8.気になる?
萌はいつものように、彩音と肩を並べて家路についた。
実を言うと、カラオケはあまり得意ではない。上手いか下手かは別にして、みんなに合わせて楽しんでいるように装うのが苦手なのだ。だから、当たり障りのない口実を作れるなら、大抵は断るようにしている。
彩音も同じなのだろうか。いずれにせよ、彼女も断ってくれたのはありがたかった。いつものように一緒に帰れるし、なにより今回の事件について、聞きたいことがあった。
「直哉も長与先輩も、三川さんの顔を憶えてないって言ってたけど、僕が呪い返しの時に見た女子は誰だったんだろう」
「萌が見た、エッチな夢の記憶。たぶん」
「エッチじゃないよ?」
萌は顔を真っ赤にして反論した。
「それか、本当に三川詠美なのかも」
「どう言うこと?」
詠美は、架空の人物ではなかったか?
「好きな人の夢に出ると言うおまじないがあるの。夢を見せられた相手は、そのうちおまじないを掛けた子を意識し始めて、本当に好きになってしまう」
なんとも微笑ましい魔法に思えたが、よくよく考えれば洗脳の類である。
「同じおまじないを三川詠美が使っていたとしたら、萌も長与先輩みたいに、三川詠美を好きになってしまっていたかも知れない」
そんなにうまく行くものだろうか。いささか疑問に思う萌だが、夢から醒めた時の自分の反応を思い返せば、詠美の企みは成功していた可能性が高い。男子中学生は、ささいなことで女子を好きになってしまうものなのだ。
「でも、なんで僕?」
「たぶん、学校じゅうで萌だけが、三川詠美を知らなかったから。他の人と同じように、萌も三川詠美と言う女の子の存在を信じて疑わなくなれば、彼女は本当に存在するのと同じことになる。少なくとも、学校の中では」
詠美は、噂と言う虚構を抜け出して、現実に存在したいと願ったのだろうか。しかし、そのために正体をあばかれ、姿を消すことになった。呪いなど掛けず、ただ噂の中で生き続けた方がよかったのではないか。
いや、と萌は自分の考えを否定する。きっと詠美は夏休みが来る前に、それを成し遂げたかったのだ。夏休みになれば口裂け女のように、自分も消え去ってしまうと知っていたから――
「ちょっと待って」
ここへ来て、萌は矛盾に気が付いた。
「存在しない人が、どうやっておまじないなんてするの?」
「魔法に後先は関係ないの。三川詠美が存在することなった未来から、萌におまじないを掛けたのかもしれないし、私が知らない他の方法を使ったのかもしれない」
萌は頭がこんがらがってきた。まさか魔法に、タイムパラドックスが存在するとは思いもよらなかった。
「萌」
彩音は急に足を止め、萌に三白眼をぎょろりと向けてくる。
「なに?」
「また変な顔してる」
萌は「なんでもないよ」と言おうとして、ちっともなんでもなくないことに気付く。
「ちょっと、かわいそうなことをしたかもしれないって思ったんだ。だって、三川さんが現実にあらわれたからって、僕たちに何か害があるわけじゃないよね。僕たちと一緒に勉強したり、誰かと付き合ってデートしたり。たぶん三川さんは、そんな普通のことをしたかっただけじゃないかな。なのに、こんな風に彼女を消してしまうなんて、あんまりな気がして」
「害なら、あった」
「そうだっけ?」
萌に心当たりはない。
「萌に夢を見せた」
それが、なんだと言うのか。
「僕は気にならなかったけど」
彩音はちょっとだけ唇をへの字に曲げた。そうして、萌を置き去りに歩き出す。
思いもよらない彩音の様子に、萌は一瞬呆気にとられるが、すぐに彼女の背中を追いかける。
「私は気になる」
追い付いた萌に、彩音はぼそりと言った。
「そっか」
「そうよ」
そうして二人は、また肩を並べて歩く。それは、いつもと同じ下校風景だが、萌には何かがほんのちょっと変わっているよに思えた。あるいは、ただの勘違いかも知れないが、たぶん今は、ちょっとだけうぬぼれても良かった。




