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悪役令息




「ちょっと! そんなところにいたら、邪魔だ──!」


 ど──ん!


 音がしそうな気がするほど激しくぶつかられたルティの目は、うろんだ。


「いったあ──! ひっどいな! 高位貴族の僕に、平民が全力でぶつかってくるなんて、処刑だよ、処刑!」


 ぷりぷり頬をふくらませる青年が藍の瞳をつりあげる。さらさらの藍色の髪まで逆立ちそうだ。


「……またポワエさまですか。俺です、ルティです」


 つりあがっていた瞳が、泣きだしそうに揺れた。


「………………痛かったのに」


『こっちの台詞だあぁア──!』


 叫びたいのをこらえたルティは、兄カティの誘惑に心を痛めているのだろう悪役令息っぽいポワエに眉をさげる。


「兄がいつもご心労をおかけして、申しわけありません」


 思わず謝ってしまった!

 悪役令息に、ぶつかられて、いじわるされたのは、関係のない(たぶん)ルティなのに!


「ほんとだよ! コタ殿下は、僕の伴侶なんだぞ!? 筆頭高位貴族令息の、僕の! 伴侶!」


 拳を握って叫ぶポワエの後ろから、なめらかな声が降ってくる。


「(予定)が抜けているよ、ポワエ。予定は未定でもある」


 眉をひそめるコタ殿下の腕には、兄カティがぶら下がっていた。



 いや、この状況でぶらさがるのは、止めようか──!?


 シャァ──!

 牙を剥きそうなルティの目力にも、微塵も揺らがないカティは今日もメンタルつよつよだ。



 ……ああ、これはたぶん、数えきれないほどある、悪役令息がぎゃふんと言わされるイベントらしい。


「故意にぶつかるだなんて、感心しないな。カティに怪我がなくて、ほんとうによかった」


 微笑むコタ殿下が、カティのぴんくな頭を愛しげに撫でる。


 ……ぶつかられた弟には、一言もなしですか。


 思わず凍気があふれそうになったルティは、あわてて抑えた。


 

 兄カティは、ココ王国でただひとりしか使えないという光魔法が使える。浄化ができる珍しい魔法だ。さすがぴんくの髪の主人公だ。


 弟ルティも、ココ王国でただひとりしか使えないらしい氷魔法が使える。必殺貫通魔法さえ操れる、物騒な魔法だ。ぴんくの髪の主人公の弟だからだろうか。おこぼれをもらっているらしい。


 氷魔法なんて使えなくていいから、ぴんくの髪の主人公の弟を辞退したかった──!

 いや、カティは意外にいい子だから弟なのはいいんだけど、もうちょっと節操を……!


 ルティの心の叫びは、いや何度も声にも出して絶叫してるけど、それでもカティに届かない。


 しかし、節操は微塵もないが、家族愛はあるらしいカティは、ぶら下がっていたコタ殿下の腕を離してルティに駆け寄った。


「ルティ、けがしなかった? 僕のせいで、ごめんね」


 気遣いはうれしいが、うるっとしたカティのきゅるきゅるぴんくな目で言われたら何もかもを許してしまうのは、家族以外だから!


「……カティ、ちょっとは節操というものを──」


 ルティの説教がはじまる気配を感じたのだろうカティは、にこやかに微笑んだ。


「ルティに怪我がないみたいで、よかった! 行きましょう、コタ殿下、授業がはじまりますよ」


 腕にぶらさがるカティに、すこし離れただけでもさみしそうだったコタの顔が途端に笑みくずれた。


「ああ、そうだね、カティ」


 さりげなく抱きよせるようにカティの腰に腕をまわしたコタ殿下と、その腕にぶらさがるカティが遠くなる。


 隣で、くやしそうに唇を噛む悪役令息なのだろうポワエが、かわいそうになってきた……!


「……どうしてあんな、かっこいー男なら誰でも大すきな子に、僕は負けてしまうんだろう……」


 ポワエの藍のつり目から涙があふれそうで、ルティはあわてて丸まる背をさすった。


「ポワエさまは、とてもかっこよくて、凛々しいですよ。コタ殿下のこと、とてもお慕いしていらっしゃるんですね」


 ルティはしずかに頭をさげる。


「ほんとうに、うちの兄が申しわけありません」


 藍の瞳が、瞬いた。


「……おんなじ顔で、おんなじ髪で、おんなじ声なのに、全然ちがうんだね」


「そうなんです!」


 拳をにぎって同意した。


 そう、中身は全然違う。

 話すとわかってもらえる。


 しかし、出会った瞬間にぶつかられたり、糾弾されたり、泣かれたり、叫ばれたりしちゃうんだな。


 ぴんくの髪の主人公の弟とか、真剣に、困る!



 ため息をつくルティの隣で、ポワエはぼんやり、遠ざかるコタとカティの背を見つめていた。


「……僕、コタ殿下があんな人だったなんて、ちっとも知らなかったよ」


 コタ殿下も、平民に全力でぶつかってゆくポワエさまを想像しなかったと思います。


 口からあふれそうなのを、あわてて止めた。


「気弱だけれど、高潔で、やさしい人だと思っていたんだ。

 ……僕の、幻想だったんだね」


 さみしそうにつぶやくポワエに、ルティは微笑む。


「お知りになることができて、よかったんじゃないですか?」


 力なく、ポワエは笑った。


「……そう、かもしれないね。ふふ。やさしいね、ルティ」



 ……うん……?


 悪役令息が、なぜそこで、主人公の弟の手をにぎる……?



「兄とちがって、僕のことを憎からず想ってくれるんだね、うれしいよ」


 いやいやいや、何かちがうフラグが立ってる気がする──!


 あわててルティは手を離す。



「残念ですが、ポワエさま、俺には伴侶(予定)がいますので」


「僕にもいるよ」


 ふんとポワエが鼻を鳴らした。



「そういうほうが燃えるっていうことも──」


「ないです、ごめんなさい!」


 しゃっと頭をさげたルティは、ポワエから逃走した。



 これでイベントは終了な、はず……!

 泣いてるところを凹ませて、ごめんよ、ポワエ!



 でも俺には運命の伴侶、トトがいるんだ──!








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