第30話 : 緑色の夜明けと、温度なきノック
『下城區において、朝を決めるのは太陽ではない。「炉心」の換気時間だ。通気管から噴き出す排気が黒から鮮やかなエメラルドグリーンに変わったら、それが起床の合図だ。さもなければ、お前の肺が一晩かけて沈殿した重金属ガスをすべて吸い尽くすことになる』
——『下城區生存ガイド・第三章:呼吸のアート』
翰文は、うだるような暑苦しさで目を覚ました。
それは恰も、熱湯が滴る汚れたタオルで全身を簀巻きにされたような不快感だった。粘つく汗が毛穴という毛穴を塞ぎ、呼吸さえも発酵したような酸味を帯びている。
彼はカッと目を見開いた。映り込んだのは見慣れた天井ではなく、赤錆と正体不明の黒カビに覆われた鉄板だった。
頭上の薄暗い電球はとうに消え、代わりにドアの隙間から、病的なまでに鮮やかな緑色の幽光が差し込んでいる。
その光に温かみはない。放射線を浴びているような刺す痛みを伴い、皮膚を照らす様は、まるで顕微鏡下の細菌培養皿を観察しているかのようだ。
「……ゲホッ……」
翰文は喉の奥から乾いた咳を絞り出した。肺の中に油を吸った綿が詰め込まれているようだ。
ここでは朝日など見えない。この惨めな緑色は、巨大な焼却炉――この都市の心臓――が、早朝の排気を行う際の余光だ。
「……起きた?」
隣から、虚弱だがはっきりとした声がした。
黒髪の女はベッドの隅の影にうずくまり、膝を抱えていた。その琥珀色の瞳は緑光の下で際立って深く見える。彼女は一睡もしていないか、あるいは、この悪意に満ちた環境下でまともに眠れなかったのだろう。
「おはよう」翰文は顔の脂汗を拭った。声は嗄れている。「まるでバイオハザード(生物災害)の只中のような朝だがな」
「君は……大丈夫か?」
翰文はズキズキと痛むこめかみを揉んだ。脳内の「残り火」がまだ疼いている。昨夜「刻印」を過剰に使った後遺症だ。意識を紙ヤスリで削られたような感覚が残っている。
「……風が……悲鳴を上げている……」
無小姐は顔を上げ、ドアの上方にある、油汚れで半分塞がった通気口を凝視した。声は糸のように細い。
「……今日の律は……とても、苛立っている……」
「……たくさんの人が……ここを見ている……」
翰文の心臓が跳ねた。
彼は即座に跳ね起き、下のボロい鉄製ベッドがキーッという鋭い悲鳴を上げた。
無意識に枕の下へ手を伸ばす――そこには錆びた鉄の棒と、肌身離さず持っているナイフがある。
ある。次に足元を探る。
昨夜鐵頭から手に入れた重装甲ブーツもある。粗く硬い革の感触が、わずかな安心感をもたらした。
「たくさんの人?」
翰文は声を潜め、素早くブーツを履き、ナイフをしまい、バックパックを肩に担いだ。
「……囲まれているってことか?」
無小姐は首を横に振り、それからまた頷いた。
「……包囲じゃない……嗅ぎ回ってる……」
彼女は蒼白な指を空中で滑らせた。見えない視線をなぞるように。
「……貪欲で……飢えた……視線……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、脳内の「残り火」が激しく痙攣した。
音はない。だが、焦げた髪の毛のような悪臭が突如として鼻腔で炸裂した。直感が叫んでいる。
悪意。殺意と金属臭を帯びた何かが、腐肉にたかるハエのようにドアの外に集結している。
翰文の瞳孔が収縮し、眠気は消し飛んだ。
「……シッ」
彼は無小姐に口止めの合図を送り、バネのようにベッドから飛び降りると、音もなく錆びた鉄棒を掴んだ。
ドンドンドン!
鉄の扉が重い物で三回叩きつけられ、無礼で鈍い轟音が響いた。
「中の奴! 開けろ!」
その衝撃音は、明らかに訪問者の指関節によるものではない。銃床か鉄パイプを金属に叩きつけた威嚇音だ。
翰文は全身の筋肉を硬直させ、鉄棒を逆手に持ち、無小姐に目配せをして自分の背後に隠れさせた。
呼吸を止め、忍び足でドアの横に張り付く。
「……誰だ?」
ドアの外は数秒沈黙した。
直後、空気が漏れるタイヤのような、シューシューという嗄れた笑い声が聞こえた。
「……ルームサービスだ」
「朝飯を届けに来たんだよ。ついでに……この部屋の客が、『新鮮な商品』を売る気があるかどうか聞きにな」
翰文は目を細めた。おかしい。
この声は老鬼ではない。しかもその口調には、隠しきれない悪意が滲んでいる。
脳内の「残り火」が微かに熱を帯び、ドアの隙間から漂い込む、劣悪な火薬と興奮剤の混じった臭いを嗅ぎ取った。
「いらない」
翰文は冷たく答えた。
「食い物は足りてる」
「……ヒヒッ……そう急いで断るなよ……」
ドアの外の声は立ち去る気配を見せないどころか、金属を叩く音をさらに激しくさせた。
「ここに『旧律』の分かる技師がいるって聞いたぜ? しかも無律者だってな」
「うちのボスが、あんたの脳みそ……おっと、あんたの技術にえらく興味を持っててね」
「……開けて話そうや? それとも、俺たちが開けてやろうか?」
その言葉と共に、鍵穴から鋭いドリルの回転音が響き始めた。
同意を求める気などさらさらない。強行突破だ。
これは招待などではない。誘拐の前奏曲だ。
「クソッ」
翰文は低く毒づいた。老鬼の言った通りだ。下城區では、情報は疫病よりも速く伝染する。街に入って十二時間もしないうちに、彼はすでにまな板の上の肉になっていた。
彼は狭い囚人房のような部屋を見回した。窓はない。
唯一の出入り口は、目の前でこじ開けられようとしている鉄の扉だけ。完璧な密室だ。
「……翰文……」
背後の無小姐が、不意に彼の服を引いた。彼女は天井近くにある、ひどく錆びついた通気口を指差した。カバーが半分脱落し、黒い穴が覗いている。
「……あそこ……風がある……」
翰文は見上げた。
通気口は小さく、長年の油汚れで塞がっており、人が這って通るのがやっとのサイズだ。しかも分厚い鉄網で覆われている。
「穴が小さすぎる。それに網があるぞ」
「……開けられる……」
無小姐の瞳には決意が宿っていた。彼女は胸のペンダントを握りしめる。
「……腐食で……」
ドアのドリルの音が大きくなり、鉄板が歪んで不快な金属音を立て始めた。
迷ったり、他の方法を考えている時間はない。
「やれ!」
翰文はベッドの上に立ち、半ばしゃがんで自分の肩を叩いた。彼女を可能な限り通気口へ近づけるために。
「俺を踏み台にしろ! 上がれ!」
彼女は翰文の肩に足をかけ、深く息を吸い、目の前の鉄網に向かって口を開いた。
今回、彼女は清風を吹いたのではない。喉の奥から、超高周波の音波振動を発したのだ。
風の律による周波数共鳴を利用し、通気口に付着した陳年の油垢と灰律の塵埃を強制的に誘導し、圧縮する。静止していた死物たちは風に触媒され、瞬時に高腐食性の微粒子嵐へと活性化した。
物質構造が急速に崩壊する乾いた音が響き、分厚い油垢と鉄網は数百年の風化を一気に早送りされたかのように黒変し、脆くなり、無数の黒い灰となって崩れ落ちた。
「急げ!」
無小姐に躊躇はなかった。生死の境目で、彼女は驚くべき瞬発力を見せた。翰文の肩を蹴って軽やかに跳び、両手で通気口の縁を掴む。
彼女は猫のようにしなやかに、耳障りな金属摩擦音と共に中へと滑り込んだ。
「……手!」
彼女は穴から半身を乗り出し、翰文に手を伸ばした。
「……上がって!」
翰文は潜り込もうとしたが、背中のバックパックがつかえることに気づいた。
「畜生!」
彼は罵り、素早くバックパックを下ろすと、ストラップを自分の右足首に死に物狂いで巻き付けた。
「引け!」
無小姐は全力を込め、その冷たい手で彼の手首を万力のように掴んだ。狭い空間に微弱な風律が流れ、彼の体重をわずかに軽減する。
彼女の牽引力を借り、翰文は肩をすぼめ、芋虫のように這いずりながら、油垢にまみれた狭いパイプへと身体をねじ込んだ。重いバックパックは死んだ犬のように後ろへ引きずられていく。
ドアへの衝撃音が一瞬止んだ。直後、エアバルブに空気が充填される音がした――大型破城槌のチャージ音だ。
翰文の両足が穴に収まり、バックパックがまだ半分外に残っていたその瞬間、耐えきれなくなった鉄扉が、鼓膜を破るような轟音と共に暴力的に蹴破られた。
ドア板が壁に激突し、土煙が舞う。
改造された皮衣を着て、粗雑な銅線が巻かれたコイル警棒や、無骨なリベットガンを持った暴徒たちが雪崩れ込んできた。武器は明らかに工業用機械を無理やり改造したもので、剥き出しの配線がバチバチと音を立てている。
「……どこだ?!」
リーダーらしき大男は、顔半分を削ぎ落とされ、代わりに粗雑に溶接された生鉄の顎を持っていた。呼吸をするたび、鉄板の隙間からシューシューと空気が漏れ、黄色い潤滑油が滲み出している。
最も目を引くのは、その太い首筋に烙印された「脊椎に巻き付く黒い百足」のトーテム――下城區で最も厄介な略奪者、「鐵蜈幫」の印だ。
彼は怒りに任せて周囲を見渡し、金属の顎が無意識に二度ほど空を噛み、カチ、カチと焦燥的な音を立てた。
狭い「棺桶」の中はもぬけの殻だ。カビの生えたマットレスに、僅かな体温が残っているだけだ。
「……ボス! 通気口です!」
手下が頭上の、まだ灰が落ちてくる黒い穴を指差した。
大男が見上げた。赤いサーモグラフィーの複眼がズームし、怒りのフォーカス音を発する。
「……逃げただと? この缶詰の中でどこへ行く気だ?」
彼は通気口に向けて、本来は鋼板固定用のリベットガンを持ち上げ、引き金を引いた。
エアバルブの鋭い排気音と共に、リベットガンが三発の鈍い発射音を轟かせる。三本の指ほどもある太さの鋼鉄の釘が、鋭い風切り音を伴ってパイプ内へ射出された。二本は金属壁に当たって火花を散らしたが、三本目は翰文が最後尾に引きずっていた軍用バックパックに深々と突き刺さった。
布が裂ける音と金属がぶつかる鈍い音が響き、鋼釘はバックパックの外層を貫通し、中の金属水筒に食い込んで止まった。
「ぐっ! ……これがこの街の歓迎の挨拶ってか?」
パイプ内の翰文は足首を強く引かれる衝撃を感じたが、確認している余裕はない。彼は必死に足を動かし、身代わりとなって災難を受けたバックパックを引きずりながら、奥へと這い進んだ。
「……急いで」
前方から無小姐の切迫した声が聞こえる。
翰文は手足を無様に動かし、暗闇の中を這いずった。ここの臭いは外よりも酷い。腐ったネズミと、冷凝した酸の臭いが充満している。
だが止まるわけにはいかない。通気口の格子越しに、下の鉄顎男の咆哮が聞こえたからだ。
「……出口を封鎖しろ! あのネズミどもを燻り出せ!」
やがてパイプ内には虚ろな反響音と、遠ざかる嘲笑のような微風だけが残った。
……
パイプ内部。
李翰文は闇の中を苦痛に耐えて這っていた。膝と肘が狭い金属壁に何度もぶつかり、鈍い音を立てる。
一番の厄介者は足に繋がれた死ぬほど重いバックパックだ。金属パイプの底板と擦れ合い、耳障りなスクラップ音を立てるたび、まるで死体を引きずっているような気分になる。
ここの空気は最悪だ。
数百年分の沈殿した油汚れ、ネズミの死骸、そして無数の人間の呼気の廃棄物がブレンドされている。呼吸するたびに、煙突の内壁を舐めているような味がした。
「……止まらないで……」
前方の無小姐の声が焦っている。
「……後ろ……遠くから何かが……追ってきてる……」
「……あれは……機械蟲……」
翰文は振り返った。
闇のパイプの奥底で、数点の赤い微光が急速に迫ってきていた。
金属の節足が管壁を密集して引っ掻く、鳥肌が立つような音と共に。奴らが放ったマイクロドローンか、あるいは改造された機械ゴキブリが、狂った速度で迫っているのだ。
「上へ行こう!」
翰文は叫んだ。
「ここの風は下向きに吹いてる、逆風を行くんだ! 排気口へ!」
「……上は……炉心よ……」
無小姐が躊躇した。
「……丸焼きに……される……」
「スライス(薄切り)にされるよりは丸焼きの方がマシだ!」
翰文は歯を食いしばり、閉所恐怖症による窒息感を無理やりねじ伏せた。
「……それに、最も危険な場所こそが最も安全だ。あの爺さんは言ったよな、この街は律を『食って』生きてるって……なら、その胃袋を拝みに行こうじゃないか!」
二人は巨人の血管を逆流する細菌のように、頭上の高熱と緑光を放つ死地へ向かって這い上がった。
高度が上がるにつれ、パイプの壁は灼熱を帯びていった。
翰文は自分が鉄板の上で焼かれるステーキになりつつあるのを感じた。汗は出た瞬間に高熱で蒸発し、皮膚に粘つく塩の層を残していく。
足元のバックパックの外層からは、焦げ臭い匂いさえ漂い始めている。
「……おかしいぞ」
翰文は不意に動きを止めた。
脳内の「残り火」が、単なる興奮から、極めて危険な警報の震えへと変わっていた。
機械的論理が全面的に閉鎖され、逃げ場のない圧迫感を発している。
……圧力弁……開放……
……排泄サイクル……起動……
様子がおかしい。
翰文は猛然と顔を上げ、頭上のますます強くなる緑の光を見た。
前方から来るのは新鮮な空気ではない。身の毛もよだつような、湿ったたうち回るような音だ。
数千トンの高熱廃棄物がパイプの中で圧搾される、湿潤で重苦しい音。
「鳥人小姐!」
翰文は絶叫した。声が震えている。
「俺に掴まれ! これは通気口じゃない!」
「ここは都市の排泄管だ! こいつ、中身をブチ撒ける気だぞ!」
叫び声が終わる前に、頭上の緑光は実体を持つ奔流と化し、雷鳴のような轟音と共に雪崩れ落ちてきた。
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