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第3話 自分でも死ぬほどチョロいとは思うのだが仕方ない。

 次の日の朝、目が覚めて隣の布団に彼が寝ているのを見て一瞬びっくりしたがすぐに昨晩の出来事を思い出し冷静さを取り戻すことができた。しかしそれと同時に落胆の気持ちもあったので複雑な気分だ。


「はぁ……」


 溜息をつきながら起き上がって洗面所へ向かうために歩き出す。鏡に映る自分の顔を見ると明らかに寝不足気味といった様子だったので思わず苦笑いしてしまう。

 そしてキッチンへ向かい朝食を用意する。今日はフレンチトーストにしようかなと考えフライパンに卵液に浸したパンを乗せ弱火でじっくり焼いていく。


(本当は一晩卵液に浸けた方が食感が良くなるんだけど……急に食べたくなってしまったのだから仕方ない)


 香ばしい匂いにつられるように朧さんが目を覚ましたようだ。


「おはようございます」


「……ああ」


 まだ寝ぼけているのかぼんやりとした表情の彼だったが、やがてハッとしたように目を見開いた後気まずそうに目を逸らした。その様子を見て私は思わず笑い出してしまう。すると彼は不機嫌そうに言った。


「何がおかしい?」


「いえ別に……」


 私がそう答えると今度は彼が小さく笑ったような気がしたが気のせいだろうか。


「あの、フレンチトースト作ったんですけど食べますか?」


「これもお前が作ったのか?お前は器用なのだな」


 そう言って彼はテーブルの前に腰掛ける。私も彼の向かい側に座るとその皿を差し出した。


「……美味い」


「よかったです」


 黙々と食べる彼を微笑ましく思いながら眺めていると不意に目が合ってドキッとするがすぐに逸らされてしまい少し残念に思ってしまう。


(私ったら何考えてんだろ……)


 それからしばらく沈黙が続いたが不思議と気まずくはなかった。むしろ心地良いくらいだ。そうして食事を終え食器を片付けながら朧さんに声をかける。


「今日は朧さんの服を買いに行こうと思うんですけどせっかくだから一緒に来ませんか?朧さんの服だから自分で選んだ方がいいでしょうし」


「……私は構わないがお前はいいのか?その、私と出かけるというのは」


「はい!むしろ是非お願いします!」


 私が笑顔で答えると彼は少し戸惑ったような表情を浮かべた後、小さく頷いてくれた。


「あっでも流石に角は引っ込めたりできませんかね?流石に目立ってしまうので……」


「ふむ、それもそうだな……だが角を引っ込めるなど今までやったことがないからどうすればよいのか……」


 そう言って彼は角を掴んで考え込んでいるような仕草をする。その仕草を見て私は思わず笑ってしまった。


「おい、何がおかしい」


 朧さんがムッとしたように言うので慌てて弁解しようとするが上手くいかない。


「いえ違うんです!ただちょっと可愛くてつい……」


「可愛いだと?どういう意味だ?」


 そう言うと彼は更に不機嫌になったようだ。まずいと思って話題を変えようとするがなかなか良い案が思いつかない。そうこうしているうちに彼が口を開いたので思わず身構えるも出てきた言葉は意外なものだった。


「……可愛いのはお前の方だろう」


「え?」


 一瞬何を言われたのか理解できなかったがすぐに理解すると同時に顔に熱が集まるのを感じた。そんな私を見て彼は満足そうな笑みを浮かべると言った。


「……冗談だ」


「なっ!?」


(くそぅ……完全に遊ばれてるじゃん……!)


 悔しくなって心の中で悪態をつく。しかし同時に彼と一緒に過ごすのがとても楽しいと感じている自分に気付いた。そして私はそのまま自分の気持ちを自覚してしまう。

 私は朧さんが好きだ。いや、自分でも死ぬほどチョロいとは思うのだが仕方ない。

 だってまともな恋愛経験もない陰キャ喪女が好みドストライクの人外イケメンとこんなシチュエーションに置かれて惚れないわけがないだろう!?


 ***


 その後私は買い物に行く準備を始めた。着替えを済ませるためクローゼットを開いて無意識に推しのリアイベに着ていくとき用のちょっとお高めのワンピースを手に取ってハッとする。


(ああああこれは違うんだって!推しに会うわけでもないし朧さんに見せつけるための勝負服とかじゃないからね!?)


 慌てて元の位置に戻し代わりに無難な普段着を手に取ると急いで着替えた。そしてリビングに戻ると既に朧さんが待っていたので声をかけることにする。


「お待たせしました!すみません待たせちゃって」


 私が声をかけると彼はこちらを振り返った後、困った顔で言った。


「いや、別に構わんが……」


「どうかしました?」


 不思議に思って尋ねると彼は言いづらそうにしながらも口を開く。


「……角が引っ込められん」


「え!?」


 まさかの展開に驚いた私は思わず声を上げる。だが考えてみれば当然だ。今まで引っ込めたことのないものをそう簡単に引っ込められるはずがないだろう。とりあえずどうすればいいのか考えることにした。


「うーん、じゃあちょっと失礼しますね」と声をかけて彼の角を触ると朧さんは「んっ」と声を上げた後ビクッと体を震わせた。


「すみません!?痛かったですか?」


 慌てて手を離すと彼は少し顔を赤らめながら答えた。


「い、痛くはない……だがそこはダメだ……」


 何だか妙に艶っぽい言い方をされて私まで恥ずかしくなってくる。


「そ、それじゃあ仕方ないのでそのままで行きましょう!大丈夫ですよ!そういうアクセサリーとか何かのコスプレだと思ってもらえますって!ね!?ほら、行きましょう!」


 私が必死に言うと朧さんはそれを手で制し覚悟を決めたような表情で角を掴む。


「神使である私が人の子に迷惑をかける訳にはいかぬ……」


 そう言いながら深呼吸をして息を整えるその姿はまるでこれから一世一代の大勝負に出るかのようだった。そしてついに彼は覚悟を決めたのか勢いよく角を引っ張り始めたので私は焦ってそれを止める。


「わあああ!駄目ですってば!」


「だがこのままでは……」


「大丈夫ですから!ほら落ち着いて深呼吸して……!」


 こうしてドタバタやっているうちに何とか朧さんは角を引っ込めることができた。


「はぁ……はぁ……出かける前から疲れちゃったじゃないですか……」


「だがこれで問題ないだろう」


 そう言って彼は満足げに笑う。まあ確かにそうだけど……何だか納得行かない気持ちを抱えつつ彼の笑顔がかわいいので許すことにした。


「さて、それでは行くとするか」


 ***


 そんなわけで朧さんと私は一緒に服屋にやって来た。ここに来るまでも今も豪奢な着物を着た彼の姿は非常に人目を引いてしまい好奇の目に晒されているので正直早くここで着替えてもらいたいところだ。


「朧さん、何着か買っていきます?」


「ああそうだな……とりあえずいくつか見繕ってくれるか」


「分かりました」


 そんなやり取りをしている間も彼は周りからの視線を気にしている様子はなく堂々としているので流石だなと思うと同時に少しだけ寂しくもある。


(私なんてさっきから周りの人の目が怖くてビクビクしてるっていうのに……でもまあ神様ならそれが普通なのか)


 そんなことを考えながら店内を物色しているとふとある服が目に止まった。それはシンプルなデザインのTシャツだったが、胸元に大きくプリントされたロゴが印象的だった。


「これ良いかも……」


 思わず呟くといつの間にか隣にいた朧さんが覗き込んできた。


「……それが気に入ったのか?」


「はい!このプリントが可愛いと思いません?」


 興奮気味に答える私に対して彼は静かに頷いて言った。


「ならそれにしよう」


「えっ、でも他にも色々種類ありますよ?もっと他のも見てみません?」


 私が慌てて言うと彼は小さく首を振ると言った。


「いや、お前が選んだものが良い」


「そ、そうですか……?」


 私は照れるのを隠すように次々と服をカゴに放り込み慌ててレジへと向かうのだった。それからそのまま店で朧さんに着替えてもらう。


「大丈夫ですか?着方分かりますか?」


 試着室の外でハラハラしながら待っているとしばらくしてカーテンが開いたのでホッとした。


「ああ、問題ない」


 彼はそう言って鏡の前でくるりと回ってみせる。その姿はまるでモデルのようでとても様になっていた。


(ああやっぱりかっこいいなあ……)


 思わず見惚れてしまう程だった。すると視線に気付いたのかこちらを見てきたので慌てて目を逸らす。私の顔は今きっとすごく赤くなっているだろうから。しかし彼はそんな私を見て不思議そうな顔をしている。


「どうかしたか?」


「い、いえ何でもないです!」


 私は慌てて首を横に振ると話題を変えようと挙動不審になりながら言った。


「そういえば朧さんってゲーム……遊戯が好きなんですよね?この近くにゲームセンターっていって遊戯がたくさんあるところがあるんですけど行きませんか?」


「ほう、それは興味深いな。是非案内してくれ」


 こうして私達はゲームセンターに向かうことになった。道中で朧さんは興味深そうに辺りを見回している姿がなんだか可愛らしくてつい微笑んでしまう。

 そして目的地に着くと彼は目を輝かせながら中に入って行ったので私も慌てて後を追いかけることにした。中に入ると様々なゲーム機の音が混ざり合って騒がしい空間が広がっているが不思議と不快感はなかった。むしろワクワクするような感覚だ。


(うわぁ……なんかすごい久しぶりかも……)


 最近は簡単なソシャゲくらいしか手を付けておらず、あまりゲームをしていなかったのだが久しぶりにプレイするとやっぱり楽しくて自然とテンションが上がるものだ。朧さんは現代のゲームに慣れていないのか少し戸惑っているようだったけどしばらく遊んでいるうちに段々とコツを掴んできたらしく次々といろんなゲームを楽しそうにプレイしている彼を見ているだけで幸せな気持ちになれるから不思議だ。


(本当にゲーム好きなんだな……)


 そんなことを思いながら彼のプレイを眺めているうちにあっという間に時間が過ぎていったようで、終了の文字が表示されたところでようやく我に返った私は慌てて彼に声をかけた。


「あの!そろそろ出ましょうか!」


「む、そうか……」


 名残惜しそうな顔をしている朧さんが可愛くて、私は思わず笑ってしまった。


「じゃあ最後に一つだけですよ……他に何かやってみたいのありますか?」


 私が尋ねると彼は少し考え込む仕草を見せた後に答えた。


「アレをやってみたい」


 彼が指差したのはプリクラの機械だった。


「あー、あれはゲームじゃないんですよ……でもせっかくだから撮りましょうか!」


 私はそう言うと朧さんと一緒に機械の中に入った。中は思ったよりも広くて綺麗で、私もプリクラは久しぶりだったので不安だったが特に操作に戸惑うことはなかったので安心した。


「はい、じゃあ撮りますよー」


 私が声をかけると朧さんは緊張した面持ちでカメラを見つめる姿が可愛くてついニヤけてしまう。そして撮影が終わり画面に表示された写真を確認すると、そこには満面の笑みを浮かべる朧さんの姿が映っていた。


「うわぁ〜、すごく良い笑顔じゃないですか!」


 私が感激して言うと彼は照れ臭そうに顔を背けた。しかし耳まで赤くなっているのが見えて余計に可愛く思えて仕方がない。


(ああもう!可愛い過ぎかっ!!)


 私は心の中で叫ぶと同時に思いっきり抱き締めたい衝動に駆られたが何とかそれを抑え込んだ。危ない危ない……もう少しでやらかすところだったよ……

 そんな私の葛藤など露知らず朧さんは嬉しそうな表情で写真を眺めているようだ。その姿を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。


「ふぅ……じゃあそろそろ帰りましょうか」と声をかける私に彼は笑顔で答えると出口へと向かって行くのだった。

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