第16話:錆びついた論理と、肉体のヒューズ
「律造守衛には魂がない。あるのは論理だけだ。だが『時間』というやつは最悪のプログラマーでな。『メンテナンス』を『虐殺』と書き間違え、『修復』を『破壊』に書き換えてしまう。もし数千年前の工程機が動いているのを見たら、仕事中だなんて思うなよ。そいつはただ、発狂しているだけだ」
――『石界工匠ギルド・廃棄物処理条例』
闇の中で、その二つの紅い光は、深淵で燃える石炭のようだった。重苦しい金属の衝突音と、湿り気を帯びた筋肉が軋む音を伴って、こちらへと碾圧してくる。
女の手にある微弱な青い光を頼りに、李翰文はようやくこの「悪性腫瘍」の正体を目にし、瞬時に胃酸が喉元までせり上がった。
それは夜巡者のような優雅で冷酷な人型キラーではない。純粋な機械でさえなかった。それは、金属によって無理やり拘束された「肉塊」だった。
本体は蒼白く膨れ上がり、青筋が浮き出た巨大な肉腫だ。その表面には、錆びついた鉄の装甲が無造作にリベット打ちされている。露出したパイプはゴムではなく、半透明の「人工血管」であり、中には蛍光グリーンの防腐膿液が流れていた。最もおぞましいのは、金属の隙間から、痙攣する暗赤色の筋肉繊維が覗いていることだ。
四本の太い機械脚を持っているが、関節を繋いでいるのはベアリングではなく、惨白な色の靭帯だった。
それはまるで、廃棄金属と死体をつぎはぎして作った巨大な蜘蛛のようだった。あの二つの紅い光は、肉腫の正面に埋め込まれ、黄色い組織液を滴らせている錬金結晶の眼球だった。
それは二人の十メートル手前で停止した。
過負荷に耐えきれず、錆びついた伝動関節が甲高い金属の悲鳴を上げる。同時に、隙間から白い高温の蒸気が暴力的に噴き出した。濃厚な古い機械油の臭いと硫黄の臭いを孕んだその蒸気は、瞬く間に周囲の空気を熱で歪ませた。
翰文の脳内にある「残り火」は、まるで尾を踏まれたかのように、灼熱の波を放出した。
焦げた脂肪の臭い――焼きすぎたベーコンと金属の錆が混ざったような悪臭――が鼻腔を充満し、翰文は呼吸すら困難になる。
脳内の死灰が発狂した。それは混乱した高温の「猩紅」の周波数を、翰文の眼底に焼き付けた。翰文は、精神錯乱に近い暴怒を感じ取った。それは、この生物律造機械の「執念」だった。あの肉腫はすでに狂っており、目の前の二人の人間を、通路を塞ぐ汚物として認識していた。
『通行止メ。』
『前方ニ二ツノ……柔ラカクテ、呼吸ヲスル有機廃棄物アリ。』
『邪魔ダ。汚ラワシイ。』
『解決策ハ一ツ:スくい上ゲテ……粉砕シ……養分トシテ吸収スル。』
「オーケー、どうやら俺たちを飼料扱いしてるみたいだ」
翰文は拾った金属の棒を強く握りしめた。掌は滑りやすい冷や汗で濡れている。
「こいつは夜巡者より鈍重そうだ。回り込んで躱せないか?」
「……無理……」隣で女が身を縮こまらせた。彼女の風の律による感知は、翰文の目よりも鋭敏だった。「……ロックオンされてる……ここの空気を……あいつは……番犬……」
言葉が終わらぬうちに、その生物工程守衛は手負いの野獣のような「ホーホー」という喘鳴を漏らした。夜巡者のような俊敏さはなく、制御不能になった重戦車のような勢いで、正面から突っ込んできた。
「散れ!」
翰文は叫び、女を突き飛ばすと、自分も反対側へと転がった。
歯茎が砕けそうな轟音と共に、数トンはある油圧クランプが、破滅的な運動エネルギーを伴って地面を殴りつけた。
トンネル全体が悲鳴を上げた。硬い金属の床が瞬時に凹み、亀裂が走り、肉眼で見える衝撃波が広がった。無数の鋭い砕石と鉄屑が致死性の散弾と化して四方八方に飛び散り、壁に当たって乾いた音を立てる。鋭利な金属片が翰文の頬を掠め、血の筋を刻んだ。
「クソッ! なんて馬鹿力だ!」
翰文は無様に這い起きた。怪物は鈍重だが、この狭いトンネルには回避スペースなどほとんどない。
工程守衛は止まらなかった。肉腫の上半身が機械の台座の上で百八十度回転し、グチャッという粘着質な摩擦音を立てる。二つの紅い結晶眼が再び翰文を捉えた。どうやら、この男性ターゲットの方が脅威(あるいは肉の量)が大きいと判断したらしい。
それが片腕を振り上げた。先端には高速回転するボーンソー(骨切断鋸)がついている。鋸の刃には名も知れぬ生物の乾いた血がこびりつき、回転と共に頭皮が痺れるような高周波の叫びを上げていた。
「おい! 俺は善良な市民だぞ! 税金だって払ってる! ゴミじゃねえ!」
翰文は軽口で己を鼓舞しながら、傷ついた足を引きずり、この「世界の肋骨」の上で絶望的なタンゴを踊った。
怪物の背後に回り込もうとする。機械なら弱点があるはずだ。コアか? バルブか? それとも引っこ抜けば止まる律の配管か?
だが、怪物の反応は予想よりも速かった。機械脚の一本が、風切り音を伴って横薙ぎに払われた。翰文は避ける暇もなく、とっさに手にした金属棒を胸の前に構えるしかなかった。
金属が衝突した瞬間、翰文は自分が鉄の棒を握っているのではなく、炸裂する雷を掴んでしまったかのように感じた。
理不尽な反作用の力が筋肉の緩衝を無視し、腕の骨を伝って狂ったように駆け上がる。幸いにも金属棒が瞬時にひしゃげて変形し、運動エネルギーの大部分を吸収してくれた。
それでも彼は、蹴り飛ばされたボロ布の人形のように、余波で激しく吹き飛ばされた。
脊椎がトンネル側面の支柱に激突するかと思われた瞬間、背後で急激かつ柔らかな気流が弾け、鈍いポンッという音を立てた。緊急展開された透明なエアバッグだ。衝撃を完全には殺せなかったが、脊椎を守り、半身不随の運命からは救ってくれた。
翰文は地面に落ち、喉の奥から甘い味がこみ上げた。熱く、鉄錆の臭いがする液体が制御不能になって溢れ出し、冷たい床に鮮血の飛沫を描く。
胸腔内で湿った陥没感があった――さっき繋いだばかりの肋骨が再び折れたのだ。窒息するような灼熱痛が走る。身代わりになった金属棒は、九十度に折れ曲がっていた。
「……あいつの目!」
女が悲鳴を上げ、無駄な防御を捨てた。彼女は歯を食いしばり、ペンダントの青い光を輝かせると、残りの風の律を針状に圧縮した。それは分厚い装甲をすり抜け、怪物の顔面にある二つの猩紅の結晶眼を正確に狙った。
カシャッという乾いた破砕音。風の針は強化ガラスを貫通こそできなかったが、表面に蜘蛛の巣状の亀裂を刻んだ。
工程守衛の視界が一瞬遮られた。巨大な肉腫の頭部が混乱して大きく傾く――そしてその傾きこそが、顎の下にある装甲板の脱落箇所を露呈させた。そこに見えたのはバッテリーではない。剥き出しになり、激しく脈動している「神経節」だった。
チャンス!
翰文は地面に這いつくばったまま、霞む視界でその一瞬の隙を正確に捉えた。
脳内の激痛が頂点に達する。「残り火」が守衛の弱点に感応し、貪欲な共鳴を始めたのだ。
脳漿が沸騰したようだった。激痛は、視界を強制的に上書きするハイパースペクトル解剖図へと変わった。剥がれた装甲板の下、その灰白色の脳組織は心臓のように見え、周囲には無数の銅線が突き刺さっている。怪物の呼吸に合わせて収縮し、粘着質な組織液を滲ませるそれは、まるで「刺されるのを待っている膿疱」のようだった。
頭の中の声はもはや囁きではなく、ヒステリックな高温の咆哮だった。それは容器が機能停止寸前であることを察知し、強引に運動神経を乗っ取った。
『回路ガ断裂シタ! 閉ループヲ要求スル!』
『立テ! 容器!』
突然、翰文の意志とは無関係な電流が、「ジッ」という音と共に乱暴に神経を駆け抜けた。
翰文は恐怖した。感覚を失いかけていたはずの両足が、生理的限界を無視し、筋繊維が断裂する音を立てながら、機械的に地面を蹴って立ち上がったのだ。
痛みは感じない。
脳内の「残り火」が痛覚神経を焼き切り、彼を任務遂行のためだけに動く生きた屍に変えてしまったからだ。
「……その薄汚い手を……どけろ……」
翰文はふらふらと立ち上がった。その動きは、糸で操られるマリオネットのようにぎこちない。
工程守衛はまさに女を鋸で切り刻もうとしていたところだった。突然、肉腫の頭蓋に石ころが当たり、死んだ豚肉を叩くような鈍いプッという音がした。ダメージはゼロだが、侮辱としては強烈だ。
怪物は動きを止め、亀裂の入った赤い眼球をゆっくりと回し、この死に損ないの「ゴミ」を凝視した。
「来いよ! こっちを見ろ! このスクラップ行きの肉塊野郎!」
翰文は叫び、折れた足を引きずりながら、自ら怪物へと突っ込んでいった。
工程守衛は怒りの咆哮を上げ、骨鋸を振り上げ、正面から突進してくる。
今だ。翰文は避けなかった――いや、避けることなどできなかった。
骨鋸が胸に触れようとしたその瞬間、限界を迎えていた彼の折れた足がガクリと崩れた。
それは大学のサッカーチームで鍛えた華麗なスライディングなどではない。無様で、死に瀕したただの転倒だった。
だがこの致命的なミスが、彼を転がる石のように、慣性を伴って怪物の底盤の下へと滑り込ませた。
そこは死角だった。
膨れ上がった肉腫の真下。目の前で、あの灰白色で銅線だらけの神経節が脈動し、吐き気を催す生臭さを放っている。あれが心臓だ。
「……消灯だ!」
翰文は全身の力を振り絞り、右手で握りしめた湾曲した金属棒を、そのぬめるような気持ち悪い神経節に向けて、思い切り突き刺した。
湿ったブスリという音。腐った豚肉を貫いたような感触と共に、金属棒は何の抵抗もなく灰白色の組織へと沈んでいった。
翰文という「無律者」が金属棒を介して高濃度の「生物律」に接触した瞬間、それは太い銅線を高圧変電所の神経中枢に直接突き刺したようなものだった。
怪物の神経信号が、瞬時に翰文の神経と直結した。
聞こえたのは電流音だけではない。機械の中に囚われていた何千もの魂が、挽肉機の中で上げる断末魔の叫びだった。
翰文は抑えきれずに凄絶な長嘯を上げた。全身の神経が発火したような感覚に襲われたが、手は離さなかった。死んでも離すものか。
直後、物理常識に背く「絶対斥力」が金属棒を中心として炸裂し、瞬時に周囲の空気、光、音さえも最も原始的な虚無へと還元した。
翰文は機械を刺したのではない。この偽りの現実の腹を刺し貫いたのだ。煮えたぎる「律」が高圧鍋の熱湯のように噴き出し、あらゆる法則を混乱した灰の乱流へと溶解させていく。
生物工程守衛は、てんかん発作を起こしたかのように激しく痙攣し始めた。結晶眼が狂ったように点滅する。赤から青へ、そして混沌とした白へ。内部の回路が焼き切れるジジジッという音が響く。肉腫が激しく収縮し、人間が窒息した時のようなホーホーという音を漏らす。
この致命的なエネルギー短絡は、わずか三秒しか続かなかった。だが翰文にとっては三世紀にも等しかった。自分の皮膚が焦げる臭いさえ感じた。
ついに。
ドォンという鈍い音と共に、過負荷になった神経球が破裂した。熱く、生臭い脳漿と機械油の混合物が、翰文の頭と顔にぶちまけられた。
続いて、重苦しい排気音が響く。まるでこの怪物の魂が、焦げた隙間から逃げ出していくようだった。
刺すような青い光が二回明滅し、完全に消えた。
巨大な機械蜘蛛は硬直した。すべての油圧パイプが一斉に圧力を失い、機械脚はもはや体を支えきれず、死んだ昆虫のように内側へ丸まり、汚れた体液を垂れ流した。
巨体が、金属の悲鳴と共に重く崩れ落ち、土埃を巻き上げた。
幸いにも、丸まった機械脚が最後に関節ロックされ、底盤の下に数十センチほどの救命スペースを強引に確保していた。
翰文は、高熱の鋼鉄と死肉で構成された狭い檻の中に閉じ込められた。肉泥にされることこそ免れたが、身動き一つ取れない。
彼は自分が、オーブンの中に閉じ込められた焦げた炭になった気分だった。まだ煙が出ている。
「……翰文!」
女がふらつきながら走ってきた。熱い蒸気と気味の悪い粘液も構わず、必死にその死んだ機械を押そうとする。彼女は隙間から煙を上げている翰文を見ると、すぐに微弱な涼風を送り込み、その狭い空間の致命的な熱を逃がした。
「……あなた……どうなの……大丈夫!?」
「……焼けた……たぶんミディアム・ウェルくらいにはな……」
翰文の声は蚊の羽音ほどに弱々しかった。彼は廃鉄と爛れた肉の隙間から、黒焦げになった手を苦労して伸ばし、中指を立てて見せた。
「……だが少なくとも……このゴミは……もう動かない……」
彼は勝ったのだ。最も原始的で、最も野蛮で、そして最も痛みを伴う方法で。
あの塔が彼のことを「容器」だと言ったのなら、彼は焦げた廃棄物と可燃物を詰め込んだ危険な容器だ。彼は自分が、この世界の「肉体ヒューズ」になったのだと悟った。
彼が自らを燃やす覚悟さえあれば、「律」で動く怪物どもを……ショートさせることができるのだ。




