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意外な助け

 帰ってドレスの下を確かめたら、透明じゃなくなったのは両方の肩から指先まで。

 シェフレラさまを抱きしめたいって思ったからだ、とラナはわかって赤面した。

 

 けれど赤くなった顔はすぐに青くなる。

 女性の噂は矢よりもはやく駆けめぐると聞く。

 直接見られた令嬢は両手の指に足りるほどだったけれど、彼女たちから噂が広がるのはすぐだろう。


 副団長の婚約者は透明人間。


 そんな噂が世間に満ち満ちて、シェフレラさまにご迷惑がかかってしまう。

 そう思うとラナの気持ちはうんと落ち込む。

 城から戻った当日の夜には『また遊びに来て欲しい』というシェフレラさまからのお手紙をもらったけれど、屋敷の外に出る気になれない。

 お断りの手紙を送った翌日には、シェフレラさまが「伺ってもいいだろうか。顔を見たい」とまたお手紙をくれたけれど、申し訳なさがつのってお返事できないまま数日が経ってしまった。


「はあ……いっそまたすっかり透明になって誰からも見えなくなってしまえば良いのに」


 ふさぎこんだラナが自室でつぶやいた時。

 軽やかなノックの音がした。「なあに」と問えば、扉を開けて入ってきたのは魔女リッカロッカだ。

 魔女を縛れるものは誰もいない。本当は誰にも会いたくない気持ちだったけれど、仕方ない。

 止めることもできないままするすると近づいてきたリッカロッカが、美しい顔でとろけるように甘く笑う。


「ラァナ。お友だちを連れてきたわよ~」

「お友だち?」


 誰かしら。

 本当にわからなくて首をかしげると、再び扉がノックされる。


「ラナお嬢さま。あの、カッツェ・シュヴァルツェさまという方がお見えなのですが」

「カッツェ……? はじめて聞くお名前ね」


 使用人が戸惑い気味に告げるのも当然。ラナも初めて聞く名前だ。

 けれどリッカロッカはうれしそうに笑ってラナの手をとる。


「そう、あなたのお友だちよ~。行きましょ」

「リッカロッカ、誰なんです?」

「行けばわかるわあ」


 うふふと笑う魔女に連れられて向かった客室で、待っていたのはひとりのご令嬢。

 知り合いではない。けれどラナはその顔に見覚えがあった。


「あなたは……鍛錬場にいらした」


 部屋のなか、立って出迎えてくれたのは鍛錬場でラナに話しかけてくれた令嬢だった。

 猫のようにきゅっと引き締まったまなじりが特徴的な、黒髪の彼女を見間違えはしない。


 ラナの困惑顔は見えないだろうけれど、わずかに震えた声を聞き取ったのだろう。

 カッツェさんが頭を深々と下げる。


「その節は不躾にも騒ぎ立ててしまい、大変申し訳ありませんでした」

「そんな! 当然です。頭をお上げになって」


 慌てて駆け寄りそうになって、ラナは立ち止まる。

 家のなかだからと気を抜いて、ベールもなにも被っていない。つまりドレスに隠れていない首から上は、髪の毛だけが宙に浮いた状態何もない状態。

 髪の他に見えているのは手袋をしていない手だけ。

 ドレスから手だけが生えた姿は、さぞかし恐ろしいだろう。


 また怯えさせてしまう!


 ラナの胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだとき。

 カッツェさんがするりと動いてラナの手を取る。その素早さとしなやかさは、まるで猫のよう。


「あなたさまを傷つけてしまい、本当に申し訳ありません! ですが私、知らなかったんです。ラナさまと副騎士団長のすばらしい恋のお話を!」

「こい?」


 思わぬ言葉にきょとんとしたラナの顔(透明だから見えていないだろうけれど)にずずいと顔を近づけたカッツェさんの目が、暗闇で出会った猫のようにきらっと光る。


「ええ! 魔女に祝福されしお姿の見えないご令嬢と、野獣のごとき副騎士団長の恋! おふたりが心から結ばれた時、ラナさまのお姿があらわになるだなんて。ああ、まるで物語のよう!」

「え、え? どうして私の祝福のことをご存知なの?」」

 

 うっとりと頬を染めるカッツェさんの向こうで、いつの間にか椅子に座りカップを傾けていた魔女が「うふふ」と笑う。

 そんなリッカロッカの笑みを肯定するように、カッツェさんがこっくりと頷いた。


「魔女さまから伺いました」

「まあ、あなたのお家はリッカロッカと縁がおありなのね」

「いいえ、我が家はしがない商家ですからそのような縁、望んでもとてもとても。けれどこのたび、魔女さまが我が家の営む店へお越しになって、おふたりのお話を聞かせてくださったのです!」

「うふふ~。アタシは祝福の魔女だものお。かわいいラナのためならがんばっちゃうんだからあ」


 魔女は「任せて」といわんばかりに拳を握ってみせる。ほっそりした腕に力こぶができるはずもないけれど。

 リッカロッカの言葉を受けて、カッツェさんが「そうでした」と包み込んだままだったラナの手を離す。

 そしてそばのテーブルに置いてあった小箱を持ち上げた。


「こちらをどうぞ」

「? なにかしら」


 受け取って開けば、なかには愛らしい小物がぎっしり。

 よく見てみればどれもリボンの装飾がついたものばかり。


「これは……もしかして、シェフレラさまと行ったあのお店の?」

「はい! 私、商家の娘でして。ラナさまと副騎士団長さまのおかげで、当店は大繁盛しております。こちらはささやかなお礼の品でございます」


 あのリボン小物の店はカッツェさんの家が営むお店だったらしい。

 けれどお礼の品を渡される理由がわからなくてラナは首をかしげる。


「おかげ、とは……?」

「おふたりの仲睦まじい様子を見ていた店長が、祝福されしご令嬢と偉丈夫の恋のお話を小物に沿えたところ、『恋のお守り』としてご令嬢たちの間で当店のリボン小物が大流行しているのです!」

「まあ……!」


 初耳だった。

 確かに、店を出る際に店長さんから「祝福のお話を商品紹介のカードに書いてもよろしいでしょうか」と聞かれて了承してはいた。てっきり、店を貸し切りにしてしまったラナを気遣う社交辞令だろうと思っていたのだけれど。


「先日お会いしたときにはそのお話を存じ上げなくて、悲鳴をあげてしまって。本当に申し訳ありませんでした。お詫びにもなりませんが、あの場にいたほかのご令嬢にも、お店に来たご令嬢がたにもラナさまのことを伝えておりますから。皆さま大変感動なさって、お知り合いにも話を広めてくださるとおっしゃって。今におふたりの恋のお話を知らないものはこの国からいなくなりますから! どうかラナさまは堂々とお出かけなさって、副騎士団長さまと愛をはぐくまれてくださいっ」


 ものすごい勢いにラナは圧倒されてしまって、気後れなど吹き飛んだ。

 言われた言葉を頭のなかでゆっくりと繰り返す。

 まだきちんと飲み込めたわけではなかったけれど、カッツェさんの期待に満ちた視線に耐えきれなくて頷いた。

 栗色の髪が視界の端でゆれる。


「ええと……よろしく、お願いします?」


 言った途端、カッツェさんがうれしそうに目を細める。


「ありがとうございます! それで、あの。できたら私、ラナさまのお友だちになれたら、なんて思っていて」

「まあ!」


 驚いた。驚いて、言葉が続かない。


「あ、商家の娘が時がおこがましいですよね! すみません。忘れてください!」

「いいえ、いいえ! ちがうの。私、こんな姿だからお友だちと呼べる方がいなくて」


 事情を知っている家族や使用人は、やさしくしてくれたけれど。

 他家の令嬢に説明をして顔を合わせる場をもうけて、ということはしなかった。だって、怯えられたら耐えられないと思ったから。


 だから、生まれてはじめての年の近い同性の友人ができると聞いて、びっくりしてうれしくて。


「わた、私みたいな、姿の見えないものが友人でも良いの?」

「ラナさまが良いんです」

「うれしい……うれしい!」


 カッツェさんの手を取って、はしゃいで飛び跳ねてしまう。

 

「私きっと、ラナさまのことをみんなが祝福してくれるように広めますから!」

「ありがとう、カッツェさん」

「ふふふ。こちらこそです、ラナさま。今度お店に来る時は、私に連絡くださいね。おすすめの小物をたーくさんお見せしますから!」


 また会う約束をして、カッツェさんを見送って。

 私は夢見心地。

 だって、はじめてのお友だち。

 それに私とシェフレラさまのことをたくさんの人が応援してくれているって。


 信じられない思いでほわほわしちゃう。

 うっとりとしていると、お茶を満喫したらしいリッカロッカが窓辺で笑う。


「アタシの祝福はこんなもんじゃあ、ないわよう」


 言葉の意味を聞く前に、美しい魔女はひょいと窓の外へ飛んで行ってしまった。


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