6.暴走?
「呪い返し?」
萌の説明を聞いたちとせの反応は、半信半疑と言った様子だった。もちろん中学生ともなれば、呪いやおまじないのようなオカルトを、眉唾に思うのは当然ではある。
「三川さんは、ただのおまじないだと思ってるかも知れないけど、彩音によると、それはどっちも同じものらしいです」
萌は補足する。
「でも、ただの女の子のおまじないで、ふつうこんな騒ぎになる?」
「なってる」
彩音は指摘する。
「それはまあ、そうなんだけど」
ちとせは女子らしからぬ仕草で頭をかいた。
「おまじないの効果が本物だとして、詠美ちゃんは何をしたかったんだろう?」
「わかりません」
萌は素直に言った。
「とにかく、ウワサはおまじないの効果をキミに届けるための手段であって、目的じゃないってことだよね。だとしたら……」
ちとせは言葉を切って、まじまじと萌を見つめた。
「これは、ちょっと、なんと言うかすごく考えにくいんだけど、もしかすると詠美ちゃんは、ウワサにあったようなことを、キミとしたいんじゃ?」
「ウワサにあったようなことって……いや、ありえないでしょ!」
萌は顔を真っ赤にして否定した。学校一の美少女が、自分とデートや間接キスをしたがってるとは思えない。
「うん。言った私も、ちょっとどうかと思ってる」
彩音と直哉も、そろって顔の前で手を振っていた。
「でも、他に考えられないんだよなあ」
「本人に聞くのが早いっスよ」
と、直哉。
「いや、でも」
ちとせは躊躇する。
「僕も直哉に賛成です。目的が何かは別にして、もしまだおまじないを続けてるなら、早くやめるように言わないと。ウワサがエスカレートして、三川さんが変な誤解を受けるかも知れない」
そもそも現状でも、かなり厄介なことになっている。なにせ六人もの相手に、付き合ってると言うウワサが立てられているのだ。ちとせが最初に指摘したように、いずれ「三川さんは六股してる」などと、ありもしない話に発展しかねない。
「今ならまだ教室に残ってるかも。行ってみようぜ」
結論を待たずに、直哉は中庭を出た。そのあとを、三人がぞろぞろと付いて行く。そうして一年三組の教室までやって来ると、直哉は入口近くの机で帰り支度をしている女子を捕まえ、「三川さん、いる?」と話しかけた。
女子は教室の中をきょろきょろと見まわしてから、なにやら狐につままれたような顔をする。
「もう帰ったみたい。さっきまでいたんだけど……」
どうやら一足遅かったようだ。
「そっかあ。それじゃあ明日、三川さんが来たら、大事な話があるから一組の間ノ瀬に会いに来てくれって伝言頼めるかな?」
三組の女子は、めをぱちくりさせた。
「キミが、あの間ノ瀬くん?」
「いんや、おれは川平。間ノ瀬はこっち」
直哉は萌を指差す。
「へえ、彼がそうなんだ」
それだけ言って、女子はすっかり興味を失った様子で、直哉に目を戻した。まあ、当然の反応だ。萌は今や、話題の旬からはずれている上に、あとで「どんなひとだっけ?」となるような特徴のない容姿なのだ。これでは話のネタにもしにくい。
「わかった、伝えておくね」
そう言って三組の女子は、帰り支度の続きを再開する。
「空振りだったなあ。また、明日かな?」
これ以上、できることはなかったから、その場で解散となり四人はそれぞれ下校した。
翌日、登校した萌と彩音に、直哉は困惑した様子で言う。
「もう、わけわかんねえよ」
「なにが?」
と、萌。
「三川さんとウワサになってるのが六人って言っただろ。その六人全員と、三川さんが手を繋いでデートしてたらしい」
「三川さん、手何本あるの」
もはやスキャンダラスをこえて、いっそ滑稽である。
「明日になったら六人とモックに行って、六人とシェイクをシェアしてたってウワサになるのかな?」
六本のストローをいっぺんに加える詠美の姿は、なかなか想像しがたい。
それでも直哉は、萌のトンデモ予想にうなずき同意する。
「ウワサってさ、みんなが『ありそう』って思う話が広まるもんだろ。けど、これはどう考えたって違うのに、誰も変だと思ってる感じじゃないんだ。なんか、おかしくね?」
萌と直哉は、そろって彩音を見た。これはもう、なにかオカルトじみた現象と考えるべきではないか。
「昔も同じことがあった。ありえないことや、存在しないものを、本当みたいにウワサする現象」
「そうなの?」
萌に思い当たる事件はない。
「口裂け女」
彩音の回答を聞いて、萌はなるほどと納得する。とは言え、
「おれら生まれてないじゃん」
直哉は指摘する。
口裂け女は、四十年以上前に小中学生の間で流行った噂だった。萌の両親でも、その頃はまだ未就学児である。
「でも、みんなが知ってるくらい有名」
「確かに」
直哉はしかめっ面で同意する。
「なんにしても、三川さんと直接会って話をした方がよさそうだね」
「そうだな。伝言がちゃんと通ってれば、あっちの方から来てくれるか」