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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宝物

顕性性質

→子に現れる。


潜性性質

→子には現れないけれど、子から孫に伝わるときに現れる。


ノートに書き出してみて、読み返す。

俺の青い瞳は、潜性性質。

祖母からの遺伝。

その祖母から生まれた父も、父と結婚した母もふたりの姉も、茶色い瞳。

父と母は、両親…俺から見て祖父母同士の仲がよく、幼馴染で結婚したらしい。

両方の祖母が青い瞳。

曾祖父や曾祖母とか、祖父母より前についてはあんまりよく知らない。


小さい頃はみんなの茶色い瞳が羨ましくて、青い瞳が嫌いだった。

でも今は好き。


だって―――。


俊季(としき)!」


校門前でうしろから声をかけられて振り返る。

振り返らなくても誰かはわかるけど。


「おはよう、孝則(たかのり)

「はよ」


隣に並ぶ伊村(いむら)孝則は、今日も朝から笑顔が爽やかだ。

でも目が腫れぼったい。


「…寝不足?」

「うん。ちょっと夜更かしした」

「なにしてたの?」


たぶんいつもどおり…。


「昨日発売の漫画読んでた」


やっぱり。


「また?」

「“また”じゃない。前とは違う漫画だよ」


この言葉もいつもどおり。

ばかみたいだけど、この“いつもどおり”が嬉しくて、俺もついつい同じことを言ってしまう。


「俺も読んでみようかな。今度、孝則のおすすめ教えて」

「だめ」


即答。


「なんで?」

「俊季が夜更かしして、綺麗な目が充血したり腫れぼったくなったりしたら大変だから」

「……けち。俺だって夜更かしできるし、したい」

「ケチでいいよ。俊季はだめ」


俺が自分の青い瞳を好きな理由。

孝則が綺麗だって言ってくれるから。

そう言う孝則の瞳は明るめの茶色い瞳で、とても綺麗。


俺と孝則は中学は別のところ、高校から同じ学校に通っている。

一年の時に同じクラスになったのが出会いで、孝則は俺を見て言った。


『宝石みたいで綺麗な目だね』


孝則と違ってぱっとしない外見の俺。

父母姉ふたりが二重瞼で、なぜか俺だけ一重瞼だし、青い瞳もそうだけど潜性の性質がしっかり現れている。

こういう違いがあると、幼い頃には自分はこの家の子じゃないんじゃないかと思ってしまうことがあった。

その話を孝則にしたら。


『いくつかある中にひとつだけ違うのがあったら、俺はそのひとつを宝物にするけどな』


なるほど、と思った。

俺にはなかった発想でびっくりした。

そういう考え方もできることを知って、孝則ってすごいなと心底尊敬している。

いつでも人のいいところを見つけられるようになりたいな、って会ったばかりの頃に言っていた。

なんだろう…見た目もかっこいいんだけど、それ以上に生きる姿勢がかっこいい。


だから俺は孝則が好き。

ていうか惹かれないわけがない。

今年、二年に上がってまた同じクラスで本当に嬉しい。


「俊季はいいな」


小さくあくびをしながら孝則が言う。


「なにが?」

「瞳がすごく綺麗なの。俺もそうなりたい」

「わ…」


孝則の顔がぐっと近付いてくる。

心臓の音が激しい。

絶対、顔赤くなってる。


「見る角度によっては少し茶色っぽくて、でもグリーンがかってるようにも見えるんだよな。ほんとに宝石みたい」

「…あの」


じっと俺の目を覗き込む。

わかったから離れて、と言わないといけないのに、急接近が嬉しい。

でもやっぱり心臓おかしくなりそう。


「……近いよ」

「あ、ごめん…」


キスしてしまいそうな距離が解かれる。

ぱっと離れた孝則も少し頬が赤くなってて、そういうの、ほんとに勘違いしちゃいそうになるからやめて欲しい。

どきどきを収めるために深呼吸をしてからまた歩き出す。


「孝則はかっこいいじゃん」

「見た目なんて変わるよ。でも、目はずっとそのままだろ?」

「そうだけど…」

「……俊季は色々気付いてないからな」

「? なに?」

「なんでもない」


なんだろう…気になる。

孝則はもう一度、距離をとったままで俺をじっと見た。

その視線が妙に熱く感じて俺は目を逸らしてしまう。

変に思われたかな。

でも、孝則はなにも言わなかった。



◇◆◇



「伊村くん、次の日曜日空いてる?」


孝則と教室に着くと、待ち構えていた女子が三人、孝則を囲んだ。

次の日曜…。


「空いてない。予定ある」


孝則は即答する。

いいのかな。

予定って、俺の誕生日ってだけじゃん。


前々から『絶対お祝いするから、俊季も絶対絶対なにがなんでも予定空けといて』と言われていた。

孝則のお母さんも、ご馳走作るから!って俺の母親に連絡くれて、当日は伊村家でお祝いしてもらうことになっている。

いいのかな?と俺が思う以上に、なんか伊村家の人のほうが張り切っていて。

楽しみなんだけど、ちょっと申し訳ない。

って言うと孝則にほっぺた抓られるから言わない。


「予定ってなに?」

「秘密」

「教えてよ!」

「やだ」


女子達が孝則の腕や背中に触れる……もやもや。

別に恋人じゃないんだから、俺がもやもやするのはおかしいのはわかってるけど。

でも、好きな人がべたべた触られたら、そうなってしまうのは仕方ないと思う。


「わかった! 牧瀬(まきせ)くんと遊ぶんでしょ?」

「!」


もやもやしてたら急に女子の口から俺の名字が出てきて、少しびくっとする。

正解だけど孝則はどう答えるんだろう。


「関係ないだろ」

「否定しないってことはそうだ!」

「だから関係ないだろって」


女子達の視線がこちらに向くので怯む。


「牧瀬くん、お願い!」

「二時間…ううん、一時間だけ伊村くんに来てもらいたいの!」

「伊村くんがちょっとでも来てくれたら嬉しいから!」

「……来てもらいたいって、どこに?」


つい聞き返してしまうと、孝則が渋い顔をする。

まずかったかな。


「俊季、こういうのは相手するな」

「でも…」


ここまで言ってるのを無視できない。

俺は孝則のように強い心を持てないし。


「遊園地だよ」

「何人かで行くんだけど、男子が少ないんだよね」

「そうだ! 牧瀬くんも一緒に来れば、伊村くんも一時間だけじゃなくてずっといてくれるんじゃない?」

「「それいい!」」

「よくねーよ」


孝則がばっさり。

今日は妙に反応が厳しいな。


「とにかく、俺は先に予定決まってるから行けない。てか予定なくても行かない」

「なんでー」

「来てよー」

「ちょっとだけだから!」


女子三人のうちのふたりが孝則の右手と左手をそれぞれ取ってお願いし始めた。

孝則はすぐ手を引く。

こんなに頼まれてるのをさらっと断っちゃうのもなんだか可哀想に思えてきた。


「だから行かねーって! 俺は」

「行ってあげれば?」


孝則の動きが止まる。


「…は?」

「一時間くらい、いいじゃん」

「……」

「こんなに言ってるんだし、孝則だって楽しいかもよ?」


本心ではないけれど、こんなに言ってるし…それに一日いるわけじゃないし、一時間くらい……。


なんて考えが悪かったのかもしれない。


「本気で言ってんの?」

「え?」

「本気で俺に遊園地行けって言ってんの?」


なんか…すごく怒ってる?

なにも言えずに孝則を見上げると、孝則は大きな溜め息を吐いた。


「……わかった。行きゃいいんだろ」

「「「やった!」」」


女子達の声が重なる。

時間とか場所を聞いている孝則がこちらを少し見たけれど、その視線がすごく冷えていてぞくっとする。


「牧瀬くんも来る?」


そう聞かれたけれど、首を横に振った。

来て欲しいのは孝則だけだし、俺が行く意味がない。

それに、女子に囲まれてる孝則を見るのもなんだか…ちょっと複雑。

俺が行ってって言ったのに、すごく変。


ぼんやりしているうちに孝則が女子三人と連絡先を交換していた。

孝則は急に優しい笑顔になってて、さっきまでの厳しさが見えない。

そうこうしていたら予鈴が鳴って、女子達はご機嫌で孝則から離れた。

残された俺は孝則の様子を伺うけれど、孝則は無表情だ。

ちら、と俺を見た孝則が表情を歪めて顔を背ける。


「……俊季が行けって言ったんだからな」


顔を背ける前、一瞬こちらを見た茶色い瞳は傷付いているように感じられた。

その理由がわからず、俺は自分の席に向かう孝則の背中を見ているしかできなかった。



◇◆◇



…孝則に避けられてる。


昨日、今度の日曜日に遊園地行ってあげればっていうのはあった。

それから一日、声をかけても孝則はすいっとどこかに行ってしまう。

今朝も駅から学校まで、俺のすぐ後ろにいたみたいなのに声を掛けてこなかった。

授業が終わってすぐに孝則の席に近寄ると、それを察知してさっといなくなる。

追いかけると逃げる。

じゃあ追いかけなければいいのか、と俺は静かに自分の席で孝則の横顔を見る。

逃げないけど近付けない。

これ、どうしたらいいんだ。


「…はぁ」


俺が遊園地行ってって言ったのが悪かったんだろうなぁ…。

あ、また孝則が女子と話してる。

遊園地の話かな。

行ってって言わなければよかったかな。

いや、本心では行って欲しくないけど、あんなにお願いされてたら断るの悪いじゃん?

一時間くらいならいいじゃん。

いいよな?

だめかな。

だめなんだろうな…だから孝則は機嫌悪くしてるんだろうな。

俺だって行って欲しくないけど、それ言ったら絶対女子達に『なんで?』って聞かれただろうし、まさか孝則が好きだからとは答えられないから、あれが正解だったんじゃないのかな。

いや、正解はもしかしたら黙って成り行きを見守っていることだったのかも…。


「……どうしたらいいんだ…」


正解を今更考えたところで時間は戻らない。

どう考えても俺は間違った選択肢を選んだ。

これからどうするか。


…でもなぁ…。

孝則が怒り心頭で、もう絶対許さないってなってたらどうもできないんじゃないか。

ああ、また別の女子が孝則に近付いてる…。

俺が近寄ると逃げるくせに、女子なら逃げないのか。

ちょっとイラっとして、それからやっぱり落ち込んできた。

嫌われたかも。


「あ」


孝則が俺を見た!

嬉しくて手を振ってみたら無視された。

振った手の行き所がわからなくて、そのまましばらく手を上げた状態でいる。

ゆっくり手を下ろして溜め息。


なんで手振ってるんだ。

怒ってる相手にするのは違うだろ。

また間違えた…。


「俺にどうしろって言うんだよー…」


逃げられたら謝ることもできない。



◇◆◇



翌日、まだ孝則は俺を避けている。

このまま日曜日になっちゃうんじゃない?

ていうかこんな気まずい状態で伊村家に行くの?

明後日はもう日曜日だよ?

えええ…。


…こんなに長く孝則と口を利かないの、初めてだ。

すごく寂しい。

もう元に戻れないのかな…。

悔やんだってどうにもできないし、謝らせてもくれないなんて、もう無理なのかも。

もう無理……。


「無理なのかな…」


孝則には友達や女子が話しかけに来ていて忙しない。

俺も孝則と話したい。

寂しいよ…。



◇◆◇



放課後、委員会が終わって帰ろうと思ったら体操服を忘れたことに気が付き、教室に戻る。

面倒だけど、汗を吸ったシャツやジャージを放置するのは嫌だ。


「あ…」


孝則が机に伏せて寝てる。

なにしてるんだろう。

いや、寝てるんだけど。

こんな時間までなんで残ってるんだろう……孝則は委員会も部活もやってないのに。


「……」


俺を待っててくれた…?


期待が脈を速くする。

でも、たぶん違う。

だって俺の環境委員会は急遽集まりが決まったから、孝則はそのことを知らない。

上がったテンションが一気に下がる。

そっと孝則の席に近付いて顔を見ると、綺麗な寝顔にどきどきする。


「…たかのり…」


小さく呼んでみるけど、反応なし。

寝息だけ聞こえる。


「……」


こうやって孝則に近付くのっていつぶり?

一昨日の朝が最後だ。

すごく寂しい。

寂しさが募って、つい孝則の髪に触れてしまった。

起きるかも。


「……」


寝息は続いてる。

手を離して、それから自嘲する。

馬鹿みたいだ。

手を振り払われても、睨まれても、孝則の意思がそこに欲しかった。


「……孝則が好き」


ぽつりと言ってみたら、思ったより心が楽になった。

きっとどこかに魚の小骨のように引っ掛かっていたんだろう。

続けて言葉を紡ぐ。


「ほんとは遊園地行って欲しくない。日曜日は俺のことだけ考えて欲しい」


静かな寝息が返ってくる。

寂しいけれど、でもこれだけは言いたい。


「俺の宝物は孝則だよ」


俺のたったひとつは孝則。

家族も好きだし、友達も好き。

でも一番はやっぱり孝則。

大好き。

起きてるときに言う勇気がなくてごめん。

でも、本当だから。


起こそうか悩んで、結局そのまま孝則を教室に残して俺はひとりで下校する。

自分勝手だけど、俺はすっきりした。

これでいいや。

ちょっと心臓がぎゅうってなるけど、これでいい。



◇◆◇



翌日、土曜日。

年間で数日、授業のある土曜日のうちの一日で、やっぱり孝則は俺を避ける。

でも俺は昨日までのぐじぐじした感じがなくて、妙に気分がよかった。

授業も淡々と進み、休み時間はやっぱり孝則の様子を見てしまうけれど、遊園地前日ということもあり、女子の接近具合がすごい。

ホームルームが終わった後も孝則の席を女子と男子が数人囲んでる。

俺は他の友人達と学校を出た。


「牧瀬、明日誕生日じゃん」

「うん」

「おめでとー」

「ありがとー」


そうだ、誕生日だ。

ちょっと憂鬱な誕生日。


電車の方向が反対だから、改札を入ったところで別れる。

帰宅すると、姉ふたりがリビングでソファに座って、ひとつのスマホを見ていた。


「なにしてるの?」

「俊くん、おかえり」

「ちょうどよかった。俊季はどれがいいと思う?」


俺を“俊くん”と呼ぶのが四つ上の姉、夏梨(かりん)

“俊季”と呼ぶのが二つ上の姉、実秋(みあき)

ふたりとも大学生だけど実家暮らしを満喫している。

秋姉(あきねえ)が手招きするので近寄ると、スマホの画面を見せられた。


「水着?」

「うん。夏に向けて」

「秋ちゃんと、彼氏とか友達と海に行ったりしたいねって話してて、それなら水着買わなくちゃってなったから選んでたの」

「海…」


そうか。

そうだよな…もうそんな時期だ。


「やっぱ可愛いのがいいと思う? ねえ、俊季」

「え? あ…うーん……」

「でも、大人っぽいのもいいと思わない? 俊くんとか、男の子の目から見るとどうかな? 張り切り過ぎに見える?」

「……うーん…?」


どうなんだろう。

ていうかそんなの考えたこともない…興味なかった。

女の人の水着?


「俺の意見でいいの?」

「「うん」」


そんな期待に満ちた目で見られても。

スマホを見せてもらって、画像を見ていくと色々なデザインの水着がある。

首を捻りながらスワイプしていく。

可愛いの?

大人っぽい?

張り切り過ぎ?


「あのさ、夏姉(なつねえ)

「なに?」

「張り切り過ぎってだめなの?」


スマホから姉達に視線を移動させる。

姉ふたりは顔を見合わせた後、ちょっと固まった。

なにか変なこと言ったかな。


「夏梨さん、実秋さん、俊季に変なもの見せないでください」


と、突然背後から手にしていたスマホをすっと取り上げられた。

振り返るとなぜか孝則がいる。


「??」

「「えっ!?」」


なんで孝則がうちにいるの?

俺以上に夏姉と秋姉が驚いてる。


「ただいま。帰ってくる途中で孝則くんと会ったから一緒に帰ってきた」

「お母さん!」

「孝則くん連れてくるなら先に連絡しといてよ!」

「だって俊季に会いに来たって言うし。夏梨と実秋じゃないわよ」

「「それでも先に言って!!」」


夏姉も秋姉も慌てて髪を整えたり、だらっと座っていた姿勢を正している。

今更遅いだろう。

ていうか、海に一緒に行く彼氏はどうしたんだ、姉達。


「孝則…?」

「……」


孝則はスマホをすいすい操作して水着画像を見てる。

もやっとするな…。


「俺は、大人っぽい水着にあえてフリルとか使ってるのが好きです」


へー…そうなんだ。

孝則が夏姉にスマホを渡して、夏姉が秋姉の手に戻す。


「俊季、行こう」

「え?」


手を引かれて孝則とふたりでリビングを後にして階段を上がる。

俺の家なのに、孝則が先導してて変なの。

孝則が俺に入っていいか確認もせずに俺の部屋のドアを開けて中に入るので、ちょっとどきっとしてしまう。

見られて困るものなんてないけど、こういう行動…なんか特別みたいじゃん。


「で?」

「え?」

「女の水着画像見て、変な気になったりしてないよな?」

「!?」


変な気ってなに!?


「ならないよ!」

「ならいいけど。座れよ」

「…うん」


俺の部屋だけど。

先に座ってる孝則の向かいに、なんとなく正座する。


「なんで正座?」

「……深い理由はない」

「足痺れるから崩せば?」

「……」


確かにそのとおりなので足を崩す。

孝則の表情を伺うと、ちょっとだけ機嫌が悪そう。

でもほんとにちょっとだけに見える。

しばらくそのまま向かい合う。


「そうだ。俊季、着替え用意して」

「え?」

「今夜、うちに泊まり。俊季のお母さんには許可もらってる」

「え? え?」

「早く」

「あ、うん…はい」


疑問符がふわふわしてる状態でバッグに着替えを入れる。


「あの…制服、着替えたいんだけど」

「着替えれば?」

「……」


孝則の見てる前で着替えろと?

女の人の水着じゃなんとも思わないけど、孝則に着替えを見られるのは変な気になりそうだ。


「恥ずかしいから外に出てて」

「体育の時は一緒に着替えてんじゃん」


それは他のクラスメイトもいるから着替えられるんであって、ふたりきりでいる状態で服を脱ぐってめちゃくちゃ恥ずかしい。

でも孝則はなにを言っても聞いてくれなくて、仕方なく孝則の前で制服を脱ぐ。

身体がガチガチ音を立ててる気がする。

緊張でシャツのボタンがうまく外せないし、早く着替えを終えたいのに全然進まない。


「俊季って着痩せするな」

「えっ!? 俺、太ってる!?」

「いや、そうじゃなくて。服の上から見るよりも腕とか肩とかしっかりしてるなって」

「……あんまり見ないで」


着替えにこんなに緊張するのは初めてだ。

顔が熱い。

なんとか着替えを終えると、孝則はすぐ立ち上がった。


「おじゃましました」


靴を履いていると夏姉と秋姉がリビングから移動してきた。

いつの間にかふたりも着替えてる。


「孝則くん、帰っちゃうの?」

「おいしいお菓子出すからもうちょっといてよ」

「いえ、またゆっくり遊びにきます。夏梨さんも実秋さんも、今後俊季にああいうの見せないでくださいね」

「「はーい」」


可愛い声出してる…ふたりとも、ほんとに孝則大好きなんだから。


家を出て孝則と並んで歩く。

荷物を持ってくれて、でもあんまり会話がない。

電車に乗って孝則の家の最寄り駅で降りる。

駅からまた歩いてる間も一言二言喋ったくらい。

孝則の家に着いて、部屋に入ったら睨まれた。


「え、なに?」

「俊季の馬鹿」

「!?」


ほんとに急になに!?


「俺に遊園地行って欲しくないなら、最初から行けなんて言うな」

「え…」

「てか寝てる相手に告白してどうすんの? 返事聞けないのにそれでいいの?」

「……えっと」


これは………つまり?


「俊季の馬鹿」

「…っ!!」


顔が猛烈に熱い。

孝則、あのとき起きてたんだ!!


「寝たふりしてたの!? ずるい!!」

「起きようとしたらいきなり告白されたから動けなかったんだよ」

「ひどいひどいひどい!!!」

「ひどいのはどっちだよ」


孝則がクッションに座って、もうひとつのクッションを自分の隣に置く。

なんだろうと思ったら、そこに座れという意味らしい。

クッションをちょっと引っ張って距離を取ろうとしたら、引っ張り返されて元の状態より近くされた。

これはおとなしく座るしかない…と座ったら、なぜか俺の肩に孝則の腕が回ってきて、抱き寄せられる格好になってしまった。

キャパオーバー。

無理。


「すげー身体硬くなってる」

「………」

「俊季?」

「………」

「うわ、真っ赤」


顔を覗き込まないで。

動けない。

身体が動かない。

固まったままでいると髪をわしゃわしゃ撫でられた。


「馬鹿な俊季。俺だってずっと前から俊季が好きだった」

「………」

「俺だって俊季が宝物なんだよ」

「………」

「いい加減解凍されろ」

「………無理」

「できてんじゃん」


もう一回髪をわしゃわしゃされて、手で目を覆われた。


「え、なに…」


手を外そうとしてみるけどびくともしない。

真っ暗な中で少し顔を上げて孝則の顔のあるあたりを向いたら、おでこに柔らかいものが触れた。


「………」


今の、なに?

孝則の手に触れていた手をそのまま自分のおでこに持っていく。

感覚の残るそこに触れて、首を傾げる。

まさか、と思ったら視界が明るくなった。


「孝則!?」

「なに」

「い、今の…!」

「も一回して欲しい?」

「いい、遠慮しとく!」


いいって言ってるのに孝則は顔を寄せてきて、おでこにキスをした。

やっぱり……!


「な、な、な」

「『なんでおでこなの』って言いたい?」

「違う!」


どうしよう、もう無理。

くらくらしてきた。

深呼吸しようとしたら唇を指でふにふに触られた。

指先で唇を摘まんだり押したり撫でられたりされてほんと無理。


「じゃあなに?」

「えあう」


触らないで欲しいのに、言えない。

どきどきがひどくて心臓が爆発しそう。


「……俺の負けです」

「だな」


孝則が俺の目をじっと見る。

こういうの初めてじゃないのに、頭の中が真っ白になる。


「俊季の青い瞳に映ると、俺も宝石になれたみたいに見えるな」

「……孝則はそのままで俺の宝物だよ」

「ありがと」


また顔が近付いてきたので慌ててよけると、孝則がむっとする。


「なんでよけんの」

「だって…」

「まあいいや」


もっと迫られるかと思ったら、孝則はあっさり引いた。

ちょっと拍子抜けした俺の様子を見て、孝則が口角を上げる。


「時間はたっぷりあるしな」

「え」

「俊季は夜更かししたいんだろ? 前に言ってた」

「それは……ちょっと違う」


あれは孝則みたいに漫画を読んで夜更かししたいっていう意味で。


「寝たいなら今すぐ寝てもいーよ」

「まだ明るいから寝ないよ」

「でも夜更かしはできないんだろ?」

「できるよ! できないなんて言ってない!」

「へーえ…」


孝則の顔がまた近付いてきて、逃げようとしたら頭がしっかり捕まっていて逃げられない。

まずい…最後の挑発じみた質問は、俺を追い詰めるために違いない。


「明日の遊園地、やっぱり行けないって言ってあるから…朝までふたりで起きてようか。せっかくの誕生日だしな、希望どおり俊季のことだけ考えるよ」

「…っ」


朝までって……どういう意味?

まさか………違うよな…?

俺が考え過ぎなだけだよな……!?


耳にどっくんどっくん心臓の音が響く。

顔が今にも燃えそうなくらい熱い。

孝則の顔がどんどん近付いてくる。

俺だけが映る茶色い瞳に瞼が下りた。




END


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