ぴんくの髪の主人公の、弟です
「カティ!
きみはしがない平民の身でありながら、伴侶(予定)たる僕がいることを知ってなおコタ第二王子殿下に近づき、誘惑し、コタ殿下の御心を惑わした!
よってここに断罪し、きみの学園追放を学園長に直訴する!」
ココ王立学園の食堂に入った途端はじまった断罪劇に、指されたルティは、これみよがしな大きなため息をついた。
春のうららかな陽射しも、せっかくのお昼休みも台無しだ。
「な、なんたる態度だ──! だからきみは……!」
高位貴族であり、コタ王子の伴侶(予定)であり、悪役令息でもあるのだろう、礼節と気品を重んじるポワエの額の血管が切れそうだ。
かわいそうに。
「それ、兄です」
ルティの言葉に、ポワエはあんぐり口を開ける。
「…………は…………?」
耳をそばだてていたのだろう、食堂にいた全員が停止した。
「俺、ルティです。苦情は兄にお願いします」
ふんとルティは鼻を鳴らした。
高位貴族に対する平民の所業としては、ありえない。
しかし毎日毎日毎日毎日、兄のせいで糾弾されたり悪役令息に断罪されたりする身にもなってほしい。
いくら真面目で小さなことからコツコツと、質実剛健が信条のルティといえど、鼻くらい鳴らしたい。
ささやかなルティの鼻息は、高位貴族令息ポワエに深く刺さったらしい。
「よ、よく兄に言っておいてくれ! 学園追放を直訴するって!」
恥ずかしかったのか、涙目で叫ばれた。
さらに可哀想になったルティは『はい』とも『いいえ』とも言わずに、ただ微笑んだ。
諾というと
『話を通してくれたよな!? 素行が変わっていないんだが!』
めんどうくさいことになる。
拒否すると
『平民のくせに生意気だ! 兄が兄なら弟も弟だ!』
めんどくさいことになる。
相手が貴族のときは、無用な口はきかないほうがいい。
学園に入ってわずかひと月で、ルティは処世術を学んでいた。
「ぐ──っ! そ、そんな可愛い顔をして、コタ王子殿下の伴侶(予定)たる僕をも誘惑して陥落させようったって、そうはいかないぞ!」
真っ赤な頬で叫ぶポワエに首をふる。
「いや、そんな気、微塵もありません」
全否定だ。
「……え。ないの!?」
残念そうに涙目で叫ばないでください。
「伴侶(予定)がいますので」
ふふっ
微笑みに、大人の余裕がにじむのは、ゆるしてほしい。
ルティには前世の記憶がある。
さらさら揺れるぴんくの髪に、ぴんくの瞳がきゅるきゅるの主人公に見た目がそっくりな双子の弟なんてものに転生してしまったうえに、前世の記憶もおぼろげだが、人生2回目だ。
質実剛健で乗り切ってみせる──!
『きらきら男は僕のモノ!』はしゃぎまわる主人公な兄を横目に、コツコツ毎日予習復習をこなすだけじゃない。
堅実な伴侶(予定)がいるのだ。
ふふふふふん。
うれしく胸を張るルティとは反対に、目の前の悪役令息なのだろうポワエが涙目で崩れ落ちる。
……いや、なぜ?
あなたの最愛は、コタ王子殿下では?
ルティの疑問は口にする間もなく
「えぇ──!?」
叫喚に消えた。
驚愕の渦に呑まれた食堂で、皆の視線に刺されながら平然と食事をとることができる鋼鉄の心の臓も持ちあわせているルティだが、不発に終わった断罪劇の直後だ。
今は、ひとりになりたかった。
食堂の片隅にある購買部でちいさなお弁当を買って、すぐに食堂を出ようとするルティの背を、ざわめきが追いかける。
「……へえ、あれがルティかあ」
「カティにそっくりだな」
「さっすが双子、見分けつかねえ」
「すっごいかわいー♡」
「ちっちゃいおしり♡」
──人の尻を、なでまわすように見つめるのを止めてくれ。
振りかえって、にらみつけると余計に『きゃ──♡』叫ばれることを、このひと月で重々知ってしまった。
吐息したルティは『無視、無視、無視』3回唱える。
喧騒を振り切るように食堂を後にした。
人のいない方へ、いない方へと歩くと、校舎裏にひっそりとたたずむ雑木林が迎えてくれた。
広大なココ王立学園には、あまり人の来ない穴場のような静かな場所がいくつもある。そのうちのひとつだ。
春のやわらかな陽を透かす新緑の香りが、ささくれだったルティを癒してくれる。
伸びたい放題伸びた草が、ルティの指をくすぐった。
お弁当を食べるのによい木陰を探したルティが、枝を伸ばす樹々の向こうに白い椅子がおかれてあるのを見つけたときだった。
鈴の声が降ってくる。
「わあ、コタ殿下、もしかして鍛錬ですか? すごい、お昼休みのわずかな時間にも頑張っておられるんですね。さすが殿下です!」
カティの声に、引きつった。
「……いや、時間が中々取れなくて、それで……武術は苦手だから、少しでもと……」
たよりなく小さな声が、ぽつぽつ聞こえる。
ココ王国の第二王子、コタ殿下の声だ。
「苦手なことを時間を見つけてでもなさろうとする殿下は、とっても立派です! ご自分を誇りに思ってください、コタ殿下」
見えなくてもわかる。
カティのぴんくの目が、きゅるきゅるしてるに違いない。
「……そんな風に言ってくれるのは、カティだけだよ」
「コタ殿下……♡」
ちゅっちゅがはじまりそうだったので、ルティはそっときびすを返した。
学園のひと気のないところでお昼を食べようとするたびに、違う男を連れてカティがやってくるのは、どういう仕組みなのだろう。
ほんとうなら割って入ってカティを止めたいが、そんなことをすれば王子殿下の不興を買うに決まっている。
しがない平民ルティの首が、飛んでゆく。
カティの相手が高位貴族や王族ばかりなのは、ルティに邪魔されないためかと思ってしまう。
「頼むから節操をもう少し──!」
ルティの心からの叫びは、今日もカティに届かない。