2択だよ
「……トトを、落とそうとしたの……!?」
跳ね起きたルティに、カティは笑った。
「しないよ。弟の最愛を盗るなんて真似はしません」
「……ほ、ほんとう、に……?」
問いただす声が、ふるえてる。
「ほんとうに」
おそろいのぴんくの瞳をのぞきこむ。
嘘や、ごまかし、虚構も虚勢も、欠片でもあればすぐにわかる。
生まれたときから、いや、この世界に生まれ落ちるまえの魔法の繭に包まれていたときからずっと、一緒だから。
カティの手をにぎったルティが、崩れ落ちる。
「……ほんとだ」
ぽふぽふルティの背をなぐさめるように叩いてくれる手が、やさしい。
「当たり前だよ。僕を何だと思ってるの」
『弟の恋人なんて簡単に略奪できるだろう、ぴんくの髪の主人公だよ!』
言わなかったルティのうろんな目はカティに伝わったらしい。
楽しげに笑ったカティは、ルティの目をのぞきこんだ。
「トトは、絶対、僕とルティを間違えない。
もし僕がトトを狙ったって、トトは絶対、なびかないよ」
やさしい声には、弟へのいたわりがにじんでいた。
思いやりは、よく真実を曲げる。
「……そうかなあ。ぴんくの髪の主人公チートがあるんだろ」
「はは! あるね!」
笑ったカティの声が、落ちる。
「……ほんとに僕をあいしてくれる人は、ひとりもいないのかもしれない」
ちいさな、ちいさなつぶやきに、ルティは微笑んだ。
「カティが、ほんとに愛してないからだよ」
「……そうかな」
きゅっと引き結ばれたカティの唇を指先でつついたら、ぴんくの瞳が瞬いた。
「カティは、きらきら男をぜんぶ、自分のものにしたいんだろう? それはきっと、愛じゃない」
ぷくりとカティの頬がふくれる。
「僕の愛は、皆に等しく、公平にあるんだよ。主人公だから」
「それはきっと、博愛であって、恋愛じゃないと思うな」
カティの瞳が、頼りなげに揺れた。
「……そうかな」
「カティはまだ、ほんとに誰かをすきになったこと、ないんじゃないか?」
ぎゅっと唇を噛むカティを、抱きしめる。
「誰かをすきになるって、苦しくて、痛くて、でも泣きたいくらい、しあわせだよ」
ささやいて、微笑んだ。
カティの手が、背を抱いてくれる。
節操は微塵もないけれど、でもちゃんと弟の恋人を盗らないでくれる、いつだってルティを心配してくれる、やさしい兄を、抱きしめた。
これでカティも、ちょっとは落ちついてくれるかな。
ルティの期待を派手に裏切るように、ココ王立学園に、留学生がやってきた。
ドディア帝国の属国仲間であり隣国でもあるトロテ王国の第二王子クヒヤ・ヌ・トロテ殿下だ。
やわらかな水色の短い髪に、涼やかな水の瞳がうるわしい、カティの大すきな、きらきら男だ。
他国の王子だからなのか、自国のコタ殿下よりさらに輝いてみえる。
「きゃ──!」
「クヒヤ殿下、かっこい──!」
野太い声まで『きゃー♡ きゃー♡』してる。
そんな輝ける男を、カティが放っておくはずがない……!
「他国の王子は、もう真剣に首が飛ぶから!」
今回ばかりは、いやいつだって必死だけれど、さらにもうめちゃくちゃ必死でルティは叫んだ。
「止めてくれ──……!」
「頼む!」
「カティ……!」
両親も叫んだ。
しかし家族皆の哀願を、まるで聞こえなかったことにして、きらきら男に突撃してゆくのが、カティだ。
存在意義と言ってもいい。
ぴんくの髪の主人公だから。
だからこそいつもどおり、クヒヤに向かって突撃すると思われたカティだが、おとなしかった。
ちらっと遠くから見て
「クヒヤ殿下、かっこいーね♡」
微笑むだけだ。
陥落させようという熱がない。
近づくことさえしない。
「どうしたんだ、カティ。具合でもわるい?」
よろこばしいことのはずなのに、ルティはカティの体調を心配してしまう。
おでこの熱を確かめようとするルティに、カティは笑った。
「それがさあ、クヒヤ殿下の顔も、やさしそうに見えていじわるなところも、独占欲が強くて執着してくれるのも、ぜんぶ、めちゃくちゃ大すきなんだけど。前世ではいちばんの推しだったんだけど。独占欲が強すぎてね、逆ハーできないの」
「…………は…………?」
あんぐりするルティに、カティは、ぷるぷるの唇をとがらせる。
「クヒヤ殿下ひとりをとるか、逆ハーかの2択なんだよ。そんなのハーレムに決まってるじゃん!」
「はぁあアァア──!?」
のけぞったルティは、両の手でカティの肩をつかんだ。
「いやいやいや、決まってねえよ! ハーレムってまさか王子も入れて!? 処刑だ──!」
泣いてしまったルティの肩を、カティがぽんぽんしてくれる。
「まあまあ。だいじょぶだよ、BLゲームの世界だし」
カティのこの自信はどこから来るんだろう。
「ゲームじゃなくて、リアルだ!」
ルティの涙が、止まらない!
「でも僕、ぴんくの髪の主人公チートが使えるんだから、やっぱりBLゲームの世界だと思う。でないと、こんなにぽこぽこ男が落ちないでしょ!」
……そうなのかな。そうかもしれない。そうであってほしい!
処刑はいやだ──!
「ハーレムを思いとどまる、とかできないのか? 愛する人は、ひとりがいいだろ!?」
必死の、それはもうほんとうに真剣に必死のルティの説得に、カティはとても愛らしい、これぞ主人公な笑顔で応えた。
「ひとりに限定するなんてもったいないよ。
僕のあふれる愛は、僕を愛してくれる皆のためにあるんだよ!」
ぴんくの髪をふわふわ揺らして微笑むカティは、輝いてる。
さすが主人公だ。
自信たっぷりに言われると、そうかなっていう気がしてくる。
その先に待っているのは、処刑なのに──!
ぎゃ──!