第26話 : 鉄の肺の喘鳴と、魂で支払う入場券
『文明の死臭には二種類ある。一つは腐乱した肉体。それは自然の慈悲だ。もう一つは燃焼する機械油と分解不可能な欲望。それは工業の呪いだ。この都市は後者を選び、それを「繁栄」と呼んだ』
——『拾荒者哲學手稿:嗅覚の喪失について』
もしこの都市が巨人であるならば、俺たちは今、その直腸の末端、あるいは重度に炎症を起こして膿が溜まった気管切開口の傍らに立っていることになる。
頭上にある直径十メートルを超える金属の排気管は、地獄の底から突き出た煙管のように、汚濁した空に向かって紫煙を吐き出している。
その重苦しい吸気音は、酷似して、死にかけの結核患者が必死に息を吸い込み、直後に肺を切り裂くような咳を爆発させる音だ。一度の「咳」のたびに、火花と焦げたサッカリンのような臭いを孕んだ、濃密な緑色の煙霧が噴出される。
それは「律」が暴力的に燃焼された後の残渣。この都市の新陳代謝が生み出した排泄物だ。
「……ここの空気は……甘い……」
黒髪の女は口鼻を死に物狂いで覆っていた。声は袖に篭もっているが、そこにある生理的な嘔吐感は隠しようがない。「……吐き気がするほど……甘い……」
「死体と産業廃棄物が燃えた後の臭いだ」
李翰文は排気管の下の影に寄りかかった。背中の軍用バックパックが、痣だらけの肩にずっしりと食い込み、確かな痛みを伝えてくる。彼はバックパックの底から、あの老人が寄越した黒い石を探り出した。掌は脂汗で滑る。
「俺の故郷じゃ、この甘ったるい臭いには専用の名前があるんだ――『発癌性物質』っていうんだけどな」
ここの気温は異常に高い。汗は流れた瞬間に蒸発し、顔面に粘つく塩の霜を残していく。
彼は手の中の黒石を仔細に観察した。
緑色の火光に照らされ、石の表面には不安を煽るような油膜が流動している。それは死物というより、切り取られた後も微かに痙攣を続ける腫瘍のようだった。
「日が暮れたな」
翰文は病的な二つの月を見上げた。緑の煙霧に遮られ、それらは白内障を患った眼球のように濁り、光を失っていた。
「あの爺さんは言った。日没までに答えを持ってこいとな」
「……読めるの?」無小姐が心配そうに彼を見つめる。
彼女は翰文のこの状態を知っている――地下の風井戸で壁に触れた時、駅で地図を拾った時。翰文が古代の遺物を「解読」しようとする時の姿は、電気椅子での処刑執行に匹敵する苦痛を伴うことを。
「読めなくても読むしかない。これがたぶん、俺たちの唯一の『チケット』だ」
翰文は深く息を吸った。甘ったるい排ガスが肺に流れ込み、目眩が襲う。
彼は気を沈め、目を閉じ、黒い石を自らの眉間に押し当てた。
石が触れた瞬間、猶予などなかった。
頭蓋の深部で瞬時にノイズが暴走し、痛覚は太く長い銀針のごとく、慈悲なく前頭葉を貫き、海馬を直接かき混ぜた。
痛みは直視不能な白光と化し、眩く、鋭く、傲慢に、彼のすべての五感を焼き尽くした。
直後、嗅覚が最初に戻ってきた。
翰文が最初に嗅いだのは、元の悪臭ではなかった。湿った土の芳香だった。
太陽に温められた干し草の香りと、植物の汁が土を割って溢れ出すような瑞々しい匂いが混ざり合う。
視野の端が燃え上がる。緑の炎が退き、代わり黄金の海が広がった。
眼前に広がるのは、黄金色の小麦が波打つ無限の海。
柔らかな風が吹き抜けるのを感じた。悪意など微塵もない。風の中からは、微かに歌声さえ聞こえてくる。
『……種を撒け……双月が交わる第三の刻に……』
翰文は自分の手が粗くなっているのを感じた。握っているのは鎌だ。生命力に満ちた土の呼吸が聞こえる。彼は金色の種子が「律」の潤いを受けて芽吹く様を見た。それは生命の奇跡を称える、一編の動的な詩のようだった。
彼がその光景に心を奪われていると、唐突に麦の波が割れた。
粗麻の長衣を纏い、顔に深い皺を刻んだ老人が、畦道に立っていた。彼は翰文を見ているのではなく、この死にゆく未来を見つめているようだった。その瞳は悲しみに満ち、澄み切っていた。手には最後の一束の黄金の麦穂が捧げられている。
『……これを持って行け』
老人の声が直接脳内に響く。千年の時を超えた切迫感と懇願を帯びて。
『……土は死に、水は乾く。だが、種子はすべてを覚えている』
老人はその麦穂を差し出した。これは単なる食料ではない。文明のバックアップデータだ。
『……頼む……これを灰にしないでくれ……』
翰文は無意識に手を伸ばした。
指先が麦穂に触れた瞬間――映像が破砕した。
黒い火が降り注ぐ。麦畑は瞬時に焦土と化した。芳醇な稲の香りは、一瞬にして死臭へと腐敗した。
老人は火の海に飲み込まれ、闇の中で燃える懇願の瞳だけが残った。
「おえぇええっ――!」
翰文はカッと目を見開き、地面に膝をついて激しくえずいた。
天国から地獄へと瞬時に叩き落とされるこの落差は、肉体の痛み以上に精神を苛む。魂があの黒石に吸い込まれて咀嚼され、汚物のように吐き出された気分だ。
「……翰文!」
無小姐が彼を支える。その手の冷たさが、この灼熱地獄における唯一の慰めだった。
彼女は驚いて翰文を見ていた。
つい先ほどの一瞬、この異郷人から信じがたい匂いが漂ったのだ――汗や機械油ではない、雨上がりの土の清香。それは刹那の出来事だったが、毒ガスに痛めつけられた彼女の肺に、一筋の救いをもたらした。
翰文は額に汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返している。鼻血が黒い結晶の地面に滴り落ち、瞬時に高温で蒸発して赤い煙となった。
彼は震える手で石を持ち上げ、凝視した。
今の彼にとって、それはもはや石ではない。封印された涙であり、「生きていた」ことの墓碑銘だ。あの古代の老人の眼差しが、臨終の重い託し事のように、彼の網膜に焼き付いている。
「見たぞ……」
声は砂を噛んだように遅く、隔世の感を帯びていた。
「あれは……『豊饒律典』の残章だ……。どうやって……死んだ土地から……再び糧を得るかについての……」
パチ、パチ、パチ。
乾いた拍手が、影の中から唐突に響いた。
ボロボロの布を纏い、巨大な金属籠を背負ったあの老人が、ゴミの山から生えたヤドカリのごとく、逆光の中からゆっくりと姿を現した。
今回、翰文はその背後にある奇妙な機械腕の細部を見て取った。
それは決して精密な現代技術などではない。精々が歴史の傷跡にまみれた骨董品だ。
真鍮のギアが剥き出しになり、回転するたびに黒い油汚れが滲み出す様は、凝固した古い血のようだ。油圧シリンダーには、摩耗して判読不能寸前の「KG-04」という識別番号が刻まれている。
そして、その冷酷な金属の爪の根元には、薄汚れて色褪せたお守りが、赤い紐で結ばれていた。
それは明らかに人間だけが気にする、論理の欠片もない「優しさ」の痕跡だった。
「素晴らしい」
老人は嬉しそうに口を歪め、黒い歯を見せた。
「発狂するか、脳漿が沸騰して死ぬかと思ったが……まさか本当にお前、この『硬い骨』を噛み砕くとはな」
彼は翰文の前に歩み寄り、干からびた手をゆっくりと差し出した。
「寄越せ。検札は通過だ」
翰文はすぐには渡さなかった。むしろ石を強く握りしめ、指の関節が白く浮き出るほどに力を込めた。
幻影の中の老人の懇願が耳に残っている。これを渡すことは、この廃土における最後の希望を引き渡すに等しい。
「こいつは……貴重なものだ」
翰文は確信していた。これは単なる知識ではない。この廃土で最も希少な資源――希望だ。土さえ死に絶えた飢餓の時代において、耕作の術を知ることは、神の権能を握るに等しい。
「貴重だと?」
老人は侮蔑を込めて鼻を鳴らした。
次の瞬間、お守りをぶら下げた機械腕が猛然と伸び、石をひったくった。
彼はその「文明のバックアップ」を、背後の籠へ無造作に放り込んだ。
カラン、という軽い金属音が響く。まるでただの屑鉄を捨てたような音だ。
脳内で繋がりかけていた金色の糸が、その音と共にプツリと切れた。
翰文はこめかみに激しい痙攣を感じた。神経を強引に引きちぎられたようだ。直後、慌ただしく鋭いパルスが走る――「残り火」の絶叫だ。消えゆく文明の残響を徒労にも掴もうとし、結局は虚無を握りしめたことへの悲鳴。
それは抗議していた。なぜこれほど貴重なものを、ゴミのように扱い、これほど重要な「継承」をいとも容易く放棄するのかと。
翰文はズキズキと痛む額を押さえ、脳内の怒りを無視して老人を睨みつけた。
「この街じゃな、食えねぇもんは、すべからく貴重じゃねぇんだよ」
「そいつはただの過去の亡霊だ。ここじゃあな……俺たちは今日の腹をどう満たすか、それだけに関心があるんだ」
老人の真鍮の義眼がジジッと伸縮した。翰文の無知を嘲笑っているようであり、同時に、より深い無力感を隠しているようにも見えた。
彼はすぐに背を向け、機械腕で排気管の下にある目立たない錆びた鉄柵の奥を指し示した。
「……ついてこい。上のパトロール隊に捕まって燃料にされたくなけりゃな」
老人は鉄柵の前まで歩くと、機械腕で熟練した手つきで数本の鉄筋をこじ開けた。人が一人やっと潜り込めるほどの黒い穴が開く。
その瞬間、さらに強烈な、安酒と汗と香料が混じり合った熱波が穴の奥から吹き付けた。
続いて、重苦しくも狂気を孕んだ騒音が押し寄せる。
無数の金属ギアが噛み合う音、男の怒号、女の叫び、そして暴力的なまでにテンポの速い音楽。
それは明らかに「人」の臭いだった。
それも、数十万の人間が密集し、呼吸し、排泄し、交配し、死んでいく過程で発酵した臭いだ。
「ようこそ、『下城區』へ」
老人は振り返り、残された独眼に狡猾な光を宿して言った。
「覚えておけ。ここでは名前なんざ意味がない。あるのは値札だけだ」
「だがお前の脳みそに詰まってるその旧時代のゴミ……ここなら、いい値で売れるかもしれねぇな」
翰文は無小姐を助け起こした。背中の軍用バックパックが、先ほどより重く感じられた。
彼は目の前の暗い穴を見つめ、振り返って背後の生気のない死の荒野を一瞥した。
無力な溜息が漏れる。後ろは死、前は狂気。またしても選択肢はない。
「行こうか、鳥人小姐」
翰文は口角の血を拭い、不承不承といった苦い笑みを浮かべた。
「どうやら俺たちという二つの廃棄物も、ようやくリサイクル工場を見つけたらしい」
彼は黒髪の女の手を引き、堕落と生気が渦巻く穴へと身を投じた。
その背後では、高所の緑色の炎が依然として夜空を焦がし、自ら網にかかる愚かな魂を、貪欲な眼差しで見下ろしていた。
────────────




