はじめてのエスコート
シェフレラさまからお出かけのお誘いが届いたのは、婚約式から二日が経った日のこと。
飾り気のない封筒を手にして、頬に手を当てるのは魔女リッカロッカ。
どこで聞きつけたのか、ラナが婚約をしたと知って遊びに来たようで。
「あらあ、ラナが体調不良だ〜って言われてまだ二日よ? 自分の都合で進める殿方なら、祝福で無かったことになっちゃうわあ」
おっとりと不穏な発言。
ラナは慌てて手紙を取り返し、胸に抱き締める。
「シェフレラさまはそんな方ではありません! ほら、ちゃんとお手紙の初めに『体調に問題はないだろうか』って聞いてくれているし、お誘いのあとに『あなたに忘れられないうちにまた会いたくて、手紙を送ることを許して欲しい』って書いてくださってます!」
気遣いのできる殿方なのだ、と示したかったのに。
魔女リッカロッカと母さまは「あらあ」「まあまあまあまあ!」と身を寄せ合ってにまにま笑う。
「なあにい? ラナったら、そんな堂々と惚気ちゃってえ。良いわよ良いわよう、アタシそういうのだーいすき!」
「祝福のおかげですわね。良い殿方と出会えて、本当に感謝しています、リッカロッカ」
「うふふふ。こんな楽しいお話が聞けるんだもの。魔女冥利につきるわあ」
楽しそうなふたりに温かい目を向けられてラナは「そんなつもりじゃ……!」と顔が熱くなる。
今までだったら赤面してもバレなかったけれど、いまはちがう。
手紙を抱きしめる指先が赤く染まっているのをリッカロッカに見つかってしまった。
美しい魔女はにまにまと笑いながら、ラナのそこだけ見えている指先をつんつんつつく。
「うふふふ〜。ラーナちゃん、かわいい指が真っ赤よお。指先が見えたってことは、触れられたいって思ったのかしらあ?」
「!!!! しっ、知りません!」
慌てて背中を向けて指先を隠すけど、魔女と母さまの楽しそうな笑い声は止まらない。
「今度、見に行っちゃおうかしらあ」
「リッカロッカの祝福に認められたお方ですもの、それはも立派な殿方ですよ」
「あらあ、良かったわ〜」
ほわほわと交わされる会話を聞きながら、ラナは出かける約束の日がはやく来ないかなと窓の外を見つめていた。
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・*
そうしてやってきた、おでかけの日。
シェフレラさまがお迎えに来てくれて、馬車の中で向き合って座る。
「今日はお誘いくださりありがとうございます。お仕事はお休みなのですか?」
お仕事が忙しいからと婚約式まで会えなかったのに、こんなにすぐまた会えるなんて。
「部下に任せてきた。俺が君に会いたかったから」
「まあ……!」
真っ直ぐな言葉がうれしい。
だけど指先が赤く染まっているのが見つかりそうで、恥ずかしくてもじもじしちゃう。
シェフレラさまは言うだけ言って窓の外に顔を向けてだまりこんじゃった。
でも、こちらに向いてる耳が赤いの。恥ずかしかったんだ、ってわかって、私もドキドキ。
ふたりして黙ったまんま、馬車にゴトゴト揺られてく。
くすぐったくてそわそわする沈黙なんて、はじめて。
どうして良いかわからないまま、いつの間にか馬車がとまる。
「ああ、ついたようだ」
シェフレラさまの声に窓の外をのぞいて、びっくり。
連れられた小物屋さんは、お店の外観からもうかわいかった。
「わあ、看板が大きなリボン! 扉にもリボンがたくさん!」
ひらひら揺れる大きなリボンに引き寄せられるように馬車の扉に手をかけたら。
「ラナ嬢、エスコートさせてもらいたいんだが。良いだろうか」
生真面目な顔でシェフレラさまに問われてしまった。
透明人間が出歩くとみんなを驚かせてしまうから、ふだんお出かけなんてしない。そのせいでエスコートだなんて頭になかった。はしゃぎすぎちゃった。
「ごめんなさい……」
「いや、君が喜んでくれるのはうれしい。ただ俺がエスコートというものをしてみたいだけで」
「シェフレラさまはエスコートの経験がおありじゃ無い?」
「ああ、この顔と図体だ。催しに参加したところで並の令嬢は近寄ってこない。もちろん、身内を相手にやり方は身につけているつもりだが……」
大きな背をちょっぴり丸めて話すシェフレラさまが、かわいく見える。
こんなに立派な殿方なのに。なんでだろう、ふしぎ。
「ふふっ。じゃあ私が初めてですか? うれしい」
思わず笑っちゃった。
そうしたら、シェフレラさまはびっくりしたみたいに顔をあげる。
「うれしいと、思ってくれるのか」
「だって私も初めてなんです。ほら、姿が見えないからお屋敷の外にお出かけはあんまりしないので。エスコートされることなんて無かったから」
悲壮に聞こえないように、できるだけ明るく言う。
なかなかお出かけできない私のことを「かわいそう」って言う人がたまにいる。だけど私は自分なりに幸せだから、かわいそうじゃないのに。
シェフレラさまはどう思ったかな。
そっと目を向けたら、きりっとしたお顔がほんのり赤くなってる。
「そうか……ラナ嬢もはじめてか」
シェフレラさま、うれしそう。
そんな顔を見たら私の胸がぽかぽかしてくる。
だけどなんだか恥ずかしくなって、慌ててシェフレラさまの手を取った。
「あの! あの! お店に行きませんか。エスコート、してほしいです」
「ああ。喜んで」
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・*
お店はそんなに広くなかったけれど、そのぶんあふれそうなくらのリボン小物に囲まれてるみたい。
うれしくて楽しくて胸がふわふわして、あっちもこっちも目移りしちゃう。
「ラナ嬢、気にいるものはありそうか?」
「むしろ気に入らないものがなくって困ってます! どうしましょう、あれもこれもかわいくって素敵!」
シェフレラさまが自由にさせてくれるのを良いことに、お店の中をくるくると見て回る。
先にお知らせしておいてくれたみたいで、お店は私たちの貸切らしい。
お店の人は姿の見えない透明な私を見ても悲鳴をあげなかった。
それどころか「魔女さまの祝福を受けた方にお会いできるなんて、幸運です」と握手まで求めてくれて。
どうしましょう。楽しすぎる。
お出かけってこんなに楽しかったのね。
今日はこのふわふわした気持ちをお土産に、帰ろうかしら。
なんて思っていたのに。
シェフレラさまがリボンの髪飾りを手に取り、私のほうに近づける。
「君に似合う、とは言い切れないんだが。似合うような気がするんだ」
遠慮がちに差し出されたのは、髪に編み込む長いリボン飾り。
気になっていたものの、見えない私の髪に編み込むのは難しいかも、と手にとらなかったのに。
「君の好みでは無かっただろうか」
凛々しい眉毛をちょっとだけしょぼんとさせて、シェフレラさまの手が下がっていく。
慌ててその手を捕まえた。
「いいえ! いいえ、気になっていたんです。だけど、私の髪は見えないから編み込むのは難しいかと思って……」
どこに頭があるかわからなくて、すこし距離のある手。
リボンを持つ大きな手を引き寄せて、私の頭にそっと添える。
「やわらかいな……」
「透明なだけで、触れられないわけじゃありませんから」
呆然とつぶやくシェフレラさまがおかしくて笑ったのに。
「いや、君の髪が。想像していた以上にやわらかですべらかで。これは……俺が触れても良かったのか……?」
じわじわと赤くなる顔を私に触れているのとは反対の手で隠してしまった。
触れている手までそっと引き下げられるのを感じて、慌てて身を寄せる。
触れて欲しい。
気持ちに急かされて口を動かす。
「もちろんです! シェフレラさまは未来の旦那さまですもの。むしろ、触れてほしいと……」
願いを口にする最中に、視界にひらひらと亜麻色が舞う。
母さまとおそろいの色。幼い時に見知った自分の髪色。
「あ……髪が」
「ああ、美しいな」
シェフレラさまがつぶやくように言って、指に私の髪をゆるく巻く。
「やはり思い描いた以上に美しい」
よくある色なのに、特別なもののようにやさしく指をすべらされて。
「この飾りもよく映えるだろう。店主、買い上げさせてもらう」
あっという間にリボンを買ってしまった。
「つけていかれますか?」
店主が声をかけるけれど。
「俺が編み込んでも良いだろうか」
「はわ、そんな」
そんなことをさせて良いの!?
驚いて言葉が出ないのをどう思ったのか。
「こう見えて手先は器用なほうなんだ。騎士団でもロープワークは重宝するので」
「う、腕を疑ったわけではなくて! その、あの! お……お願いいたします……」
断れなくて、断るなんてもったいなくて。
お願いをしたら店主がささっと椅子を持ってきてくれた。背もたれのない椅子に座って、シェフレラさまに頭を預ける。
熱くてすこしかさつく指がやさしく、大切なものに触れるみたいにやさしく髪に触れる。
そうっとそうっと通されたくしは、こちらも買い上げたばかりの品物だ。
「……どうだろう。髪は痛く無いだろうか」
撫でるように触れていた手が離れて、ようやく髪を結い終えたのだと気がついた。
あんまりやさしい触れ方に、結われているのに気づかなかった。
「ちっとも」
「そうか」
ほ、と吐かれた息があんまりにも安心したと語っていて、くすぐったさとうれしさが湧いてくる。
「もう少し、触れていてくださいませ」
うっかり気持ちを口にしたラナの後ろで、真っ赤になったシェフレラの姿を目にしたのは店主だけだった。




