第31話 : 燃焼する嘔吐物と、強酸の温泉
『都市の影に立って空を仰ぎ、口を開けるな。落ちてくるのが神の恩恵か、あるいは工業区から排泄されたばかりの、強酸と死体水が混ざり合った「熱いスープ」なのか、お前には知る由もないのだから』
——『荒野の放浪者の諺・第1条』
風に喉を切り裂かれるのが優雅な処刑だとすれば、都市の排泄物に押し流されるのは、尊厳のかけらもない暴力的な洗礼だ。
頭上のバルブが予兆なく開き、耳を潰すような轟音と共に、熱を帯び、粘つき、濃厚な甘酸っぱい血の臭いを放つ緑色の奔流が、重槌のごとき質量で李翰文の脳天を殴りつけた。
それは工業用スラグ、冷却廃液、生活ゴミ、そして高濃度の律エネルギー残渣が混ざり合った、高温の土石流だった。
「がはっ……!」
翰文は悲鳴を上げる暇もなく、巨大な動能によって管壁に叩きつけられた。
少し前に「神の酒」で再構築されたばかりの彼の手足。火傷の痕こそ消えていたが、表面のピンク色の柔肉には、まだ自分を守るための角質層が形成されていない。粗い金属の管壁との激しい摩擦により、脆弱な表皮は瞬時に引き裂かれ、緻密な毛細血管から鮮血が噴き出した。
新生した神経に直接作用する劇痛が、数万ボルトの電流となって全身を駆け抜け、視界が真っ暗になる。
だが、彼は死んでも手を離さなかった。
血まみれになり、痛覚に過敏な右手で、隣にいる黒髪の女のベルトを死に物狂いで掴む。指は過度の力で皮革に食い込み、関節は白く浮き上がっていた。
「……掴まって……ろ……ッ!」
混濁した潮流の中で彼は咆哮したが、その口には苦い廃液が流れ込んだ。
この瞬間、重力は意味を失った。
彼らはもはや逆流を登る者ではなく、下水管の中で洗い流される「汚れ」に過ぎなかった。
数トンの燃焼するゴミに揉まれながら、垂直に伸びる巨大な排出口に沿って、地底の深淵へと狂ったように墜落していく。
耳元を切り裂く風の音、金属片の衝突音、液体の沸騰する嘶き。耳膜が破裂しそうなほどの騒音。
周囲には鉄片と燃える石炭の滓が舞い踊っていた。鋭利な廃金属が翰文の頬を掠め、焼けるような血の筋を残した。
「……風よ……!」
抱きかかえられた女が、凄惨な叫びを上げた。
この生死を分かつ無重力の刹那、生存本能が肉体の虚弱を凌駕した。
彼女の胸のペンダントが眩い青光を放ち、汚濁した緑の潮流の中に、薄い空気の膜を無理やり展開した。
この風律の膜は高熱こそ遮断できないが、緩衝材としてのエアバッグの役割を果たし、二人が管壁に激突して粉砕されるのを防いだ。
墜落は十秒、あるいはそれ以上長く感じられた。
突如として視界が開け、外の空気が流れ込む。
排出口の終端。彼らは得体の知れないガラクタと共に、外の世界へと放り出された。
吐き出されたナツメの種のように、十数メートルの高さから飛び出した二人。風律の膜の僅かな浮力と、粘りつく廃液がクッションとなり、彼らはかろうじて生き残れる放物線を描き、白煙を上げる巨大な水域へと叩きつけられた。
激しい落水音が水飛沫を上げ、恐怖の衝撃が翰文の胸骨を圧迫した。癒えたばかりの肋骨が鈍い悲鳴を上げ、彼は危うく気を失いかけた。
入水の瞬間、硫酸の池に落ちたのかと錯覚した。水が、驚くほど熱い。
そして強烈な化学的腐食感。水面に触れた瞬間、無数の蟻が皮膚を齧っているような、チリチリとした痛みが全身を襲った。
「……ゴホッ……ゴホッ!」
翰文は必死に水面に顔を出し、硫黄の臭いが充満する空気を貪り吸った。
目の前には、死んだように横たわる広大な湖。水面は病的な墨緑色を呈し、厚い油膜とゴミが浮いている。
頭上では、巨大な金属の排出口が依然として緑色の滝を垂れ流していた。
「……鳥人小姐!」
翰文は顔の油汚れを拭い、パニック状態で周囲を見回した。
泡とゴミが浮沈するだけの不気味な水面。
突如、蒼白な手が水を割り、翰文のバックパックのストラップを力なく掴んだ。
翰文は手の柔肉が裂ける痛みに耐え、その手を掴み取ると、彼女を水面へと引き揚げた。
無小姐は無残な姿だった。濡れた髪が顔に張り付き、水を吸った皮衣は鉄の鎧のように重く彼女を沈めようとしている。ただでさえ衰弱していた彼女は唇を紫に変え、激しく咳き込みながら緑色の水を吐き出した。
「……岸へ……早く……」
彼女は近くにある黒い泥の干潟を指差した。声は枯れている。
「……水の中に……何かがいる……」
翰文の背筋に凍りつくような感覚が走った。脳内の「残り火」も、湿った粘り気のある危機感を伝えてくる。
水面下が騒がしくなり始めた。強酸の廃水の中に適応した何かが、この不意に現れた新鮮な肉の臭いに引き寄せられたのだ。
「行くぞ!」
翰文は二言目もなく、彼女を抱えて岸へと泳ぎだした。
左手で水を掻き、右手で彼女を離さぬよう抱える。
足の重装甲ブーツは防護には役立つが、水中では鉛の塊のように彼を底へと引きずり込もうとした。
二人が浮き沈みしながら、岸まであと五メートルというところで。
背後の水面が爆発した。
吸盤と棘に覆われた一本の触手――あるいは変異した腸管――が濁った水底から射出された。それは人間を襲うのではなく、翰文が引きずっていたバックパックに、強欲に巻き付いた。
金属(水筒)と有機物(軟膏)が詰まったそのバッグは、食腐生物にとって、翰文という硬い骨よりも魅力的なご馳走だった。
凄まじい力が伝わり、翰文はバッグごと深水域へ引きずり戻されそうになる。
「ふざけんな……ッ! そいつは俺の全財産だぞ!」
翰文は怒号を上げ、水中で無理やり身体を捻った。
腰から刃こぼれした錆びた短刀を抜き放ち、滑りつく触手へ向けて思い切り突き立てる。
鈍い刃は強靭な変異皮膚を貫通できず、筋肉の繊維に食い込んで止まった。
「……斬れろ……ッ!」
翰文は両手で柄を握り、鋸を引くように狂ったように横へ引き絞った。
ぶちぶちと不快な断裂音が響き、鈍い刃が触手の靭帯を強引に引き裂いた。
傷口は野獣に食いちぎられたように無残だった。意外にも鮮血は出ず、代わりに墨のような黒い液体が噴き出し、吐き気を催す生臭さが漂った。
触手は痛みを感じたのか、バックパックを解放した。
翰文はその隙を逃さず、無小姐を引きずりながら、黒い泥の干潟へと這い上がった。
二人はそのまま岸辺の泥の中に倒れ込み、激しく喘いだ。
全身は油汚れと緑藻、そして正体不明の化学粘液にまみれ、沼から掘り出された千年前の死体のようだった。
「……はあ……はあ……」
翰文は力を振り絞って寝返りを打ち、仰向けになった。
頭上には灰色の空と、緑の火を燃やし続ける高層都市。
ここから見れば、あの街は文明の灯台などではない。
荒野に蹲る鋼鉄の巨獣であり、世界に向けて自らの欲望と廃棄物を垂れ流しているだけだ。
そして自分たちは、たった今排泄されたばかりの「残り滓」に過ぎない。
「……バックパック……」
翰文は不意に何かを思い出したように跳ね起き、背負っていたバッグをひったくった。
パイプ内では足を鋼釘から守り、水中では触手に絞り上げられたそのバッグは、今や見る影もなく無残な姿だった。
頑丈だった防水布は、管壁の高熱で大きく焼け焦げ、不快な焦げ臭さを放っている。
そしてあの指ほどの太さの鋼釘は、いまだにバッグの側面に突き刺さったままだった。
翰文の手が、不安で震える。
これは単なるバッグではない。自分たちの生命線だ。水、薬、地図……すべてがこの中にある。
彼は歯を食いしばり、釘を掴んで一気に引き抜いた。
プシュー、という心臓を抉るような排気音と共に、清らかな液体が釘穴から溢れ出した。
「……クソがっ!」
翰文は慌ててジッパーを開け、中身を地面にぶちまけた。
惨憺たる有様だった。三つの金属水筒が転がり落ちる。
最初に拾った、すでに空の古い水筒が転がった。表面は傷だらけだが、唯一無傷だったのはこれだけだ。
鐵頭から得た二つの新しい水筒は、運がなかった。
一つは鋼釘によって完全に貫通されていた。
彼が宝物のように扱っていたその水筒は、今やただの鉄屑となり、中の濾過水はすべて流れ去り、泥の上に僅かな染みを残すだけだった。
もう一つは穴こそ開いていないが、墜落の衝撃で大きく歪み、蓋の部分が変形してジワジワと水が漏れ出していた。
「……急げ!」
翰文の目が鋭くなった。感傷に浸っている暇はない。
彼は水が漏れている方の新しい水筒を掴み、無傷の古い水筒へ、手際よく残った水を移し替えた。
二つの注ぎ口の間に、透明な水の筋が描かれる。
地面に零れ落ちる一滴一滴に、彼の心臓は激しく疼いた。
数分後、救出作業は終わった。
古い水筒は八分目ほど満たされた。新しい二つの水筒は……一方は廃品、もう一方は満身創痍のジャンクだ。
「……水が……半分になった……」
翰文は蓋を固く締め、嗄れた声で呟いた。毒ガスと放射能に満ちたこの荒野で、水が半分になることは、命が半分になることと同義だ。
彼は他の物品を点検し続けた。
緑色の軟膏は無事だった。金属の缶は変形しているが、中身は漏れていない。
だが、ノート……このエリア唯一の地図が記されたノート。
バッグの底にあったため、先ほど漏れ出した水に角を浸されてしまっていた。
翰文は慎重にページをめくった。紙は湿り、互いに張り付いている。
大半の文字は読めたが、肝心のページ――**「直近の安全補給地点」**が記されたその角だけが、水で滲んで真っ黒なインクの塊に変わっていた。
「……地図が……滲んじまった。」
翰文の指がその黒い染みの上で止まった。指先が、絶望に似た冷たさを感じている。
彼は無意識に腰へ手を伸ばした。自分の身体を支えてくれる、あの使い古した錆びた鉄の棒を探して。
だが、そこには何もなかった。
腰にあるのは、黒い墨汁を浴びた鈍い短刀だけ。
黒い塔からずっと一緒だった、杖であり武器でもあったあの鉄棒は、墜落の衝撃か、あるいは先ほどの水戦の最中に、この濁った強酸の湖底へと沈んでしまったのだ。
道標はない。水も足りない。武器も失った。後ろは死路、前は未知。また、この局面だ。
翰文は打ちのめされ、その場に立ち尽くした。
「……翰文……」
無小姐が歩み寄り、地面の惨状を見つめた。
彼女に地図の重要性はわからないが、壊れた水筒が何を意味するかは理解できた。
彼女は手を伸ばし、そっと翰文の肩に置いた。
「……この靴は……まだあるわ。」
彼女は翰文の足元の、泥にまみれながらも健在な重装甲ブーツを指差した。
翰文は虚を突かれたように自分の足を見下ろした。
この分厚いソールのブーツが、干潟の鋭い石から足を守り、逃走中に転倒するのを防いでくれた。
もし以前の裸足のままだったら……今頃は破傷風に怯えながら死を待つだけだったろう。
「……ああ、その通りだ。」
翰文は深く息を吸い込み、穴の開いた水筒を強酸の湖へと力任せに投げ捨てた。
ボチャンという鈍い音と共に波紋が広がり、すぐに濁った湖水に飲み込まれた。
彼は残った物資――八分目の水が入った古い水筒、歪んだ新しい水筒(容器としては使える)、軟膏、そして半分濡れたノート――を、再び穴の開いたバッグへと慎重に詰め直した。
「貧乏になったな。前よりずっとだ。」
翰文は立ち上がり、バッグを肩に担ぎ直した。その穴は、嘲笑う傷跡のように外を向いている。
彼は目の前に広がる、発光真菌の生い茂る広大な「死のバッファゾーン」を見据えた。
「だが、少なくともまだ死んでいない。」
「生きてりゃ、逆転のチャンスはある。」
無小姐が翰文を見つめる。その瞳には、微弱だが確固たる光が宿っていた。
「……いいえ……」
彼女は翰文のブーツを指し、次にバックパックの中の物資を指した。
「……私たちには……まだこれがあるわ……」
彼女は濡れたノートを押さえた。
翰文は一瞬呆気に取られ、それからニヤリと笑った。彼女の言葉に、同意の頷きを返す。
黒い塔を出た時は、裸足で、惨めな負け犬のようだった。
だが今は靴があり、薬があり、水がある。そして、自分と一緒に肥溜めに飛び込んでくれるような、イカれた相棒がいる。
「違いないな。」
翰文は立ち上がり、高みに座すあの都市に向けて中指を突き立てた。
彼は背を向けた。輝かしくも腐敗したあの都市に背を向け、未知なる荒野の深淵へと第一歩を踏み出した。
ブーツが乾燥した頭蓋骨を粉砕し、カシャリと乾いた音を立てる。
新しい旅が、始まった。
ただ彼らは気づいていない。一つの視線が、静かに彼らの背中に注がれていることに。
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