骨盤の口を翰文の顔に正対させていた。鋭利な骨の鎌は、彼の頸動脈から十センチもない距離にあった。
翰文は歩みを緩めず、瞬きをする余裕さえも切り捨てていた。
彼の袖が怪物の鋭い骨刃の縁をかすめ、微かな摩擦音を立てる。
怪物は沈黙したままであり、翰文もまた振り返ることはなかった。
すべては水底を歩くスローモーションのように、それでいて抗いがたい慣性に押されるように、彼らを出入口へと導いていった。
どれほど歩いただろうか。
前方から、濁った光が差し込んできた。
それは「暴食者」の爆破された「口」であり、彼らが最初に入り込んだ入り口でもあった。
近づくにつれ、空気の臭いが劇的な断層を描いて変化した。
鼻を突く濃厚なフォルマリンと年代物の腐臭が瞬時に遮断され、代わりに届いたのは、鉄錆の臭いと乾燥した砂塵に満ちた、粗野な気配だった。
空気には酸化銅の苦味が漂い、焼けたタイヤの刺激的な硫黄臭が混ざる。――廃土特有の口臭だ。そこには古い汗の染みや、アドレナリンが過剰分泌された後の酸っぱい臭いも混じっていた。
機械油の臭いしかしない死人の山の中で、この滾るような汚れた生身の人間の気配は、暗闇に放たれた信号弾のように鮮明だった。
薇が真っ先に影から踏み出した。
巨大な亀裂の前で足を止め、彼女は歓声を上げることもなく、警戒心もあらわに「送葬者」を構えた。銃口が素早く周囲の遮蔽物を掃射するように動く。
伏兵がいないことを確認して初めて、彼女は防風ゴーグルを跳ね上げた。荒野の風が細かな放射性塵を巻き込み、油汚れにまみれた彼女の皮衣をパチパチと叩いた。
続いて、エンジンと李翰文が出てきた。
青い光を放つ巨大な生体脳が蒼穹の下に晒された瞬間、周囲の陽光さえも一瞬陰ったかのように感じられた。
最後に出てきたのは無小姐だった。
洞窟から踏み出した瞬間、風民の少女は突如として激しく空嘔吐し、苦しげに口鼻を覆った。
「……汚い……」
無小姐は翰文の背後に身を潜め、琥珀色の瞳を激しく震わせた。
「……風の中が……機械油と火薬の臭いでいっぱい……。それに、強欲の臭いも……」
感覚の鋭敏な彼女にとって、地表に満ちた放射性塵と人間の欲望が混ざり合うこの朝の風は、砂利の混じった嵐も同然だった。
荒野の風は、さらに勢いを増していた。
地下のねっとりとした死の風ではない。粗い砂礫を含み、頬を痛烈に叩く荒野の夜明けの風だ。
翰文は目を細め、頭上の白内障の眼球のように惨白な太陽に視力を慣らしていった。その光に温かみはなく、照らし出された一行は皆、墓場から這い出してきた死体のように見えた。
「誰かいたね」
薇が不意に口を開いた。その声は風の中の砂利よりもザラついていた。
彼女は地面に屈み、砂に半分埋まった真鍮の物体を拾い上げた。
翰文が覗き込むと、それは一発の薬莢だった。洞窟付近の泥土は乱暴にかき乱され、深い鋸歯状のタイヤ痕が、巨大な毒蛇が這った跡のように幾筋も残されていた。それは入り口で一度止まり、再び東へと伸びていた。
突き出した岩の上には、鮮紅色のペンキで粗末な図案が吹き付けられていた。
――錆びついた歯車に巻き付く一匹の百足。ペンキはまだ完全には乾ききっておらず、新鮮な血痕のように見えた。
「……鐵蜈幫」
薇は薬莢を無造作に放り投げた。石に当たってカランと高い音が響く。「鼻の利く禿鷹どもめ。あたしたちが下でパーティをしてる間、ずっと上で見張ってやがったんだ」
「あいつらは去ったのか?」翰文が問い、手は本能的に腰の短刀へと伸びた。
「……いいや、一時的に引いただけだ」
薇は地面のタイヤ痕を指差した。
「嵐が止んだばかりだ。補給に戻ったか、応援を呼びに行ったんだろう。ここは『暴食者』の残骸だ。あの強欲なクズどもにとっちゃ、ネジ一本のために人を殺す価値がある場所だからね」
翰文は東へと続くタイヤの跡を見つめた。
その先、灰色の塵霧の向こう側にかすかに巨大な都市の黒いシルエットが見える。鋼鉄と廃棄物が積み上げられた山脈であり、この荒野における唯一の文明の灯火。
そこは「生きた人間」の世界だ。
だが今、熱い湯と柔らかなベッドへと続くその道は、鐵蜈幫という名のハイエナどもが仕掛けたトラバサミで埋め尽くされているだけでなく、彼と無小姐が都市を脱走した時点ですでに断たれていた。
「……死にたいんなら、はっきり言いなよ」
薇の冷ややかな声が背後から届き、ライターの金属的なカチャリという音が続いた。
彼女はエンジンの冷たい金属肋骨に寄りかかり、しわくちゃの煙草をくわえていた。火はつけず、ただフィルターを乾いた音を立てて噛んでいる。ゴーグルの亀裂越しに向けられた緑の瞳には、「馬鹿を見る目」がこれ以上ないほど露骨に書き込まれていた。
「あんたの後ろを見てみな」薇は顎で機械犬の背に浮かぶ巨大な蒼い脳を示した。
惨白な朝光の中でも、その幽藍色の光輪ははっきりと見え、周囲の荒涼とした景色の中で、いっそう際立って――いっそう誘惑的に映っていた。
「そいつを抱えて街に入るってのかい?」薇は、砕けたガラスを噛み砕くような口調で冷笑した。「数千ワットのデカい電球をぶら下げて銀ブラでもしたいのか? 鐵蜈幫の連中なら、今頃街への通り道に検問を敷いて、あたしたちが自ら網にかかるのを待ってるはずだよ」
薇は歩み寄り、指先でガラス水槽を荒っぽく小突いた。
「あんたや小野猫ちゃんの懸賞金が足りないとでも思ってるのかい? それとも街のギャングが親切にも運賃を肩代わりしてくれるとでも? こいつはあいつらの目には遺物じゃなく、天界へのチケットに見えてるのさ。街に五キロ近づく前に、骨の髄までしゃぶり尽くされるよ」
翰文は沈黙したまま、頭の中で素早く計算を巡らせた。
美しくも致命的なこの脳を見、そして黒い硬殻に包まれ怪物の蹄と化した自らの足を見た。
確かに。今の自分たちは、光り輝く看板を掲げた、廃土で最も「旨そうな肉」そのものだ。
文明の世界は彼らを受け入れない。あるいは、今の彼らには文明に入る資格がないのだ。
「なら、どこへ行けばいい?」翰文の声は嗄れ、喉の奥には鉄錆の味が満ちていた。「俺の足は長くは持たない。それに……こいつもメンテナンスが必要だ」
薇はゴーグルを額へと押し上げ、油に汚れながらも鋭い美しさを失わない素顔を晒した。
彼女は向きを変え、都市とは反対の方向――西方を指し示した。
そこの空は、病的な暗紫色を呈していた。
地平線の果てには、無数の歪んだ金属の骨組み、廃船となったタイタン機甲、そして断裂した戦艦が積み上げられてできた黒い山脈がそびえ立っている。巨大な鋼鉄の墓標のように砂嵐の中に沈黙し、不穏な死の気配を放っていた。
「『鉄墳場』へ行くよ」
薇は煙草に火をつけたが、一服吸っただけで不服そうに吐き出した。その口調には、嫌悪と畏敬が混ざり合った、彼女にしては珍しく複雑な感情が宿っていた。
「……あそこにいる、クソ婆あに会いに行くんだ」
「……誰だ?」翰文が問う。
「……灰塔の異端者さ。自分が霧散するのを防ぐために、自分の身体を生きながらセラミック(磁器)に焼き上げたイカれた精霊だ」
薇は屈み込み、翰文の強張った黒い蹄を叩いてみせた。コン、コンと硬質な音が響く。
「彼女の機嫌がいいことを祈るんだね、考古学者。断言してやるよ。この世界で、このボロい脳みそを『植え付け』て生かせるのは、あの『磁器観音』だけだ。そして、あんたのその廃材みたいな足を芸術品に変えられるのも、彼女だけさ。……まあ、彼女の提示する『値』に、あんたが払えるかどうかは別問題だがね」
翰文は陰森とした鋼鉄の山脈を見つめた。
なぜか、そこは逃げ出してきたばかりの地下列車よりも寒々しく感じられた。そして生物的な腐敗とは異なる、金属と機械油が放つ特有の死寂がそこにはあった。
だが、他に選択肢はない。この道ならば、少なくとも今すぐ命を落とすことはないだろう。
「……分かった。行こう」
翰文はバックパックのストラップを締め直し、足を踏み出そうとした。
「待ちなお」
指先のカットされたタクティカルグローブをはめた、タコだらけの手が、冷淡に翰文の胸を押し止めた。
薇は動かず、その緑色の瞳で翰文を射貫き、口角には商人特有の危険な冷笑を浮かべていた。
「……何か勘違いしてないかい、考古学者?」薇の声は先ほどよりもいっそう冷たく、金属的な質感を帯びていた。「行くとは言ったがね、『タダで』連れて行くとは言ってないよ」
翰文は絶句した。「俺たちはてっきり……」
「友達でもなけりゃ、あたしは慈善事業のシスターでもないんだよ」薇は容赦なく言葉を遮った。「あたしはあんたのために『暴食者』を片付け、この脳みそを掘り出してやり、あんたの爛れた足を包んでやった。その上、今度は鐵蜈幫に追われるリスクを背負って、荒野を半分横断して護衛しろってのかい? ……タダで? ああ?」
薇が一歩詰め寄る。機械油と火薬の臭いが鼻を突いた。
「『送葬者』をボディガードに雇う市価がどれくらいか知ってるのかい? あんたのその首を切り落として売ったところで、端金にもなりゃしないよ」
翰文は深く息を吸った。これこそが本物の薇なのだ。
「金はない」翰文は彼女の瞳を直視した。「もしこの脳が欲しいなら、とっくに奪い取っていただろう?」
「あんな脳みそ欲しかないよ。熱すぎて持て余すだけだ。あたしは赤字の出る商売はしない主義なんだよ」
薇は腰からナイフを抜き、惨白な陽光を刃に反射させながら、手慰みに空中で弄んだ。
「あたしが欲しいのは、あんたさ」
翰文は思わず半歩後退し、無小姐も緊張した面持ちで彼の腕を掴んだ。
「勘違いするな。あんたの肉体に興味があるわけじゃない」薇は鼻で笑い、ナイフの先で翰文の頭を指し、次にその手を指した。「あんたはあの忌々しい『旧律』を知っている。この死に損ないの龍に歌を歌わせ、あたしにも解けないような仕掛けを従わせた。その腕前……鉄墳場なら、いい値で売れるかもしれないからね」
薇は無骨な手を差し出し、掌を上へ向けた。
「これは取引だ。あたしはあんたたちを磁器観音の元まで送り届け、道中の命を保証してやる」
「代償は?」翰文が問う。
「優先修理権だ」
薇は一言一言区切るように言った。「今日から、あんたがあたしへの借金をすべて返し終えるまで、あんたはあたし専属の技師だ。あたしの銃がジャムろうが、エンジンの足が折れようが、いつかあたしが自分の心臓を掘り出して新品に変えたいと言い出そうが……。あたしが口を開けば、あんたは直す。無条件で、呼び出しには即座に応じる。それが条件だ」
これは雇用ではない。奴隷契約だ。
機械と肉体がいつでも崩壊し得るこの廃土において、「旧律の遺物」を修復できる技師は、命よりも価値がある。
翰文はその手を見つめ、次いで背後の殺機に満ちた荒野と、衰弱した無小姐を見た。
彼に交渉の余地など残されてはいなかった。
「……成立だ」
翰文は大きく息を吐き出すと、手を伸ばし、薇の無骨で、力強く、そして冷たい掌を握りしめた。
隣のエンジンが、契約に印を押すかのようにガシャリと金属を噛み合わせる音を立てた。その背に揺れる蒼い脳の光暈が、一瞬だけ翳り、すぐに元の輝きを取り戻した。
「賢明な選択だよ、予備部品くん」
薇は満足げに手を引くと、再びゴーグルを下ろし、口調をいつもの倦怠と嘲弄へと戻した。
「なら行くよ。はぐれるんじゃないよ、あたしの料金は時間単位で加算されるんだからね」
翰文は、放されたばかりの自分の掌を見つめた。そこにはまだ、薇のグローブにこびりついた機械油の感触が残っていた。
生まれて初めて、自分がもはや「人間」ではなく、値札を付けられ、いつでも交換可能な「物件」になったのだという感覚を覚えた。
その感覚は、足裏の鈍痛よりもなお冷酷だった。
ずっと傍らにいた無小姐が、不意に肩をすくめた。彼女は翰文と薇が交わした握手を見つめ、琥珀色の瞳を激しく収縮させていた。――彼女はその動作の中に、覚えのある「臭い」を嗅ぎ取っていた。
それは、鉄鎖が足首にかけられる時の臭いだった。
翰文と無小姐は視線を交わしたが、多くを語らず向きを変えた。文明と安息を象徴する都市に背を向け、昇り始めた太陽に背を向けて。
彼は重々しい黒い義肢を踏み出し、カツ、カツと音を立てながら、鉄錆と死に満ちた西方の荒野へと歩み始めた。
背後で、蒼い脳が風の中で微かな唸りを上げた。あたかも、これから待ち受ける運命に戦慄しているかのように。
そして死せる「暴食者」は、内臓を抜かれた巨大な死骸となり、朝日の中に静かに横たわったまま、果てしない風化の時間を刻み始めた。
【第二卷・残頁 II:世界の肋骨の上を歩む——記録封印】
『あたしたちは大地を歩いているのではない。死せる巨神の肋骨の間を踏みしめているのだ。呼吸のたびに、神々の鉄錆を吸い込み、鼓動のたびに、神々の残響と共鳴する。それを誇るな、我が子よ。屍を呼び覚ますことは奇跡ではない。共に背負うべき孤独なのだ。
この長き葬列は、まだ始まったばかりなのだから』
——『灰塔禁書・異化の巻』より




