第23話 : 三キロメートルの砕け散ったガラスと、存在しない灯台
『灰律荒原において、直線は最も早く死に至るルートだ。ここの空間は、くしゃくしゃに丸められた紙屑のように折り畳まれている。お前が見ている終点は、大抵が逃げ水だ。そしてお前が見ていない足元には、大抵、お前と同じように楽観的だった先客の死体が埋まっている』
——『北陸邊境巡防隊・新兵入隊心得(手書きの追記版)』
黒い塔の内部が冷凍庫だったとするなら、この荒野は予熱の始まった巨大なオーブンに匹敵する。
外壁のメンテナンス用梯子を降りる過程で、李翰文は自分が焼きごての上を這い回る蟻になったように感じていた。金属の梯子は地表の放射性塵に焼かれて熱を帯び、再生したばかりの手のひらの柔肌を赤く腫れ上がらせる。掴むたびに、それは新たな拷問となった。
ようやく地面を蹴ったとき、彼は膝を突きそうになった。
地球にあるような柔らかい土壌を予想していたが、裏切られた。彼が踏みしめたのは、黒く、粗い結晶の粉末だった。
それは無数の砕かれた黒いダイヤモンド、あるいは研磨されたガラスの破片。その一粒一粒が、鋭利な角を立てていた。
「……ッ、痛てぇ!」
翰文は左足が地面に触れた瞬間、弾かれたように足を引っ込めた。刺すような痛みが直接皮膚に食い込む。靴を失った彼にとって、この大地は剥き出しの悪意そのものだった。
「……これを使って」
隣に立つ黒髪の女が、魔法のように、不意に皮衣から二つの黒い塊を取り出した。
翰文は呆然とした。逃亡の最中、彼女がいったいいつの間にこれらの「ゴミ」をくすねていたのか、全く気づかなかった。これが風民の生存本能というやつか?
「……これはさっき塔の底で……死んでいた工程蜘蛛から……」彼女は当然のように説明した。
二枚の分厚い耐熱ゴム製ガスケット。石のように硬く、焼けたゴムの臭いが鼻を突くが、このガラスの荒野においては、これこそが最上の靴底だ。
「君は、本当に天使だよ」
翰文は目を輝かせ、泣き出しそうになりながら、先ほどまでは極度の嫌悪を抱いていたであろう「ゴミ」を、卑屈なほど誠実な態度で受け取った。
皮衣から引きちぎった布切れを使い、そのゴム板を足裏に無理やり括り付ける。
歩く姿は不恰好なアヒルのようになり、足裏の感触も竹馬に乗っているかのように硬いが、少なくとも「刃の上の行進」という劇痛からは隔離された。
「目標は、あの黒い影だ」
翰文は地平線の彼方に霞む巨大な輪郭を指差した。遠く見えるが、この死に絶えた荒野において、それは唯一の異物だった。
二人は遠い目標に向かって移動を始めた。この荒野の静寂は、人を狂わせるほどに深い。
「……真っ直ぐ……行かないで……」
無小姐が不意に翰文の腕を引いた。声は弱々しいが、そこには揺るぎない経験に裏打ちされた響きがあった。「……ここの空間は……歪んでいる……。直線は……死に繋がる……」
翰文は一瞬虚を突かれたが、すぐに頷いた。その通りだ。彼女はこの地の住人だ。このクソみたいな場所の理解度は、何も知らない自分より遥かに上だ。
「分かった。君に従うよ。迂回しながら行こう」
風が四方八方から、絶え間なく吹き付けてくる。
それは放射性塵と乾燥した静電気の臭いを孕んだ、陰湿で冷たい怪風だった。狂暴な咆哮こそないが、無数の見えない氷の針を伴って皮膚を刺し貫き、彼らの僅かな体温を奪っていく。
単調な風の音と、足元の結晶粉末が砕けるカシャカシャという音。それ以外、世界は完全に死に絶えていた。
一キロほど進んだところで、翰文は違和感を覚えた。
ここはあまりに「平坦」すぎる。丘も、川も、大きな岩さえない。ただ果てしなく続く黒い粉末。
しかも、その粉の並びには……ある種の規則性があるのではないか?
脳内の「残り火」が、ジジッという微かな音と共に何かを察知した。
鼻腔に突如として、刈りたての青草のような濃厚な香りが衝き抜けた。
この死の廃土にはあまりに不釣り合いなほど鮮烈で自然なその香りに、翰文は激しい目眩を覚えた。
目の前の黒い荒野が消え去る。代わりに現れたのは、黄金色の小麦畑だった。風が穂を揺らし、心地よいざわめきを奏でている。
遠くでは白い風車が回り、子供たちが駆け回っている。
『……豊作だ……』
一人の農夫が嬉しそうに笑っている。
次の瞬間、天が裂けた。
灰色の火の雨が狂ったように広範囲に降り注ぐ。麦畑は燃え上がり、農夫は焦土と化し、そして今、足元にある黒い結晶へと粉砕された。
「おえっ……」
翰文は立ち止まり、激しくえずいた。
「今と昔の対比」がもたらす衝撃が強すぎる。彼が今踏みしだいているのはただの砂ではない。千年前の麦の穂であり、あるいは誰かの遺灰なのだ。
彼は今知った。ここはかつて荒野ではなかった。「兵糧の地(穀倉地帯)」だったのだ。それも、七界最大の平原だった。
だが、あの災厄において、この地の「豊饒の律」は吸い尽くされた。土地は死に、何も育まないガラスの残骸へと成り果てたのだ。
「……どうしたの?」女が彼を支え、蒼白になった顔を心配そうに覗き込む。
「何でもない。ただ……少し吐き気がしただけだ」
翰文は不快げに手を振り、その映像を脳裏から追い払おうとした。
考古学者として過去を掘り起こすことには慣れていたが、このような「強制的な追体験」は、精神をひどく消耗させる。
彼らは前進を続けた。
「山が見えてからが遠い」とはよく言ったものだが、翰文は今日、それを身を以て体験した。前方の巨大な黒い影は目の前にあるように見えるのに、足掛け二時間は歩き続け、ようやくその姿が視野の中で鮮明になった。
彼らは当初それを岩だと思っていたが、近づいてみれば、それは凝固した空難の現場だった。
太古の巨鯨を思わせる金属性の骨格が、極めて悲惨な姿勢で、黒い砂海に半ば跪いている。
背骨はすでに断裂し、その断面は空を突き刺し、自分を見捨て背信した天に向かって無言の怒号を上げているようだった。
錆びついた巨大な肋骨は一本で数十メートルの高さがあり、灰色の風砂の中に浮かんでは消え、ヒュウウという低い唸り声を上げている――それは空洞になった胸郭を風が通り抜ける時の哀悼歌だ。
金属の肋骨には、目を覆いたくなるような傷跡が幾つもあった。衝突によるものではない。超高温の刃で一瞬にして焼き切られたような、融解した欠損に見えた。
それはかつて空の覇者であり、雲海を巡る銀白の利剣だった。今や、時間に食い荒らされた骸に過ぎない。
「……これは……『執法者』級……巡天船……」
無小姐の瞳が微かに収縮した。神の落日を目撃したかのような衝撃が眼差しに滲む。「……彼らは……決して地に落ちない……。天さえもが……彼らを拒絶しない限り……」
翰文は彼女の語調にある恐怖を聞き取った。このレベルの空中要塞さえもが廃鉄と化すなら、千年前のこの荒野で一体何が起きたというのか。
「理由はともかく、風を凌げれば何だっていいさ」
翰文は首をすくめた。外の陰湿な怪風は、すでに彼の手足を氷のように冷たくしていた。
巨大な金属の肋骨を回り込み、残骸の影へと足を踏み入れる。煩わしい風砂は、ここでは確かに鳴りを潜めていた。厚い金属構造に遮られ、外の放射性塵さえも幾分か防がれているようだ。
残骸の中心部に、廃材の鉄板で囲われた小さな空間があった。そこには消えて久しい焚き火の跡と、いくつか散らばった缶詰の空き箱があった。
「誰か住んでいた形跡があるな」
翰文はしゃがみ込み、地面の灰に触れた。冷たい。少なくとも数日は経っている。
やがて、隅の方に一つのバックパックを見つけた。
軍用に見える。頑丈な高密度防水布で作られたものだ。そこには、折れた槍の形をした、ぼやけた紋章が刺繍されていた。
翰文の指先がバックパックに触れた瞬間、古い汗の臭いと濃厚な血の匂いが脳内に流れ込んできた。
今回は劇痛ではなく、深い疲労感と、幾つかの断片的な遺言だけを感じた。
『……守りきれない……』
『……みんな死んだ……俺だけだ……』
『……情報を……持ち帰らねば……』
『……いい。ここで少し、眠らせてくれ』
翰文はバックパックを開けて中身を確認した。驚くような宝物はなかった。
一瓶の水(振ると半分ほど残っていた)、一巻の包帯、肉乾のような塊、そして……一冊のノート。
ノートの表紙には、粗野な筆跡で一行の文字が書かれていた。彼にはその記号は読めなかったが、脳内の翻訳機が自動的にその意味を弾き出した。
『【次に来る不運な野郎へ】』
「どうやら俺たちの前にも、ツイてない先客がいたらしい」
翰文は水筒を手に取り、栓を抜いて臭いを嗅いだ。異臭はない。
彼はすぐに無小姐に差し出した。「飲め。先輩からの遺産だ」
無小姐は水筒を受け取り、少しだけ口に含んだ。
「……このバックパック……北陸斥候の……」彼女はその紋章を見つめて言った。「……彼らだけが……この死道を……歩く……」
「斥候?」
翰文はノートをパラパラと捲った。中の文字は乱れ、精神崩壊した者が書いたかのように支離滅裂だった。
「どうやらこいつは迷ったらしいな。そして、ここを最期の住処にした」
最初の一頁に、手描きの地図を見つけた。簡素なものだが、目印のないこの荒野では、それは神託にも等しい。
地図上には赤い円が描かれ、隣に言葉が添えられていた。『【墜落地(現在の位置)】』
そしてその円の北東の方角に、歪な線が一本引かれ、ドクロマークの描かれたエリアへと続いていた。
その傍らの注釈。
『【生者の街……。もしお前が生きて辿り着けるならな】』
翰文はノートを閉じ、ドクロマークを指差した。「あまり縁起のいいマークじゃないな。海賊か? それとも食人族か?」
無小姐が身を乗り出し、その記号を見た瞬間、顔色が変わった。
「……あれは……『鏽蝕者』の標識……」
彼女は声を潜めた。その声には嫌悪が滲んでいた。「……死人の肉と……機械の残骸を喰らって生きる……狂人たち……」
「俺たちの現状と大差ないな」翰文は苦笑した。「だが『生者の街』と呼ぶからには、少なくとも空気と水と食料はある。死人と付き合うよりは、狂人と渡り合う方がまだマシだ」
彼は残骸の外にある荒野を仰ぎ見た。
灰色の空の下、遠くの空気は不自然に歪み、揺れている。
「……風が……変わった……」
黒髪の女が突然翰文の腕を掴んだ。彼女の耳が微かに震えている。彼には聞こえない音を聞いているようだ。「……律暴が……来るみたい……。骨まで砕くような風が……」
翰文の心臓が早鐘を打った。やはり、プロの意見を聞くべきだ。
彼は残りの半分の水を慎重にねじ閉めると、乾ききった肉とノートを一緒くたにバックパックへ押し込んだ。
そしてこの死者の遺物を背負い込む。粗い帆布のストラップが、再生したばかりの上腕の柔肉を無遠慮に擦り上げ、焼けつくような刺痛を惹き起こす。
だが、背後にあるその重みこそが、彼を安心させた。
「十分休む」
翰文は冷たい金属壁に背を預け、バックパックの位置を調整してクッション代わりにした。目を閉じる。
「それから出発だ。あのドクロの場所へ行く」
「ここにいても……最後にはこの鯨の骨の中に住むヤドカリになるだけだからな」
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