第38話 : 凡夫の爛れと、神の食欲
『痛覚ってのはいいもんだ。自分がいまだにパーツ(部品)に成り下がっていない証明だからな。痛みを感じなくなっちまったら、そいつは死んだか、あるいはこの都市の一部になっちまったかのどちらかだ』
——下城區無免許義体医「老鬼」の手術台格言
アドレナリンの引き潮は、決して穏やかな終幕などではなかった。それは暴力的で、破滅的な撤退だ。
目に見えない巨人が、脊椎の中から支柱代わりの鉄筋を力任せに引き抜いていったかのような感覚。李翰文は自分の身体構造が瞬時に崩壊し、魂さえも重力に捕らわれて地面へと叩きつけられるのを感じた。
彼は気密扉の冷たい金属面に沿って滑り落ちた。尻が地面に着いた瞬間、高濃度の薬物によって遮断されていたあらゆる感覚が、堰き止められていた濁流のごとく溢れ出し、咆哮を上げて決壊した。
まずは足だ。
それはもはや単なる痛覚ではなかった。炉から取り出したばかりの、真っ赤に焼けた粗目のヤスリで、足の裏を執拗に、何度も何度も削り取られているような感覚だ。皮膚の紋様が削られる音の一つ一つが鋭い電気信号と化し、坐骨神経を伝って視床を焼き尽くし、さらにその先へと侵攻を続ける。
次いで手だ。
強引に神経をジャックした際の右手の傷が、激しく脈打ち始めた。指先にはまだ「神代の機械」と連結していた際の幻触が残っている――狂乱した意識の奔流に無理やり押し広げられ、引き裂かれんばかりに膨張したあの感覚が、今は細かな針の刺痛へと変貌し、血管の中を這い回っている。
「……はぁ……はぁ……」
翰文は口をだらしなく開け、喉の奥から壊れたふいごのような重い喘ぎを漏らした。冷や汗が一瞬で背中を濡らし、高熱による熱い汗と混ざり合って、粘つく冷たい皮膜となって皮膚に張り付く。吐き気を催す不快感だ。
視界が霞み始める。
眼前の鋼鉄の礼拝堂が歪み、引き伸ばされる。宙に吊るされた巨大な心臓は機械の偽装を脱ぎ捨て――たった今抉り出されたばかりの、血の滴る臓器そのものに見えた。
「……動かないで」
弱々しいが、確固たる意志を持った声が耳鳴りのノイズを突き抜けた。
無小姐が彼の傍らに跪いていた。
風の世界から来たこの神秘的な女は、今や見る影もなく無残な姿だった。黒い絹のようだった髪は埃にまみれ、精緻な茶器を持って午後の茶会を楽しんでいたはずのその手は、今や機械油と泥で汚れている。だが彼女はそんなことを気にも留めず、その瞳は異常なほどに集中していた。
彼女は俯き、翰文のブーツの紐を不器用に解き始めた。
ブーツは完全に変形していた。堅牢だった軍用ラバーのソールは強酸に侵されてボコボコになり、溶けたアスファルトのように靴下にべったりと癒着している。
無小姐は蒼白な唇を噛み、指先を微かに震わせた。彼女が試行錯誤するように踵を引くと、焦げたゲル状の塊と皮膚の間で、糸を引くような不快な癒着が起きているのが分かった。
彼女は深く息を吸い、その動作を突如として決然としたものに変えた。
長引く痛みよりは、一瞬の苦痛を。
彼女は肉にこびりついたゴムの残骸を、一気に剥ぎ取った。
皮膚が引き裂かれる際の、あの耳障りなヌチャリという音と共に、焦げた臭いと生肉の生臭さが瞬時に辺りへ充満した。
「っ、ぐぅ――!」
翰文はのけぞり、後頭部を金属の扉に激しく打ち付けた。喉の奥から押し殺した悲鳴が漏れ、首筋の青筋がミミズのように浮き上がる。
ブーツが脱げた。
その中の光景は、文明人なら昼食をすべて吐き戻すほどに無残だった。
足の裏の皮膚はすでに消失し、代わりに赤く腫れ上がり、爛れた肉の塊が剥き出しになっていた。淡黄色の組織液を含んだ透明な水疱がいくつか膨らみ、破れた箇所からは刺すように赤い柔肉が覗いている。その赤と黄色の混濁の中に、肉に深く食い込んだ黒いゴムの破片がいくつか混じっていた。
凡人の肉体など、この工業的な悪意の前では、出来立ての熱いプリンのように脆弱でしかなかった。
無小姐は何も言わなかった。彼女は背を向け、翰文の背後にあった軍用バックパックを手慣れた様子で引き寄せた。彼女はそれがどこにあるかを知っていた。以前使い、自らの手で戻したものだからだ。
彼女はサイドポケットから、ひしゃげた緑色の薬缶を取り出した。
蓋を開けると、鼻を突くミントの臭いと劣悪な機械油の臭いが漂い出す。下城區で命を懸けて手に入れたこの軟膏が、今や彼らの唯一の命綱だった。
彼女は翰文の鈍い短刀を抜き、先で緑色の軟膏を一塊掬い取った。
その動作は初雪を愛でるように優しく、指先の熱で溶けてしまうのを恐れているかのようだった。
冷たい薬が傷口に触れた瞬間、翰文は全身を痙攣させ、本能的に足を引っ込めようとした。
だが、無小姐がその脹脛を力強く押さえつけた。
彼女が顔を上げた。琥珀色の瞳には無用な哀れみはなく、ただ執拗なまでの真剣さがあった。その頑なな気質は、痛みと対峙した際に特有の冷静さを放っていた。
「……我慢して」
彼女は乾いた声で囁いた。「……その足を切り落として、薇に鉄屑で溶接してもらいたくないのならね」
翰文は彼女を見つめた。汗が自然と目に入り、焼けるような痛みに涙が滲む。
息を呑むほど壮大なこの「エンジン礼拝堂」の中で、緩慢に脈打つ神代の心臓の傍らで。この零落した異族の女は、最も原始的で、最も不器用なやり方で、損壊した凡人を修復しようとしていた。
その光景には、滑稽なまでの神聖さが宿っていた。
そして彼らから五メートルも離れていない場所で、薇は背を向けていた。
彼女は手助けに来ることも、振り返ることさえもしなかった。
魂の燃料を流し込む巨大な心臓を前に、彼女は忘れ去られた彫像のように立ち尽くしていた。
今の彼女は、煙草に火をつけようとしていた。
ライターが空打ちを繰り返すカチャ、カチャという音が、死寂の空気の中で際立って耳障りに響く。
小さな火が灯っても、すぐに消えてしまう。
ライターが壊れているのではない。彼女の手が、壊れていた。
数十キロの重銃を微動だにせず支え、虫の神経節に正確に電極を突き刺してきたあの「安定した手」が、今は小さな火を保つことさえできないほどに震えていた。
彼女には受け入れられなかった。
機械を信仰する死霊術師として、自分が崇拝してきた神跡が、これほどまでに原始的で野蛮な「生身の供物」の上に成り立っているという事実が。それは残酷である以上に、彼女の技術的信仰に対する侮辱だった。
その時、異変が起きた。
宙に吊るされた機械の心臓が、予兆なくドクンという重低音の巨響を放ったのだ。
その音は重厚な戦槌が地面を叩きつけたかのように、鋼鉄の礼拝堂全体を震わせた。
規則的だった鼓動の周波数が一瞬で崩壊し、末期の病人のような激しい収縮へと変わった。
直後、薇の傍らにある透明な輸送管の中で、平穏だった液流が激しく渦巻き始めた。
濃厚な、暗赤色の流体がパイプを猛然と駆け抜ける。
薇は反射的に振り返った。
その瞬間、時が止まったように感じられた。
彼女は見たのだ。
急速に流れるその液体の中に、はっきりと、惨白な人間の顔が、透明な管の内壁に激しく張り付いたのを。
その顔は、毛跳ぼう立つほど鮮明で、極限の苦痛によって五官は完全に歪みきっていた。
高圧の液体に押し潰されて変形し、眼球は飛び出し、口は極限まで大きく開かれ、濡れた仮面がガラスに張り付いたかのように、彼女に向かって声なき、引き裂かれるような絶叫を上げていた。空洞の眼窩が、分厚いガラス越しに薇を死ぬまで呪い殺すかのような目で見据えていた。
「……あ、あああぁ!」
薇は、焼きごてを魂に押し当てられたかのような衝撃を受けた。
彼女は短い悲鳴を上げ、全身を弾かれるように後退させた。手の中のライターと火のつかなかった煙草が、地面に激しく叩きつけられた。
パリンという破砕音。ライターは割れ、安物の燃料が辺りにぶち撒けられ、刺すような化学臭を放って急速に揮発していった。
「……嘘だ。あんた、嘘をついてる」
薇の声は乾き、鋭く、明らかな震えを帯びていた。彼女は頭を抱え、今見た光景を脳内から必死に抉り出そうとしている。
彼女は猛然と振り向いた。緑色の瞳には血走った筋が浮き、瞳孔は激しく収縮して翰文を凝視した。
防毒マスクのせいで長い間陽の目を見ていなかった蒼白な顔が、極度の恐怖で歪み、口角が神経質にピクピクと動いている。
「……あんなのは幻覚だ。あるいはホログラムの投影だ。あんた、あたしを騙してるんだろ? 魂の燃料だの……人間を食うだの……筋が通らねぇ! 燃焼のロジックに合わねぇんだよ!」
彼女は支離滅裂に両手を振り回し、パイプを指差し、指を激しく震わせた。だが二度とその方向を見ようとはせず、論理の崩壊した自己暗示の沼に沈んでいった。
「……あれは旧時代のある種の高性能なバイオ燃料だ。巨獣の脂膏か? ああ、そうに決まってる! 神代の合成酵素が混ざって、気泡がたまたま人の顔に見えただけだ……。あたしはたくさんのエンジンを見てきた。図面だって見てきたんだ! 魂を燃やして動くエンジンなんてありえねぇ。非論理的だ。そんなの……馬鹿げてる!」
翰文は扉にもたれたまま、無小姐が爛れた足を処置するのに身を任せていた。
彼は薇を見ていた。崩れ落ちていくこの女を。
不遜だった荒野の狩人。機械を唯一の真理としていたこの女が、今は聖書の中に卑猥な罵詈雑言が書き込まれているのを見つけた狂信者のように、信仰崩壊の淵で断末魔の足掻きを続けている。
「……薇」
翰文の声は小さく、今にも空気に呑まれそうだったが、異常なほど鮮明だった。
「あんた……もっと近くで見てみな。スキャナーじゃなく、その目でな。人間としての部分で、感じてみるんだ」
「……分かってるんだろ、それが何なのか。臭ったはずだ、あの焦げた甘い臭いを」
薇の呼吸が荒くなった。
喉の奥からヒュー、ヒューという壊れたふいごのような音が漏れ、死寂の空間に刺々しく響く。手負いの野獣の唸り声だ。
彼女は歯を食いしばり、言葉を絞り出した。
「……見ねぇよ。あたしが欲しいのはエンジンだ。動きさえすりゃ……パワーさえありゃ……」
そう言いながらも、彼女の足は地面に根を張ったように動かず、一歩も前へは進まなかった。
先ほどまでの自分を「繋ぎ」、神と合一しようとしていた熱狂は、跡形もなく消え去っていた。取って代わったのは、骨身に沁みるような、上位捕食者に対する狩人としての本能的な恐怖。
彼女は不意に理解したのだ。この巨大な機械の前で、自分は使用者でも整備士でもない。
ただの「潜在的な燃料」なのだ。この機械が彼女を見る目は、彼女が蟲を見る目と同じなのだ。
空気は突如として重苦しく、不気味なものへと変わった。
頭上の巨大な心臓は緩慢なリズムを取り戻したが、ドクン……ドクン……というその重苦しい節奏が響くたび、ドームの天井からわずかな埃が舞い落ちる。まるでカウントダウンを刻んでいるかのように。
薇の視線が彷徨い始めた。恐怖は別の、より危険な感情へと変質しつつあった。――生存本能。
彼女は巨大な心臓を一瞥し、次いで地面に横たわる、半分廃人状態の翰文を盗み見た。
そして最後、彼女の視線は、懸命に手当てを続ける無小姐の背中で止まった。
彼女の目が変わった。
「獲物」や「厄介者」を見ていたそれではない。
薇は無意識に乾いた唇を舐めた。その視線は、冷徹で精密なメスの刃のように、無小姐の細い首筋、胸元、そして手首の動脈をなぞった。
彼女の唇が微かに動き、声なき狂った計算を行っているようだった。
純度……当量……瞬発力……燃焼時間……
彼女は計算していた。死霊術師としての職業本能で。
もし自分を繋がず、自分を犠牲にしないのであれば……。
ならば、この風の世界から来た高純度の「高級バッテリー」一柱で、この神跡はどれほど稼働するのか?
五分か? 十分か? あるいは、この列車が蟲の包囲網を突き抜けるには十分な時間か?
無小姐はその、自分を薪として「物象化」する失礼な悪意を察知した。
薬を塗る手が止まった。
彼女は顔を上げなかったが、その身体は怯えた野良猫のように瞬時に弓なりになり、筋肉が張り詰めた。彼女はゆっくりと、音もなく位置を変え、巧みに翰文と薇の間に割って入った。
無小姐の細い手が、皮衣の破れた裏地の奥へと滑り込んだ。
そして、極めて隠密に、かつ決然とした防御の構えを取った――あたかも、すべてを一瞬で終わらせる最後の手札を隠し持っているかのように。
空気中に、一触即発の淡い殺意が満ちた。
この鋼鉄の礼拝堂は、今にも生贄の場へと変わろうとしていた。
翰文は感極まったように溜息をついた。
疲れすぎていた。劇痛と疲労が交代で彼の正気を引き裂き、ただ目を閉じて眠りたかった。
だが彼は知っていた。この危うい沈黙が破られれば、ここはさらなる屠殺場に変わる。薇は躊躇なく手を下し、無小姐にそれを止める術はない。
「……計算はやめろ、薇」
翰文は目を閉じたまま、嗄れた声で薇の脳内にある汚らわしい数式を突き崩した。
「……この心臓は『満タン』だ。燃料タンクはあの手のもので溢れ返ってる。俺たち三人全員を放り込んだところで、こいつの歯の隙間も埋まりゃしねぇよ」
「……こいつを一度起動させるのに必要な量は、都市一つ分丸ごとだ。あんたに支払える代物じゃない」
薇の身体が硬直した。
心中を見透かされた羞恥と、何らかの安堵感が混ざり合い、彼女の顔の筋肉を痙攣させた。
彼女は顔を赤らめたのか、鼻で冷たくフンと笑うと、ようやくその食人めいた視線を逸らした。
殺意が霧散し、広大な空間には疲弊だけが残った。
薇は不機嫌そうに、離れた場所にある金属の階段に腰を下ろすと、巨大な「送葬者」を抱え込み、頭を膝の間に深く沈めた。
手負いの、孤独な野獣が、自分の洞穴へと逃げ込み、世界との対話を拒絶しているかのようだった。
「……休もう」
翰文は無小姐の手甲を軽く叩き、そんなに緊張しなくていい、その切り札を収めろと促した。
「……少なくとも今は、安全だ」
安全だ、と。
罪悪と血肉で積み上げられたこの神殿の中で、ブラックユーモアに満ちたその言葉を胸に、三人はそれぞれ異なる恐怖を抱えながら、死のような沈黙へと沈んでいった。
翰文は目を閉じ、足裏から伝わる劇痛に抗いながら呼吸を整えようとした。
だが、できなかった。
エンジンの稼働が放つ幽青色の微光の中で、巨大な心臓の鼓動音がますます鮮明になっていく。
ドクン……ドクン……という重苦しいリズムが響くたびに、鼓膜を貫き、脳へと直接作用した。
それは、彼の脳内の深淵にある青い炎「残り火」と、不気味な周波数で共鳴を始めていた。
脈動のたびに、脳内の蒼い火が震える。
彼には、その声の意味が分かった。
機械の駆動音などではない。
金属の衝突音の奥底に、数万の魂の哀哭が隠されており、それらは一つの、繰り返される飢餓と強欲に満ちた囁きへと集約されていた。
……まだ足りない……
……もっと、寄越せ……
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