第33話 : 黒日軍団の亡霊と、呼吸する線路
『死人の靴を拾うな。縁起が悪いからではない。その靴がどのような道を歩んできたのか、そして最終的にどこの地獄へお前を連れて行くのか、お前には知る由もないからだ』
——『拾荒者手記・44ページ:禁忌について』
荒野の夜明けは、詩人が描くような希望に満ちたものではない。
ここでの夜明けとは、低空に浮遊する放射性塵が汚らしい桃色の霧を形成することを意味する。その霧を通り抜けて届く陽光に温かみはなく、ただ肌に病的な痒みをもたらすだけだ。
李翰文は痛みで目を覚ました。正確には、自分の手に「凍え」させられて目を覚ましたのだ。
一晩中寒風に晒された結果、両手を覆っていた緑色の軟膏は、滲み出た血水と共に乾ききり、硬い殻となって固着していた。
今、彼の両手は奇妙な鶏の足のような痙攣状態で固まっている。指を伸ばそうとするたび、ひび割れた薬の殻が下の新生した柔肉を引き剥がし、粘着テープを皮膚ごと剥ぎ取った時のような鋭い刺痛が走る。
「……っ、つぅ……。おはよう、素晴らしき地獄さんよ」
翰文は歯を食いしばり、強張った指を無理やり動かした。
カチ、カチという関節の鳴る音と、何度かの短い悲鳴のような吸気の後、彼の手はようやく「掴む」機能を取り戻した――依然として力は入らないが、快方に向かっている兆しはあった。
隣の無小姐はまだ眠っている。あるいは昏睡か。彼女の眠りは極めて不安定で、時折電流を浴びたように身体をピクリと震わせる。
岩の隙間の最も深い場所に身を縮め、乾ききらない皮衣を不格好に纏ったまま。彼女は眉間に深い皺を寄せ、両手で例の大きなブーツの縁を死守するように握りしめていた。まるで溺れている時の唯一の浮き木であるかのように。
翰文は溜息をつき、苦痛に耐えて身体を動かした。今のうちに装備を整えなければならない。
昨日、鋼鉄の釘を身代わりで受けた軍用バックパックは、今や惨憺たる有様だ。側面の貫通した大穴は嘲笑う口のように開いており、補修しなければ数歩歩く間に中身をぶちまけてしまうだろう。
彼は震える指で、バックパックの内側から予備の布ストラップを引きちぎろうとし、手の中の刃こぼれした短刀でそれを切ろうと試みた。
鈍い刃が帆布をこする、悲劇的な「ギチ、ギチ」という音が響く。手の痛みで力が入らず、刃が滑って親指を半分削ぎ落としそうになった。だがその拍子に、バックパックの表面を覆っていた分厚い、硬化した油汚れが剥がれ落ちた。
何年積み重なったのかも分からないアスファルトのような汚れが、バックパックの本来の姿を封じ込めていた。汚れが大きな塊となって剥がれ落ちると、かつてはぼやけた輪郭でしかなかった刺繍の紋章が、ついにその獰猛な素顔を露わにした。
「ったく、このボロ布が……」
翰文は毒づき、苛立ち紛れにバックパックを膝の上に叩きつけた。そこに現れたのは、磨耗の激しい紋章だった。
金糸と黒糸で編み込まれたトーテム――「黒い太陽」の中央を、一本の「折れた血塗られた長槍」が貫いている。金糸は微光の下で不吉な輝きを放ち、無視できない威圧感を漂わせていた。
汚れにまみれてはいるが、軍隊特有の粛殺と暴力の気配が、磨り減った針目から滲み出している。
「どこかで見たような図案だな……。黒い太陽に折れた槍? 悪趣味なセンスだ」
翰文は目を細め、煤を吹き飛ばした。短刀の先でその紋章を小突き、嘲笑う。
「こいつらが全滅したのも頷ける。負け戦を願ってるような旗印じゃねぇか」
「……だが、間違いなく正規軍のエリート装備だ。道理で頑丈なわけだ」
汚れすぎていて気づかなかったが、今見れば、作りが極めて精緻だ。下城區の鉄板を継ぎ合わせたゴミとは違い、厳格な「秩序」が宿っている。
「……動かないで」
極度の恐怖によって上ずった声が突然響いた。
無小姐がいつの間にか目を覚ましていた。寝起きの朦朧とした様子はなく、彼女は引き絞られた弓のように身体を強張らせ、翰文を凝視していた。
いや、正確には翰文が身に纏っている「全装備」を、だ。
「……それに……触れないで……」
翰文はぎょっとして顔を上げた。今の彼は、磨き出された「黒日断矛」の金糸紋章を膝に置き、足にはあの重厚な北陸タクティカルブーツを履いている。これらは単独で見れば何ということもないが――バッグは汚れ、靴もただの北陸製品だと思っていた――、それらが一人の人間に組み合わさった瞬間、彼女の記憶の奥底に封印されていた悪夢のイメージと、完璧に重なった。
無小姐は起き上がることもできず、その場にうずくまったまま、琥珀色の瞳でバックパックの紋章を凝視していた。瞳孔は恐怖で針の先ほどに収縮している。
顔色は紙のように白く、呼吸は首を絞められた鳥のように激しく、短い。
「……それを脱いで……。どうして……あなたがその皮をしてるの……」
「……どうした? この紋章か? 心当たりが?」
翰文が手を止めると、彼女の視線は紋章からゆっくりと下がり、最後に彼の履いている重厚なブーツで止まった。昨日鐵頭から得た、「死体の山」から剥ぎ取ったという高級品。
「……脱いで……脱いでよ……!」声が震えている。
「脱げって? 正気か?」翰文は眉をひそめた。
「このバッグはずっと背負ってきただろ。今さらデザインが気に入らないってか?」
「外はガラスの破片みたいな砂だらけだ。靴を脱いだら百メートルも歩かないうちに足が腐る」
翰文は自分を見下ろした。「昨日、この靴はいいって言ったじゃないか」
彼はこれが彼女の潔癖症か何かだと思い、軽い口調で空気を和らげようとした。
「中古だが、洗えばまだ使える。こんな場所じゃ、履き物があるだけでマシな方だ……」
「……前は見えなかった……泥に隠れてたから……」
彼女は金色の黒日のトーテムを指差し、耳障りなほど尖った声を上げた。
「……その靴も……それは制式装備よ……」
「……あれは『黑日』。普通の北陸軍じゃない……」
「……金糸を使うのは……あいつらだけ……」
無小姐が突然、金切声を上げた。
猛烈な勢いで後退し、岩に背中を叩きつけ、地獄から這い戻ってきた悪鬼を見たかのように身悶えする。
「……あの日、穴の中で……私を捕まえた奴ら……。みんなその格好をしてた……」
彼女は頭を抱え、濡れた髪に指を深く突き刺し、身体を激しく痙攣させた。
「……何千もの……全く同じ影が……私を踏みつけて……」
「……髪を掴んで……泥水の中に押し付けて……私を缶詰にして……北陸へ連れて行くって……」
翰文の手が空中で静止した。
脳内の「残り火」がワンと鳴り、ぼやけた映像が意識に強引に挿入された。
すべての起点、腐敗した甘い血の臭いが漂う死体遺棄所。
山のように積み上げられた死体。一瞬で屠られた軍隊。ボロボロの軍服を着て、破損した武器を握る死人たち。そしてこの品質の良すぎるブーツと、拾い物のバックパック。
彼はこの旅の間ずっと、仇の遺品を身に纏って歩いてきたのだ。そして不用意にバックパックを綺麗にしたせいで、その亡霊を完全に呼び覚ましてしまった。
「……じゃあ、あの死体の山は……君を捕まえようとした連中なのか?」
翰文の声は乾き、喉に砂を詰め込まれたような感触がした。
無小姐は答えず、ただ震えていた。
恐怖の涙が瞳から溢れ出し、油汚れにまみれた顔に二筋の明瞭な跡を描く。
「……あいつら……うるさいの……」
彼女は虚ろな目で呟き、脱出不可能な記憶の渦に飲み込まれていく。
「……笑って……争って……私を切り刻もうとして……」
「……そして……風が来た……」
その三文字が出た瞬間、周囲の空気が凍りついた。
荒野を吹く放射能混じりの寒風さえ、一際骨身に沁みる冷たさに変わった。
「……普通の風じゃない……」
彼女は膝を抱きしめ、爪を皮衣に食い込ませた。
「……それは、肅清……」
「……風は騒がしいのを嫌う……汚いものも……」
「……だからあいつらを……声もろとも……骨もろとも……全部拭い去った……」
「……幽霊みたいに……」彼女は震えながら付け加えた。「……今のあなたを見てると……あの幽霊たちがまた立ち上がったみたいに見えるの……」
静寂が支配した。翰文は自分の足元を見つめた。
厚く、堅牢で、滑り止めのスパイクがついた重厚なタクティカルブーツ。
単なる死人の遺物だと思っていた。
だが今、理解した。これは罪業と殺戮に塗れた靴だ。その前の持ち主は、彼女の頭を押さえつけ、標本にしようとした暴徒の一人だったかもしれない。
そして彼は今、仇の靴を履き、生き残った被害者を連れて、この呪われた土地を逃れようとしている。
強烈な吐き気がせり上がってきた。この靴はもはや保護具ではなく、呪われた足枷のように感じられた。
翰文は無意識に靴紐を解き、この忌々しい靴を投げ捨てようとした。
だが、止まった。手は紐にかかっていたが、震えるだけで解かなかった。
足元の、砕けたガラスのような黒い結晶の砂地を見る。
今ここで靴を脱げば、十歩も行かぬうちに足の裏は切り裂かれる。傷口は感染し、膿み、壊死する。彼は歩けなくなる。
もし彼が歩けなくなれば、彼女はどうなる?
翰文の指が靴紐の上で痙攣するように動き、やがて彼は深く息を吸い込むと、再び紐を固く締め直した。その動作は緩慢だったが、決然としていた。
「……すまない」
「この靴は汚い。分かってる。俺だって吐き気がする」
彼は顔を上げ、隅で震える彼女を見つめた。その瞳は複雑だが、まっすぐだった。
「……だが、これを履かなきゃならない。俺たちは生きてここを出るんだ。一人が欠ければ、俺たち二人ともここで死ぬ」
「安全な場所に着いたら、こいつは焼いてやる。でもそれまでは……耐えてくれ」
無小姐は呆然とした。彼の強い眼差しと、汚れたブーツを交互に見つめる。
恐怖は消えないが、崩壊寸前だった身体の震えは、少しずつ収まっていった。
「……動かないで!」
不意に、彼女の顔色が一変した。耳がピンと立ち、表面の産毛が微かに震える。彼女は翰文ではなく、風の音を聞いていた。
「……伏せて!!」
彼女の凄まじい叫びと同時に、彼女は虚弱な身体を投げ出すようにして翰文に飛びかかった。
彼を押し倒した0.1秒後、目に見えるほどの衝撃波が、頭上の岩を掠めて飛んでいった。
もし彼女が遅れていれば、翰文の頭は今頃熟れすぎたスイカのように弾けていただろう。
直後、高圧ボイラーが爆発したような鈍い轟音が響き渡った。
鋭い風切り音ではない。その弾丸はあまりにも重く、空気を引き裂く重低音の咆哮を伴っていた。
重型弾は背後の岩壁に激突し、半トンの岩を一瞬で粉塵へと変えた。
次いで二発目の轟音。
今度は足元の砂地に命中し、二メートルを超える黒い砂の波を巻き上げた。熱を帯びた衝撃波が、二人を地面に叩きつける。
「……クソがっ!」翰文は叫ぶのが精一杯だった。「狙撃か?!」
「……風が……切り裂かれた……」
無小姐は地面に這いつくばり、顔を青ざめさせていた。「……重火銃よ……五百メートル先……風向きの修正が……まだ撃ってくる!」
「畜生……走れ!」翰文は衝撃を振り払い、バックパックを掴むと彼女を引きずって走り出した。「どっちだ?!」
「……あそこ!」彼女は遠くに見える巨大な白い骨格を指差した。「……あそこなら、今の攻撃を防げるかもしれない!」
二人は石ころだらけの荒野を狂ったように駆けた。
背後からは轟音が間断なく響き渡る。一発一発が正確に足元を狙い、巻き上がる爆風と鋭い結晶の破片が背中に突き刺さるように熱い。立ち止まることも、振り返ることも許されない。
止まれば死ぬ。翰文の肺は熱い鉄砂を吸い込んでいるかのように焼け、呼吸の一回一回が拷問だった。
また一発。さらに近い。地響きが靴の裏を通して伝わり、ふくらはぎが痺れる。翰文は、遠くの狩人が照準器越しに冷笑しているのを感じ取った。
奴は最初から命を奪うつもりはない。さもなければ、一発目で脳天をぶち抜かれていたはずだ。これは悪質な「猫と鼠」の遊び。弾丸の一発一発が、正確に獲物を「追い込んで」いるのだ。
羊飼いが羊を追うように、あるいは猟師が怯えたウサギを駆り立てるように。その狩人は、「追い立てる」楽しみを享受していた。
「……ゴホッ……ゴホッ……」
無小姐は足をもたつかせ、肺の衰弱で呼吸するたびにカミソリを飲んでいるような苦しみに喘いでいた。
翰文は、ほとんど彼女を抱え上げるようにして走った。足元の「黑日」のブーツが碎石を力強く踏みしめる。皮肉なことに、この仇の靴こそが今、彼らを繋ぎ止める生命線となっていた。
「……それを踏まないで!」
疾走の最中、彼女が翰文の腕を強く引き、灰白色の「石」を避けさせた。
「……それは爆裂真菌! 踏み潰せば酸の霧が噴き出すわ!」
前には地雷、後ろには追手。
翰文は冷や汗を流しながら、完璧に擬態した真菌地雷を千鳥足で回避した。彼女がいなければ、この数百メートルの逃走劇だけで、自分は十回は死んでいただろう。
五百メートル、三百メートル、百メートル。
ついに、巨大な白い骨格が目前に迫った。
間近で見れば、それは想像を絶する大きさだった。そそり立つ肋骨の一本一本が二人抱えほどもあり、表面は分厚い苔やフジツボのような寄生生物に覆われている。
「……もうすぐだ!」
目前の白い骨が視界を埋め尽くし、凄まじい圧迫感を放つ。
これは生物の骨などではない。カルシウム化した金属だ。
「……これは……仿生列車……」
無小姐が喘ぎながら、驚愕を声に漏らした。
「……旧時代の……地底運搬獣……。どうして地上で死んでいるの……」
「列車だろうが獣だろうが、盾になれば何でもいい!」
四発目が放たれるまでの死の隙間に、翰文は無小姐を抱え、スライディングするように巨大な骸骨の影へと滑り込んだ。
内部に入った途端、外の風の音と銃声は分厚い装甲に遮断された。
そこは一寸先も見えない暗闇で、古い機械油とカビの臭いが充満していた。不気味なほどの静寂。ただ、二人の荒い息遣いだけが広大な胸腔の中に虚しく響く。
「た、助かった……」翰文は地面にへたり込み、肺が破れそうな勢いで空気を求めた。「……ここは気持ち悪いが、少なくとも厚みだけはある……」
「あ、明かりを……」
翰文は震える手でバックパックを探ったが、指が上手く動かない。
「……クソ、何も見えねぇ……」
「……これを使って」
冷たい手が、柔らかく微かな熱を持った物体を差し出した。透明な樹脂の葉に包まれた球状の代物だ。中には濁った液体が満ちている。
「……何だ、これ?」
「……墓穴屍蛾の腺体よ……」
彼女の声が暗闇に響く。
「……昨日の道すがら……ついでに捕まえておいたの。それを潰して」
逃走の合間にそんな細工をしていたとは。翰文は驚きながらも、それを力任せに握りつぶした。
パチン、と軽い音がした。
樹脂の中の腺体が破れ、生体酵素と触媒液が混ざり合う。
幽緑色の冷光が瞬時に辺りを照らし出した。微かではあるが、この絶対的な暗闇の中では十分すぎる明かりだ。
光が周囲を露わにした。外からは見えなかった真実がそこにあった。
彼らは、金属の肋骨と石化した筋肉で構成された、長い長い回廊の中にいた。骨のような外殻の下には、複雑な油圧パイプ、断裂したケーブル、そして完全に石化した生体筋肉繊維が剥き出しになっている。
頭上の脊椎骨は確かに車両の龍骨であり、地面はすでに血肉と同化した線路だった。
「……しっ」
不意に、無小姐が指を一本、翰文の唇に当てた。
もう片方の手を冷たい「車両の壁」にそっと当て、彼女は目を閉じた。感知しているのだ。閉鎖空間を漂う微かな気流の変化を。
翰文は呼吸を殺して彼女を見つめた。
数秒後、彼女が目を開けた。その琥珀色の瞳は、緑の燐光の中で深く、底知れぬ恐怖に染まっていた。
「……翰文……」
彼女の声は蚊の鳴くような細さだった。
「……ここの風……周波数があるわ……」
「……この列車……まだ、呼吸してる……」
翰文の総毛が立った。
彼は生唾を飲み込み、幽深なトンネルの奥を見据えた。
そこ、光の届かない闇の果てから、脳内の「残り火」が湿った、粘りつくような蠢動の音を伝えてきた。
これは死んだ遺跡ではない。巣だ。
「……無小姐」
翰文はゆっくりと鈍い短刀を握り直した。
「……声を出すな。どうやら……俺たちは、何かの台所に潜り込んじまったらしい」
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